若葉は、風の噂で聞いていた通りに電車で二駅行った駅に降りたち、そこから住所を頼りにアパートを見つけ出した。住所で家を特定するなんてしたことがなかったのでいささか戸惑ったが、あちこちをうろちょろしてなんとか探し出すことができた。

 「……ここか。」

 口の中で小さく独りごとを呟き、地味な灰色のアパートの一階角部屋の前に立つ。どんな人間が出てくるか分からない。緊張はあった。でも、ひとつ呼吸で気を落ち着けると、若葉は心が揺らがないうちに素早くインターフォンを押した。しばらくすると、内側から戸が開けられる。

 「……どちらさまですか。」

 中から出てきた男は、取り立てて目立つ容姿はしていなかった。身長は、普通くらい。体重も、多分そう。顔だちにも特徴はない。不細工か、と言われれば決してそんなことはないのだけれど、その半端な顔立ちの整いかたが、男の印象を薄めているのかもしれない。歳は30過ぎで同じくらいだろうけど、オーナーの方がずっとかっこいい、と、若葉は思った。

 「茉莉花姐さん、ここにいますか。」

 若葉が前置きなしに話を切り出すと、男はようやく若葉の顔を真っ直ぐ見た。その目には変な暗みがあって、若葉はなんとなくどきりとした。

 「ああ、あのバーの子。」

 男が、ぽつりと言う。若葉はこくりと頷いた。顔に見覚えはない、というか、見ていたとしても覚えていないであろう、印象の薄い顔立ちだけれど、この男はバーの客らしい。若葉は、一瞬だけ心細いような気持ちになった。この男には、裸どころかもっとあられのない様子まで見られているのだ、と思って。でも、軽く首を振ってその考えを放り捨て、男の暗い瞳を真っ直ぐに見据えた。

 「茉莉花姐さん、ここにいますか? それか、どこにいるか知りませんか?」

 男はごく短い沈黙の後、首を横に振った。若葉はそれを、嘘だと思った。

 「嘘。ここにいるんでしょ。」

 確信に満ちた若葉の言葉に、男は動じもせずにまた首を横に振った。

 「いないです。」

 「隠してる。」

 「本当に、いません。」

 「じゃあ、姐さんはどこにいるの?」

 「知らないです。」

 男の物言いはあまりにも淡々としていて、若葉のことなんて目にも入っていないみたいで、若葉は苛立った。絶対、茉莉花姐さんはここにいる。理由は自分でも分からないけれど、確信していた。この男が、茉莉花姐さんを隠しているのだと。

 

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