第十三話 反撃Ⅴ

 出席番号十七番新田昌斗は皇女メーリアとフラーレンを脱出の船から突き落としてからは完全な単独行動をとっていた。

 クラスにはもう一人単独行動をとる人物、浪岡為信がいるが彼とは違って昌斗は魁世の頭の中の計画を全て教えられている二人のひとりであり、単独行動も秘匿名“帝国を救う大作戦”の内の一つである。

 そんな昌斗だったが“やるべき事”が一通り済んだため、他クラスメイトの生存確認や“もうそろそろいいだろう”という意味合いから帝都の殆どのクラスメイトが隠遁している傭兵団基地を訪れていた。

 基地には予想通りの面々が詰めていたが、会いに来た人物だけ見当たらない。

 その人物とは伊集院雨雪、“もういいだろう”とは皇女を乗せた船の炎上から今に至る義勇軍の出発までの事の顛末をいいかげん雨雪にも共有しておこうということであった。

 昌斗は基地にいた朽木早紀に雨雪の所在を訪ねる。


「あーえっと、今は外にいます。魁世くんを探しに行きました」


 昌斗が雨雪に事の顛末を伝えに行くことは魁世は了承もしておらず、“帝国を救う大作戦”に含まれたことでもない。つまりこの行動は昌斗としては魁世がいずれ迎える雨雪との邂逅時にせめてもの魁世のフォローの為のものだった。


「なんで雨雪さんが魁世くんに怒ってるのか一から説明して欲しいですか?」


「いや朽木書記は忙しいでしょうから説明は不要です」


 早紀は紙に何かを必死に書き込んでいた。それがこの世界に来てから現在に至るまでの情報、状況を記しているであろうということは容易に想像できた。雨雪が怒っている原因に昌斗は関わっている、というより怒りの原因を直接作ったのは半分昌斗である。これ以上早紀と会話してそういった事実をうっかり話すのは避けなければならない。


「ところで朽木書記も伊集院副委員と同意見ですか」


「同意見、それは怒ってるかってことですよね?ええ、私も怒ってますよ」


「ちなみに伊集院副委員長はどうやって新納を探し出すのですか」


「雨雪さんはどうせ魁世のことだからこの基地に隠遁していたクラスメイトの中に私たちを監視させる人員を配置してるはず〜ってここにいたクラスの人たちに片っ端から詰問して回ったんですよ。」

 …。

「そしたら私と雨雪さんを一時軟禁した琥太郎くんと部屋によく篭ってた寧乃さんが怪しいってなって、色々聞いたんですよ」

 …。

「そしたら色々喋ってくれましたよ、魁世くんの凡その目的とか魁世さんとの連絡方法とか居場所とか自分の役割とか、今回の件を全部知って理解してる人は魁世くんと昌斗くんだけだって。」

 そうか

「“みんなで協力し合おうって言ったのは貴方なのに仲良しな男子に話して私には一言も相談しないで勝手に考えた無茶な計画を内々で勝手に進めて、そんなに私が頼り無いならそれでいいけれど”って言ってましたね」

 ……。

「弁明は無い、私が魁世の考えに賛同したのはその通りだ」


 早紀は変わらぬ笑みを浮かべ、昌斗は能面のまま数秒が過ぎた。


「では失礼する」


 早紀の説教が始まるコンマ数秒前、昌斗は窓へ一直線に駆け出して傭兵団基地の窓から飛び降りた。そのまま帝都の街路に消えた。

 魁世、お前と俺はここまでのようだ


 ……


 …


 魁世はスルタールとの人質活劇とその後の惟義達の義勇軍の帝都出撃を遠くから見送ってからは武瑠や美美、鶴夏、藍と共に帝都郊外でテント生活をしている。

 この間においても魁世は“次”のフェーズに備えて準備をしていた。

 尤も他の武瑠や美美達はその日に必要な木の実や小動物を狩るといったサバイバル生活で手一杯であったのだが。

 魁世としては近くに清潔な川や自生する柑橘系の樹林がある場所を選んでここに潜伏していた訳だが、ここ一週間は過ごしやすい気候とはいえ真水で水浴びや下流で用をたし、服の水洗いをせざるおえない状況は特に美美と鶴夏から不満が噴出し、昨夜の風呂は魁世と武瑠が棄てられていた樽とバケツを用いて五右衛門風呂を提供することでなんとか彼女らの不満を定期的に解消させていた。

