第8話「助けてくれないのか」




 それから数日が経ち、何か変わったかと言えば何も進展はない。

 あの日から毎朝、ノックスがステラの様子を見に来て、愛の言葉と共に花束をプレゼントしてくるようになった。

 おかげでステラはいつもよりも早起きする羽目になり、王子に口説かれていると近所でも学校でも有名になってしまった。


「……はぁ」


 ただでさえ女装をしていることで目立っていたステラだったが、今回のことで余計に注目を浴びるようになってしまった。

 教室にいるだけで周りからヒソヒソと話している声が聞こえてくる。よく聞かなくてもそれが自分のことを噂しているものだと分かってしまう。

 何度も溜息を付いていると、ステラの初等部の頃から付き合いのある男友達、ヴェスパーが心配そうに声を掛けた。


「大丈夫かよ」

「そう見える?」

「いや? でも面白いことになってるな」

「笑い事じゃねーよ……俺、生まれて初めて女装したことを後悔した……」

「でも止めないんだ?」

「そう言ったら家族が反対した。王子のために自分の好きな格好を止める必要はないって」

「お前んち、みんな揃って甘いもんな」


 ヴェスパーは初めてステラの家に遊びに行ったときのことを思い出す。

 まるで娘が初めて彼氏を家に連れてきたかのごとく、父や兄たちに品定めをされ、ステラに変な真似をするなと釘を刺されたのだ。


「俺、女みたいなのは恰好だけなんだけどな」

「話をしてると普通に男だもんな」

「当たり前だろ。別に女になりたくてこんな格好してる訳じゃない。まぁ美しく見えるように色々と仕草とかは意識してるけど」


 普段から女装をしているステラは、当然学校でも女子の制服を着用している。入学当初は色々と言われたが、十年も通っていればそれも当たり前になる。

 いや、なっていた。残念なことにノックスのせいで平穏がまた崩れてしまった。


「注目されるのは好きなんだけどな……」

「見られるの好きだもんな」

「慣れてるし、俺可愛いし」

「……その可愛さがこの事態を招いたんだな」

「はああああああ……そうなんだよなぁ……俺、学校来るのやめようか迷ったもんね。てゆうか、ここ最近はずっと朝憂鬱だし」


 ステラは頬杖をついて溜息を吐いた。その表情に、周囲で彼のことを見ていた人たちの声が少し変わった。その様子に、ヴェスパーはやれやれと肩をすくめる。

 黙っていれば絵画のように美しい友人だが、口を開けば普通の男子だ。

 最初は男なのになんで女の子の制服を着ているのかが気になって話しかけたのがキッカケだった。そこから普通に話をするようになって、友人と呼べる仲にまでなった。

 変わり者のステラにとっては唯一の友達だ。こんな格好のせいで近寄ってくる人は少ない。大体が女の子だと間違えて話しかけ、男だと知って離れていくのだ。

 離れていくと言っても悪い意味ではない。男だと知っても尚、その美しさに魅了されてしまっているからだ。だが男では求婚が出来ない。諦めなくてはいけない。そう思いながらも、つい目で追ってしまう。だから遠巻きに見ていることしか出来ない。

 女子の場合は、憧れの眼差しで見られている。男でありながら一つ一つの所作が美しく、誰もがステラに見惚れてしまっているのだ。

 つまり、男女ともに高嶺の花となっているがゆえに、友達がヴェスパー以外に出来なかったのだ。


「俺がいじめられたら助けてくれる?」

「まぁ可能な範囲で。てゆうか、さすがにお前に手を出したりはしないんじゃないか? 報復怖いし」

「俺、そんなことしねーよ」

「お前じゃねーよ。お前の兄貴だよ」

「あ、あー、それね」


 その一言にステラは納得した。幼い頃、女装しているステラをからかった男子が次の日両親と一緒に真っ青な顔をして謝りに生きたのを今でも覚えている。

 しかしミゼットは侯爵家とはいえ、王子の婚約者だ。兄たちだってそう簡単に手出しはできないだろう。何かあれば父が失業する可能性だってある。


「……もし夜逃げすることになっても手紙は出すから」

「夜逃げしてるのに手紙出すのはマズいんじゃないのか?」




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