第8話 林の中へ
ゴミ拾いが終了する。
随分と袋を満たした詩歌は丈一の袋と比べて「全然入ってないじゃん」と笑っていた。
「それじゃ今から一時間は自由にしてもらって構いません。でも、海で泳ぐ場合は水着に着替えてからですよー?」
先生の言葉に高校生にもなったというのに、少年少女がわいわいと自由気ままに動き出す。
伊南島の学校では、海浜の清掃ボランティアをした後で、学生たちが海で遊ぶというのはよくある事だった。
「…………一人で何が楽しいんだ?」
彼は相変わらず孤立している。
友達と遊べるわけでもないのに海にいても心の底から楽しめない。他の生徒が遊んでいるのを眺めているだけにしかならない。
「丈一くん」
「姫崎か」
丈一が振り返れば水着に着替えた詩歌が立っている。
「お前もビキニか」
「え? 海って言ったらビキニでしょ?」
フリルの白ビキニ。
綺麗な白い肌が顕になり、男子の視線を惹きつける。くびれのある腹も健康的な太腿も。
「まあ……スク水とかラッシュガードの人もいるけどさ、ほとんどビキニじゃん」
「……海だからな。好きな男子とかにアピールしたいんだよ」
男子はビキニという格好が好きだと、考えた結果がこれなのだ。
「丈一くんは着替えなかったの?」
「海で一人で遊んで何が楽しい」
「しかたないなぁ、わたしが遊んであげるよ」
「……俺、水着持ってきてないけど?」
丈一もゴミ拾いということで着替えてはいるが、ジャージのままだ。流石に濡れてしまっては困る。
「えー……」
「俺は別に海に入る気ないし」
「何だよー、それー」
詩歌が不満そうに頬を膨らませる。
「見てて欲しいなら、見ててやるから」
「その言い方、お父さんぽいー」
失笑した彼女は丈一の右手首を掴み、走り出す。
「ちょっ、おま」
「良いから良いから」
「何もよくない! おい、待て! ちょっと待って!」
海の中に彼女は進んでいこうとして、丈一が踏みとどまる。
「待て。頼むから靴は脱がせてくれ」
あの日とは違って、丈一は後の事を何も考えていない訳ではないから。
「分かったよ。五、四、三……」
「何でカウントダウン始めてんだよ!」
丈一は慌てて靴を脱ぐ。
足が海水の中に。
「…………」
「丈一くん?」
「ん……ああ、悪い」
「なんか今日、ずっとボーッとしてるよね?」
「いつも通りだって。ただちょっと暑いから」
丈一が適当に誤魔化せば、少し先に進んだ詩歌によって「それっ」と顔面に海水をかけられた。
「ぶはっ……! しょっぱ!?」
「どうよ、冷たくない?」
「……お前なぁ!」
「お、どうする? どうする?」
仕返しと水をかけ返しても、彼女は楽しそうにするばかり。水着なのだから濡れても彼ほどのダメージがない。
「よし、止めろ! 分かった。俺の負けだ! 俺の負けでいい!」
「っ、あはははは!」
笑う少女と対照的に、少年は少し疲れたという表情を浮かべる。
「────はい、みなさん! 今日はもう終わりです!」
自由時間の終わりを告げる。
生徒たちが集まっている。このまま、ここで解散という事となり教師は学校に戻った。 水着から着替える為に丈一以外の生徒が移動する。丈一は特にすることもなかったが帰ることができずにいた。
「……姫崎に待ってろって言われたし」
今ここで帰ると、今度学校で再会した時に何かしら小言を言われるのは予想できた。
「じょ、丈一くん……ごめん、お待たせ」
「遅かったな……って、何で着替えてないんだよ」
他の生徒は既に帰ってしまった。
ようやく丈一のところに出てきたのは、先ほどの水着のままの詩歌だった。
「……それがさ、着替え隠されちゃったみたいでね〜。ははは」
苦笑いを浮かべ、ポリポリと頬を掻く。
「更衣室には……なかったか」
「うん」
だから、彼女も更衣室から出てくるのが遅くなったのだ。
「家に帰れば予備もあるし、別に……」
「いや、そりゃそうかもだけどな。で、今はそれで帰るって?」
「あー……そう、なるかな?」
「……ヤバいだろ」
場合によっては痴女扱いされてもおかしくない。
「とりあえず俺のジャージ使っていいから」
「え……あ、うん」
「それで問題ないだろ」
「あ、ありがと」
丈一が脱いだジャージを渡すと「あ」と何か思い出したように、彼女は声を漏らした。
「何だよ」
「荷物もないから、家の鍵もない!」
「……マジか」
このままでは家に入れない。
結局、彼女の荷物と制服は探さなければならなかった。
「どこにあんだよ……ゲームならヒントくらい出るのに」
探し始めてから既に一時間以上が経過した。時刻は午後六時を過ぎている。丈一のポケットでスマートフォンが震えた。
「浬か」
詩歌の制服と荷物を探す手を一旦止めて、浬に応じる。
「もしもし?」
『丈一、遅くないか?』
「ちょっと色々あってさ」
『今どこにいる?』
「海だよ、海」
『そうか。武陽と未央も心配しているぞ』
ブツ、と通話が切られる。
「つっても見つからないし」
詩歌も鍵を見つけられなければ、午後八時までは家に入れないのだ。
「────あとは」
浬から電話がかかってきてから二十分。既に粗方は探し終えていた。
「……こっちは、まだだよな」
視線の先には木々が生い茂った林。
海からさほど離れていない。可能性としては充分にあり得た。
「丈一くん?」
詩歌は林の中に入っていく、丈一を見つめていると。
「詩歌?」
「あ、浬さん」
海まで来た浬と合流した。
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