 スルタールを撤退させ義勇軍を結成し旧領解放を行なっている現在、別に帝都に戻ってもいいのではと武瑠は言うが魁世がここに留まる理由も相応にあった。


 一つ目に未だ帝都の魁世達の指名手配が解かれていないことである。だが武瑠からすれば義勇軍結成という指名手配もなにもないようなことができたのだから今更帝都に戻っても誰も武瑠達を捕まえようとはしないと分かっていた。

 魁世はまだ安心できないのか、それとも他の思惑があってのことなのか。武瑠はニンマリと笑った。

 二つ目、これは八田藍の想像であったが魁世は雨雪にどんな顔をして会いに行けばいいのか分からないからこうして雨雪のいる帝都から外れたところに未だにいるのではないか。以前に藍は魁世を揶揄ったことがあったが仮にこんな理由で帝都帰還を渋っているのであれば藍は明日にでも美美と鶴夏と一緒に勝手に帝都のクラスメイトのいるところまで帰るつもりであった。


 そんな時に雨雪は現れた。

 丁度魁世が罠を仕掛けて手に入れた山鳥を使った夕餉をつくっていた時だった。

 魁世が地べたに正座して目の前の雨雪が口を開いてから小一時間。藍や美美、鶴夏が側からそれを眺めていると遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。

 全速力で馬を駆ってきたであろう者は新田昌斗。


「どうやら遅かったようだな」


 額に汗を浮かべている割には余裕そうな昌斗に藍は一言言っておく。


「あと一時間早かったら天才くんと一緒に新田も正座だったかもね」


 今は幸い雨雪の思考は魁世にしかいっていない。全て教えて貰っていながら魁世を止めず、ましてや協力した昌斗は雨雪の説教対象と言われれば間違いない。


「アメユキちゃんに伝えなかったのもわるいかもしれないけどそんなに怒ることかな」


 そんな美美に藍は答える。


「美美は私が何も言わずにどっかに行ったらどう思う?」


「うーん、なんでって思う…そっか!アメユキちゃんは魁世が大事だし大事にされたいんだね!」


「さぁ、どうだか」


 藍の反応を見るにその認識が正しいのだろうか、美美は考える。

 そんな美美を尻目に藍は魁世が自分達女子三人を今回の白銀耳長人の盟主王スルタールの人質劇の実行要員に任せたのか考えていた。

 思えば魁世が突然『外に遊びに行かないか?』と行ってきたのが巻き込まれる最初だった。雨雪に不要不急の外出を禁じられ皇帝の屋敷で退屈していた三人、夕方であったが少なくとも美美と鶴夏は快諾し藍も仕方なく魁世の用意した馬車に乗った。


 最初は包囲下でも営業していた数少ない夜の出店を数件回り、ちょっとした観光名所も行った。そうして三人が疲れて馬車でうたた寝をはじめた夜も更けたその時、魁世は突然として馬車の速度を上げた。今思えば馬車の馬の数が妙に多かったこと、乃神武瑠も馬車の中にいたことに疑問を抱くべきだったのかもしれない。検問や警備兵とカーチェイスならぬキャリッジチェイスを繰り広げ、帝都の城門を突破し帝都から脱した。


 後から知ったことだがキャリッジチェイスを繰り広げている時には既に魁世や雨雪含める自分達は帝国のお尋ね者となっていたらしい。

 なら尚更あの状況下で帝都を脱出できたのだろうか?魁世はあの時帝都の千年城壁の閉められた城門をなんでもないように突破していた。藍はその時は馬車に必死にしがみついていたため様子はしっかり見ていなかったが、突破した時の城門は明らかに“鍵が掛かっていなかった”。木の板よのうなものも掛けられているようにも見えなかった。


