第36話 アンタッチャブル


 第七階層の探索を終えた俺は、そのまま第八階層の探索を進めていく。


 第八階層は今のところ、現れるモンスターがいつもより強いという点以外には異常は見られない。これがもしダンジョンの構造自体が変わってしまうなんて異常だった場合、もう少し探索の時間がかかってしまっていたかもしれない。


 足を止めることなく第八階層を進んでいく。

 現れるモンスターはとりあえず俺の愛刀のサビになってもらいながら、気づけば第九階層の手前に到達していた。


 前回は、俺の影が現れた第九階層。

 そしてそれが全世界に拡散されたんだったな。

 ……思い出して恥ずかしくなってきた。あんなジャージにサンダルみたいな服装、あまりにダサすぎる。


 それに、このことが師匠に知られたら怒られそうだ。

 師匠はいつも『探索者たるもの、目立ってはいけませんよ。特に太一はそのあたり脇が甘いですからね。一人前になるまでは私がしっかり見張っていないといけません』なんて言っていた。


 ……いやでも、もう一人前だし、師匠も許してくれるかも……? それに、師匠は配信とかネットニュースとかに興味がない古風な人間なのだ。うん、きっと大丈夫だ。


「さて、ここまでは順調にこれたけど」


 振り返ると、俺が進んできた道には大量の魔力結晶が転がっていた。帰り道に回収しようと思っていたが、これだけの量になるとさすがに無理そうだ。適当に二つ三つだけ回収することにしよう。


 そして相変わらずダンジョンの奥からは異常なプレッシャーが放たれていた。

 前回よりもより濃密な死の気配。どうやらこの先には相当の強さのモンスターがいるらしい。


 感覚だけで判断するなら、俺より少し上の強さ――師匠よりはちょっと弱いくらいの圧だろうか。


 しかし、今の俺にはツヴァイ・ラーべがある。

 こいつと一緒ならなんとか勝てる……はず。


 勝てる確信は正直ないけど、ここで下がるわけにはいかない。いつか越えなければいけない壁だ。たとえ勝てないとしても、どれくらいの強さなのかは確認しておきたい。


「よし、行くか」


 俺は第九階層に足を踏み入れる。前回同様、まるで俺を迎え入れるように、広大なスペースが広がっている。


 一見すると、なにもないただの空間に見える。

 だが、胸騒ぎは収まらない。俺の本能が絶えず危険を訴え続ける。


 警戒レベルを最大まで引き上げながら、奥へとゆっくり進んでいく。


 徐々に近づいてくる濃密な殺気。ビリビリと肌が粟立ち、落ち着こうにも心臓の鼓動が鳴り止まない。とても普通のモンスターから発せられるものとは思えない殺気だ。

 

 しかし、俺はこの感覚になぜか覚えがあった。

 間違いない。これは師匠の殺気だ。


 その考えに思い至ったと同時、俺の数メートル前に一つの影が生まれた。


 初めは形という形がなかった影が、ゆっくりと形を変えていく。


「あれは……」

 

 それを見ながら、少し前から俺を襲っていた嫌な予感が見事に当たってしまったことを確信する。


 濃密な殺気を纏いながら現れた影。

 大きさは俺より少し小さいくらい。

 和服に身を包み、長い髪を靡かせながら、身の丈よりも長い刀を腰に携えていた。


「……そうきたか」


 それはまぎれもなく。

 ――行き場のなかった俺を拾い上げ、探索者として鍛えてくれた、尊敬する師匠の影だった。


 


 ◇◇◇


 


 同時刻。

 都心の一等地に建てられたダンジョン協会本部に、ツバキとマリアを乗せたタクシーが到着した。


「まったく。呼び出しておいて迎えもよこさないなんて、ケチなところは変わっていないんですね」


 文句を言いながらツバキが車を降りる。

 マリアは運転手に領収書をもらい、「ありがとうございました」と礼を言う。


 そのまま二人はダンジョン協会本部に入っていく。

 東京駅から徒歩二分と言う好立地に建つダンジョン協会本部の内部では、今日も忙しなく職員たちが動き回っていた。


「人が多いですね。ダンジョンの異常の対応に追われているのでしょうか」

「そのようですね。東京は特にダンジョンが密集していますから」


 ツバキのいう通り、ダンジョン協会では各地で発生しているダンジョン異常の対応に追われていた。

 それほどの忙しさの中にある職員たちですら、すれ違うツバキとマリアの美しさに思わず目を惹かれ立ち止まっている。


「なんだか居心地が悪いですね。さっさと行きましょうか」

「そうですね。ではこちらへ」


 先導するマリアが、出入りする人を管理するための改札に探索者証をピッとかざす。

 

 そのまま二人は通路の1番奥にあったエレベーターに乗り込む。


 静かに上昇していくエレベーター。最上階へ直通する、要人だけが乗れるエレベーターだ。


 二人は数年前に日本を離れたあと、主にアメリカで活動していた。というのも、アメリカに現れたダンジョンがあまりに高難易度すぎたため、アメリカ政府にそのダンジョンの攻略を依頼されていたのだ。


