第6話 神は何処へ
「……海神様」
真夜中、酔いの覚めた金吾は一人呟く。
神職である彼は島の中でも顔が利く立場の人間であった。だから情報がさまざまに入ってくる。
喩えば、漁師から。
どうにも数年前から取れる魚の割合が変わったという話を聞いた。
何が原因か、海のバランスが崩れたのだ。
「やっぱりアイツらの言う通り、どこかに行ったのか?」
顎を摩り、金吾は悩ましげに首を傾げる。
「……お父さん」
先ほどまで武陽と騒いでいた部屋のゴミは片付けられ、賑わいは既に残っていない。そんな部屋に既に寝たと思っていた娘が入ってきた。
「弥恵、どうした? 寝れないか? パパが一緒に寝てあげようか?」
「…………」
微妙そうな顔をして、たっぷりと間を置いてから彼女が答える。
「お客さん」
「客?」
金吾は確認しながら立ち上がる。
「分かった。ありがとな。弥恵はもう寝てろ」
頭を撫でてから玄関に向かえば、立っていたのは四十代のラフな格好をした白髪混じりの黒髪の男だ。
「……またお前か、
海神が消えたと口にしていた漁師の山田
「こんばんは、高千穂さん」
「こんな夜遅くになんの用だ」
「いや。海神様が居なくなってから、こっちも相変わらず散々でして」
稼ぎが減ったからいい加減にどうにかしてほしい、と頼み込みに来たのだと。
「……海神様が消えたんだとしたら、それは海神様の意思だ。我々は願うだけで、実に無力なものだ」
和夫の求めるような事は出来ないのだと金吾が言外に伝えれば、額に皺を寄せて。
「そもそも、高千穂さん。アナタは神職のはずなのに、なぜ私ほど熱心じゃないんですか?」
責め立てる声は続く。
「神に仕えるアナタなら誰よりも海神様を想っているはずだ。でなければおかしい。だと言うのに、アナタと来たら。碌に動こうともしない。本当に海神様を信じているんですか?」
「分かりましたから、今日はお帰りください」
「話をしっかりと聞いてください! ちゃんと、ちゃんと、海神様を説得ください! 我々の海に戻るよう、お伝えください!」
「分かりましたのでっ!」
「どうか! どう────────」
どうにか押し返して、和夫を帰らせる。
「はあ……」
頭痛がしてきた。
金吾も海神への信仰はある。神職として一応であり、そこまで狂気じみたものではない。理性的な範囲だ。
「やれ、面倒くさい……」
眉間を揉みほぐす。
「お父さん、山田さんは?」
「もう帰った。弥恵も早く寝なさい」
「なんかあったの?」
「……酒の飲み過ぎだ。少しクラクラするだけだよ」
適当に笑顔を貼り付けて答える。
弥恵は寝床に向かった。
「……流石に数年にもなれば増えるな」
海神を海に戻るよう説得してくれという申し立ては既に多数来ている。
「どうしたもんか」
要請された通りに彼は神に願っているが、漁獲割合が変わっていない。
「…………はあ」
溜息が漏れ出た。
立場上、金吾も口にはしないが海神の実在を熱心に信じているでもない。今の時代、大概は論理的に説明ができる。
現代文化に触れている金吾には神職であっても完全に神を信じる事は出来なかった。
海の神がどこかへ行ってしまったという話にも懐疑的であったのだ。
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