 その後藍達を載せた馬車は多種族連合、白銀耳長人の陣地へ向かった。

 その向かう途中で魁世は、いつもの頼りない声音で藍達三人にこれからやる事に協力して欲しいと言ってきた。


 藍は勿論拒否した。鶴夏は次々に起きたことで一杯一杯になって半泣きになっていたし、美美もそんな鶴夏を慰めつつ魁世を睨んだ。


 魁世は元の世界では藍達三人のやる事なす事に振り回され、尻拭いをする役回りであった。彼が学級委員であり、クラス内の安寧を築くべく問題が発生すれば四苦八苦し駆けずり回ることが性に合っているような男であった。


 いつも損な役回りをしてそれでいてヘラヘラとしていた彼がこんなことをしていることが藍には分からなかった。

 この時の魁世の自分達へ向けた目を藍は忘れることができない。

 目線は此方に向いていた筈なのにその向こうを見ているような、自分達を透過して内面を無遠慮に覗き見ているような目だった。


 無機質のようで瞳孔の渦巻きが感情豊かにも見える彼のその目に藍は口がスッと乾き、体が硬直していた。

 だがそんな魁世の目も雰囲気も一瞬のことで、魁世は後ろ髪を掻きながら申し訳なさそうに『図々しいのは分かってる。こんな危険なことを頼むのはこれが最初で最後にするから、今だけ僕たちみんなのために協力して欲しい』と言い、全て済めば要望を一人づつ叶えようと約束してきた。

 藍が返答をする前に馬車は白銀耳長人の陣地のまん前まで来ていた。


 その後は見ての通りだが、何故自分達三人だったのだろうか。

 それこそ雨雪や早紀といったどちらかと言えば機微の分かる方がお世辞にも頭の回転がいい方では無い美美や鶴夏よりも良かったのではないか、元の世界では魁世の悩みの種であった筈の三人を重要な局面で用いることは悪手ではないのか。

 ひとつ分かることがあるとすれば、魁世はこのスルタールとの人質活劇を成功させる気でいたことか。


 今思えばスルタール達の前で舞っていた自分達はかなり危険な状態だった。スルタール達には自分達がどう映ってどんな視線を向けていたのか藍にはよく分かっていた。あの時武瑠がスルタールに近づいて生殺与奪を握れなければ、その夜はスルタール達部族長達に“お勤め”をすることになっていたかもしれない。