 そして数年間を海外の高難易度ダンジョンを探索することに費やした二人は、今回ダンジョンの異常を受けて日本のダンジョン協会に招集された、というわけだ。


 しかし、彼女たちの存在は一般には知られていない。

 探索者の格を表す等級も存在しない。

 二人は各地で発見された、並の探索者には手に負えない高難易度ダンジョンの攻略を影ながらこなす、な探索者なのだ。


 そして今回、彼女たちが依頼されたのは《魔獣の森》の探索。

 つい最近発見され、そのまま S級ダンジョンに登録されたこのダンジョンも、《神々の庭園》や《幻影の塔》と同じく異常が発生していた。


 魔獣の森で特に問題視されているのは、例を見ない急激な《活性状態》に陥っていることだ。

 現れるモンスターもそれに合わせて急激に強くなっており、それまで担当していたパーティの攻略が困難になってしまった。


 そこで彼女たちに白羽の矢が立った、というわけである。


「それで、マリア。太一の居場所は分かったのですか?」


 しかし、それほどの重大な任務を任されたツバキが気にかけているのは、ダンジョンのことではなく彼女が鍛え上げた自慢の弟子についてだった。


 決してダンジョンを舐めているわけではない。

 何者にも砕くことのできない絶対的な強さに裏打ちされた自信が、彼女にはあった。


「はい。大体の場所は分かったのですが」

「ですが?」

「どうやら私たちが渡米した後に引っ越しをしたようで……詳しい住所はまだ」

「そうですか。……まぁ、どうやらまだ《神々の庭園》の攻略中のようですし、近くにいるでしょう」


 マリアの答えは、半分本当で半分嘘だ。

 彼女は情報収集のエキスパート。そのアンテナは現在世界を騒がせている謎の探索者の情報もしっかりと捉えていた。


 そしてマリアは、その正体がまさに佐藤太一であると確信していた。


 だが、そのことはツバキには知られてはいけない。

 なぜなら、ツバキは目立つことを極端に嫌っている。特に太一についてはしつこく目立たないように教えていた。


 つまり現在、佐藤太一は師匠の教えを破っている、ということになる。そのことが知られれば、太一はこっぴどく怒られるに違いない。


 いや……怒られるという生ぬるいことだけで済めばまだマシだ。もしかしたら、一ヶ月ほどみっちりとになる可能性がある。


 そういった事情で、マリアは太一についての情報をぼやかした。詳しい住所は知らないというのは本当だが、それはマリアの情報網を使えばすぐに調べ上げられるだろう。


 そんなやりとりをしている間に、二人を乗せたエレベーターが最上階に停止する。

 ここから先は政府の高官や高ランクの探索者といった、限られた者しか入れないエリアだ。


 エレベーターを降りたツバキとマリアは、そのまま奥へと進んでいき、フロアの突き当たりの『ダンジョン協会代表理事室』という看板が掲げられた部屋をノックする。


「失礼します、マリアです」

『お待ちしていました、どうぞお入りください』


 返事を聞いてからマリアが扉を開ける。

 最低限のものだけが置かれた、質素な部屋だ。

 だが置かれたソファや机は高級品で、この部屋の主人の風格を思わせる。


「お久しぶりです、ツバキさん」


 二人を出迎えたのは、きっちりとスーツに身を包んだ壮年の男。

 彼の名前は白井隆二。このダンジョン協会の代表理事を務めている。

 

「お久しぶりです、白井さん。三年ぶりくらいですか?」

「もうそんなに経つのですね……。ささ、どうぞお座りください」


 促され、二人はソファに腰を下ろす。

 机の上にはツバキの大好物であるどら焼きと、マリアの大好物であるマカロンが置かれていた。どちらも最高級品である。


「さて、早速ですが本題に入らせていただきますね。食べながらで結構ですのでお聞きください」


 白井は知っていた。

 ツバキという人間がなにより無駄を嫌うということを。


 彼は現在、日本のダンジョンで起こっている異常について簡単に説明していく。このことは二人も周知の事実なので、確認程度の説明だ。


 そして説明が終わると、今回二人を招聘することになった《魔獣の森》についての説明に入っていく。

 

 ――魔獣の森が現在、《活性状態》にあり、最優先の攻略が求められていること。

 あと数日でダンジョン崩壊の可能性があること。

 そしてそのダンジョンの危険度は未知数だということ。

 

「――なるほど、分かりました」


 どら焼きを食べながら説明を聞いたツバキが、ゆっくりとそれを飲み込んでから口を開く。


「どうかよろしくお願いします。それで……いつから取り掛かって頂けるのでしょう?」

「もちろん、今からです」

「い、今からですか!?」


 ツバキの言葉に、耳を疑う白井。

 彼は元S級探索者だ。現在の魔獣の森の危険性も充分理解している。

 だからこそ、ツバキの言葉が信じられなかった。


「では早速今から向かうとしましょうか。マリア、案内してください」


 ツバキとマリアが颯爽と立ち上がる。

 

「え……本当に向かわれるのですか?」

「はい。何か問題が?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが」

「なるべく早い攻略が求められているのでしょう? ならさっさと終わらせたほうが安全です」

「それはそうなのですが……」

 

 ツバキの言うことはごもっともだ。

 しかし、まるで散歩にでも行くようなツバキの態度に、白井は困惑を隠せない。

 

 そんな白井を置いて、二人は部屋を出ていってしまった。

 机の上には、綺麗に食べ終えられたお菓子たちの跡だけが残されていた。


「……さすがはアンタッチャブルだ」


 一人部屋に残された白井が呟く。

 同時に、二人への尊敬の念が湧き上がってくる。これが、世界を股にかける探索者か、と。


「さっさと終わらせて、太一の元に向かいますよ」

「はっ」


 しかし、ツバキの脳内のほとんどは愛弟子である太一のことで満たされていることを、白井は知らない。


(太一さま……大丈夫でしょうか……)


 そしてツバキをよく知るマリアだけは、ここにいない太一の心配をしているのだった。



 

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