コンビニエンス24時

そうざ

C県O市―AM0:00頃

 入店音が鳴ると条件反射で、いらっしゃいませ、と声を出してしまう。

「あぁ、店長っすか。お疲れっす」

「ご苦労さん」

 店長の元々腫れぼったい瞼が更に腫れぼったい。自宅で取り敢えず腹拵えをし、軽く仮眠を取って来たのだろう。

 ここのところ、アルバイトが立て続けに辞めたりサボったりしたが為に、店長は昼夜を問わずヘルプに入っている。そこに折り悪く『祝典日』の順番が回って来てしまった。この大事な日に、オーナーでもある店長が立ち会わない訳には行かないのだ。

あと15分で零時だけど、準備は出来てる?」

「はい、マニュアル通りに」

「君は今度で何回目だっけ?」

「3回目っす」

「じゃあ、細かい説明は不要だな」


 1973年9月某日、S県S市にて日本初のコンビニエンスストアが誕生した。これを記念し、毎年9月の1ヶ月間は、企業の垣根を越え、全国各地のフランチャイズ加盟店が持ち回りで記念祝典を行う。

 この事実は、世間一般には全く知られていない。俺もコンビニバイトを始めるまでは、噂の欠片すら耳にした事がなかった。

 何でもこの事実を口外したら、コンビニバイト界から永久追放されるのは勿論の事、全加盟店に隈なくお触れが回り、金輪際、コンビニが利用出来なくなる。それがコンビニ業界の血の掟なのだ。


 腕時計の針が午後11時55分を告げようとしている。

 店内調理用の厨房に移動し、二人してミネラルウォーターを手にする。

「口内洗浄!」

 上官気取りの店長に呆れつつ、ミネラルウォーターでうがいをする。これには喉を湿らせておく意味もある。

「口内洗浄、良し!」

「アイテム開封!」

 本部直送の段ボール箱を開け、中身をうやうやしく取り出す。祝典の為に生産ラインが極秘に稼働、特別に製造した、取って置きの代物だ。非売品なので、パッケージには商品名もバーコードも印刷されていない。

「アイテム開封、良し!」

「聖地確認!」

 地図アプリを開き、S県S市の第1号店跡地の方角を確認する。去年も一昨年も経験しているので既に把握しているが、儀礼の一環として再確認だ。

「聖地確認、良し!」

 店長と共に雑誌コーナーの前に移動し、パッケージを丁寧に開ける。直径5センチ、長さ15センチ、ふんわり柔らかな祝典用の特製丸ごとロールケーキがお目見えする。

「それ、コーヒー味?」

 店長が俺のロールケーキをまじまじと見る。色合いからそう判断したのだろう。俺は思わず鼻を近付ける。

「マロン味っすかね、秋だし。店長のは?」

 店長のはオレンジ色だ。店長もくんくんと匂いを嗅ぐ。

「……柑橘系? 蜜柑かな」

「へ~っ、味のバリエーションが増えたんすね」

 時刻は、午後11時57分になろうとしている。

 コンビニは全国に57,000軒以上、存在する。24時間は86,400秒、30日に換算すると2,592,000秒。およそ45秒毎に何処かのコンビニで粛々と祝典が執り行われている事になる。祝典という名の見えない聖火がリレー形式で途切れる事なく受け渡されるのだ。

 今年はうちの店舗がアンカーの大役を担う事になった。9月30日が終わる直前の締め括りだ。自然と責任感に使命感がし掛かり、武者震いに襲われる。

「もう59分になるぞ。アイテム、スタンバイ!」

「アイテム、スタンバイ!」

 口元にロールケーキを持って行く。

 45秒前後で完食しなければならないが、飲み物で流し込むなど愚の骨頂。しっかりと咀嚼して飲み込むのが醍醐味というものだ。

 大口を開けたまま、しばし腕時計と睨めっこ。この間抜け面は誰にも見られたくない。

 その時、店舗前の駐車場で人影が動いた。店長も気付いたようで、出入り口の方を窺っている。

 例年ならば、店頭に『臨時清掃中』等の貼り紙をし、部外者の立ち入りに万全を期するのだが、今年は深夜なので大丈夫だろうと油断した。閑静な住宅街の立地だから、遅い時間帯はほとんど来店がないのだ。

 自動ドアが開く。間抜け面でそれを確認した、次の瞬間だった。

「待て待て待てぇ!」

「させへんでぇっ!」

 突如、駆け込んで来た二人組が、俺達の手元に行き成り手刀の一撃を食らわせた。ロールケーキが高速回転しながら宙をけた。床に叩き付けられ、哀れぺしゃんこ、と思ったら、二人組の骨ばった掌にしっかりと収まった。

「確かに戴いたでぇ!」

「ほな、さいならっ!」

 二人組はロールケーキを頬張るや否や、疾風の如く夜陰の彼方へ消えて行った。


 日本初のコンビニエンスストアは、1969年3月、O府T市にて誕生した――とする説もある。

 俺がこの事実を知らされたのは、親の都合でO府へ引っ越し、そこでまたコンビニバイトを始めた時だった。

 西日本で勢力を誇る〔69年派〕と、東日本を牛耳る〔73年派〕は、長年に亘って敵対する犬猿の仲なのだ。勿論、この事実は世間一般には全く知られていない。

「兄ちゃん、準備はえぇか?」

「はい、勿論です!」

 今や〔69年派〕へと転向した俺は、聖地の方角を向き、祝典用の特製丸ごと伊達巻だてまきを頬張っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る