 それを魁世は分かっていた筈である。それを言えばどんな表情をするのだろうか。しまった、といった貌でもするのだろうか。


 いいように使われた感、それはその通りなんだけれど……


 どちらか言えば雨雪のように“危険な目に遭わせたくない”と思ってくれなかった方が癪に触った。




 昌斗として魁世がクラスの女子から嫌われてたり彼の厄介ごとが増えたりすることに自体は大して気にしていない。

 だがそれが現在の団結すべきクラスの和を乱しかねないのであれば、これに対処しなければならい。今は個人的感情を優先する時ではないのだから。

 昌斗にとって最悪なのは魁世が美美や藍、鶴夏を“失っても痛くない”から要員として選んだ。これを悟られることである。

 別に魁世から彼女らを軽視する発言を聞いたわけでは無い。だが昌斗は魁世が善意のみで行動している人間ではないことは元の世界からよく知っているつもりだった。


「…桑名は何か困っているはあるか?」


 桑名鶴夏は能面の昌斗が自分から話しかけてくることに少々驚きつつも、元気に溌剌と返答する。


「えっと、お家に帰りたいです!」


 能面は能面のまま告げる。


「…新納は桑名達のことを一番に考えている。立派な家も用意するし、生活も保障してくれるだろう」


 お家に帰りたい、元の世界に帰りたいと言わないのは鶴夏なりに今を受け入れて言っても仕方がないと思っているからか。

 単純に帝都の皇帝の用意してくれた屋敷に帰りたいだけかもしれない。

 きっとそうだろう


「それに桑名達はよく頑張ってくれた。きっと新納は目に見えるお礼をくれる筈だ」


「そうです!エルフとか鬼さんとか色んな人を纏める凄い人と戦ったんですからもっと褒めてくれてもいいと思います!」


 よく考えなくても、あの盟主王スルタールはかなり有能な類だ

 元の世界でさえも肌の色や信教、主義の違いで傷つけ合い、長い間争ってきた歴史を持つのにそもそも“種類”が違うという彼らをスルタールは一時的にでも纏め上げたのだ

 元は種族間で争っていた上で、合従させたその剛腕、これほどの人物は元の世界に何人いただろうか?

 そもそも帝国という一つの国を滅亡寸前まで追い込んでいる時点で十分の評価を与えられるだろう

 それを人質にした鶴夏達は確かに評価されるべきだろう。なんせこれがなければ現在の惟義達の義勇軍を実行もできなかった


「そうだな。よく頑張った」


「むっふふーもっと褒めてください」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ鶴夏に辛いことをさせた新納魁世を恨んだ。




「…何度も言いますが決して伊集院副委員長を無視していた訳では無く…」


「そういうことは聞いてないし、話をぐるぐるさせて話を先延ばしさせているのは貴方よ?」


「ういっす」


 正座を始めて小一時間、魁世のただでさえ無い我慢も足の痺れも限界になりつつあった。


「そ、そう!伊集院お嬢様にはこの作戦の“大とり”をやって貰おうと思ってたんですよ」


「秘匿名“帝国を救う大作戦”、だったかしら。私になにをして欲しいの?」


 それは魁世のこれまでやってきたことの最終フェーズであり、皇女二名を帝都の外へ脱出させようとした船、これを新田昌斗が燃やし雨雪の立てた計画を破綻させてまで達成しなければならなかったことを完遂するための“大とり”である。

 雨雪は話くらい聞いてやるといった態度で魁世の言葉を待つ。

 魁世は事の次第を説明する。

 それを聞いた雨雪は船を燃やした理由もそうだが、それ以上にそこまでの効用を期待してやったものであったことに表情には出さないようにしたが驚いていた。


「貴方って本っ当に危ない橋を渡るのが好きなのね」


「これなら短期間で色んな成果を思ったからさ、それに最後を雨雪が締めてくれるならこれまで無茶してきた僕も安心できる」


 魁世はやっと正座を解かれる。魁世達は帝都に帰る準備を始めた。

 魁世と武瑠、美美、鶴夏、藍の五人はそれぞれに帝都に帰る準備を始める。と言っても殆どの荷物運びや準備は魁世と武瑠がやっているのだが。

 昌斗と魁世、は目線で会話する。


(伊集院にはうまく取り繕えたのか?)


(人聞きの悪いこと言わないでくれ、ちゃんと腹を割って話したよ。納得もしてくれたし、最後のヤツは雨雪がやってくれるらしい。ほら、見てくれ。雨雪も納得してそうだろ?)


 昌斗は雨雪の方に目線を向ける。確かに雨雪は乗ってきた馬を上手く御しているが、心なしか満足そうだ。そういえば何故魁世の馬車といい雨雪の乗馬といいそんな直ぐに扱えるのだろうか。

 馬は昌斗も扱えるがそれはあくまで多少動かせる程度であり、既に魁世と雨雪は熟練者の域に達している。


(…新納お前また変なこと吹き込んだな)


(あのさ、なんでそんな悪い風に捉えるん?少しは僕を信用して欲しいな)


 こうして雨雪と乗っている馬を先頭に魁世の操縦する馬車とそれに乗る美美達と武瑠、最後尾を新田昌斗に帝都への帰路についた。

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