「あんたは?」

 「俺?」

 「あんたは、なにがあって今ここにいるの?」

 若葉が問いかけると、男は少し目を細めて、唇を笑わせた。

 「茉莉花さんも、同じことを言いましたね。」

 「姐さんが?」

 「はい。」

 意外だった。若葉が知っている茉莉花は、人に話を促したりしない。誰のどんな話も、聞き出そうとはしない。何気ない話をすることはいくらだってあるけれど、それ以上の話をさせようともしようともしない、そういうひとだ。そのひとが、この男には話しを促したのか。

 「……あんた、なんて答えたの?」

 「つまらないことを。」

 「どんな?」

 「なにもないって。」

 「なにも?」

 「はい。」

 「なにもないって、なに? 生きてたら、なにかしらはあるでしょ。完全になにもない人間なんて、いる?」

 若葉は正直にそう言って首を傾げた。男は若葉よりも10歳以上年上に見える。それなのに、なにもないとは何事だろうか。それもこんな、子どもみたいに正直な目をして。

 「なにもなくて、茉莉花さんがいました。それだけ。」

 男が、昔話を締めくくるみたいにそう言った。若葉はまた驚いて、男を凝視した。

 「それ、茉莉花姐さんにも言った?」

 男は、平然と答えた。

 「言いましたよ。」

 「姐さん、なんて?」

 「とくには、なにも。」

 そんなことが、あるだろうか。女が、それもストリッパーとかいう、どことなくわびしい商売に身を置いている女が、そんな殺し文句に無反応でいられることがあるだろうか。若葉は、なんだか絶望的な気分になった。自分よりもこの男の方が、茉莉花の内面を知っているような気がして。自分はこんなに焦がれて、付きまとって、毎日必死で話しかけて来たのに、こんな、たった一晩しか茉莉花と過ごさなかった男の方が。

 「……茉莉花姐さん、喜んだでしょう。」

 「さあ。そんなこともないと思いますよ。」

 男は膝先辺りに視線を落し、静かにそう答えた。若葉に遠慮しているとかいうわけでもなく、本心からそう思っているようだった。

 「俺は、誰かのことを喜ばせたり、悲しませたり、そういうことは全然、できないんだと思います。」

 男の声は、平坦だった。表情も平然としていて、言葉も滑らかだった。でも若葉は、男のことを、寂しそうだと思った。

 寂しそう。

 そう思うと、勝手に右手が伸びていた。テーブルをさしはさんで、男の方へと。

 男は若葉の手を不思議そうに見て、ビール、もう一本飲みますか、と言った。

 

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