第34話 ギルドの訓練室

「ウィンド」


 どことなく頼りにならなそうに感じてしまう少年の目の前で、人間を一人ぐらいなら吹き飛ばせそうな風が発生した。


「セオドアさん、どうですか?」


「……いいんじゃないですかね」


「そうですか……」


 俺の言い方に含みを感じたのか、ポールさんはしゅんとする。


 自分基準で考えるともうちょいうまく使えるなと思ってしまったことによる反応だったけど、ここに来た時のことを考えるとかなりの成長と言えるだろうし、落ち込ませるような言い方をしたのは良くないな。


「あ、いや、すごくいいと思いますよ。しっかりと詠唱破棄をしながら実用的なレベルの威力は出ていると思うので」


「……本当ですか?」


「はい」


「ありがとうございます!」


 うっ、勢い凄い。


 ポールさんはキラキラとした瞳を向けてきながら、こっちに近寄ってくることで気負わされる。


「だったら、ここで毎日練習をしていた甲斐がありました!」


「毎日?依頼とかあった日なんかも?」


「はい!」


 ……真面目だな。

 クローディアさんに強制されてとかだったら俺もやるんだけど。正確にはやらざるを得ないと言った方が正しいか。

 一人でコツコツやるっていうことを続けられた経験がないから、自主的に魔法の練習をしていたのは素直に凄いと思う。


「ここまでできるようになったのも、すべてセオドアさんのおかげです」


「え、俺のおかげ?」


「はい!」


「別に、そんな何かしたような記憶はないような……」


「そんなことないですよ。ここに来た初日の夜に魔法について教えてくれましたし、行き詰っているときに相談したときもアドバイスをしてくれたじゃないですか」


「まあ、そうだけど……」


 初日に教えたのは我ながらいい出来だったとは思うけど、アドバイスってここに来た四日目ぐらいに僕の魔法を見てほしいとポールさんが言ってきたから、ここで魔法を使ってもらった時のことだよな?


 見ても何をどうアドバイスをすればいいかピンとこなかったから、とりあえず何を目的とした魔法か、どういう効果があるのか、実際に魔法を使ったらどういう風な現象が起こるのかとか、みたいなイメージの仕方を考えるといいんじゃない、とパッと思いついたことを口にしただけだと思うんだけど。

 ……本人が満足しているならいいか。


「本当にありがとうございました、セオドアさん」


「いや……。どういたしまして」


 毎日ここで欠かさずやっていたおかげだと思うけど、と口にしようと思ったが、無駄に謙遜し合うことになりそうだからお礼を素直に受け取るだけにした。


「というかここ、あんまり人がいないんですね」


「そうなんですよ。いつも朝にここに来ているんですが、エリザベスさんとかウォルトさんぐらいしか見かけたことがないですね。ここ以外の訓練室に向かっている人とかとすれ違うことはありますけど」


「へえ」


 ウォルトさんって誰だろ?

 そういえば、ここで活動している同じクラスメイトのグループが俺たち以外にもいたような……。

 俺がそのウォルトさんを知っている前提でポールさんが話を進めていることから、おそらくそのグループの一人なんだろうな。

 だとしたら、みんな真面目だな。


「最初はこの訓練室にはもっと人がいるのかなって思っていたんですけどね」


「どうしてですか?」


「ここに来ないってことは、実力が足りないのに自分を鍛えようとしていないということだと思うので」


「あー、確かに」


 俺たちはギルドにある訓練室を利用しているんだけどもう一つ訓練室があって、ランクによって使える訓練室が変わってくる。Dランク以上の訓練室と、Eランク以下の訓練室という感じで。

 一般的にDランク以上から一人前とされているから、そういう分けられ方をしているんだと思う。

 あと、Dランク以上の冒険者よりもEランク以上の冒険者の方が多いと聞いたことがあるから、そういうのも関係しているのだろう。


 で、ポールさんはまだ一人前とは言えない冒険者たちは実力を上げるために努力していないと言いたいのだろう。

 ここの一つ手前にDランク以上の訓練室があるから、ポールさんがすれ違う人たちというのは一人前と言われる冒険者だろうし。

 ただ、Eランク以下の冒険者の方が多いことを考えると、たまたま怠惰とか意識が低い人ばかりだったという理由じゃないような気はするけど。


「ポールくんじゃないか。今日も早いね」


「ウォルトさん、おはようございます」


 ポールさんは声を掛けてきた黒髪で眼鏡をかけているからか気難しそうに感じる少年に挨拶をした。

 いつも授業中に先生の問いかけに答えている印象が強くて、勤勉で真面目な秀才っぽいなとひそかに思っていた人だ。


 この人がウォルトさんだったのか。


「君はセオドアくんだよね」


「あ、はい。でも、よく自分の名前をよく覚えていましたね」


「君は元冒険者で貴族であるオズボーン家の護衛だからね。さすがに覚えているよ」


「あー、なるほど」

 

 誰ともかかわらないで授業を受けているだけの人間を覚えているなんて、と意外に思ったが、確かに肩書だけ見ると目立つのか、俺って。

 名前を言い当てられた時は、目立たないし誰ともかかわらない俺を覚えているのかって疑問だったけど。


「そもそも僕はクラスメイト全員の名前と得意魔法は覚えているからね」


「え、どうしてですか?」


「だって、僕がクラスメイト達をまとめるために必要なことだと思ったからだ」


「……なるほど」


 全くわからん。

 クラスのリーダーをやるってことを言いたいんだろうけど、そういう情報収集って参謀的な人がやることじゃないか?

 クラスの委員長に立候補するみたいなのがあればまとめ役にはなれるとは思うんだけど、そもそもうちの学校ってそういう制度はないし、どうやってリーダー的な地位を確立するつもりなんだろうか?


「あの、名前は分かるんですけど、どうやって得意魔法なんて知っているんですか?それもクラスメイト全員のものを?」


 ふと湧いた疑問を口にした。


「それは授業中に一人一人が魔法を使っている様子を見て確認しているんだ」


 こわ!?ストーカーじゃん!? 

 いや、不特定多数の監視だからストーカーとは言えないかもしれないけど、ただ魔法を使っているところをじっと見られていると思うと怖いわ!


「へぇ~」

 

 俺はそんな内心をおくびにも出さず、納得したふりをする。


「あの、話の腰を折るようで申し訳ないですけど、さっきまで僕たちこの訓練室を使う人が少ないのかって話していたのですが、どうしてかウォルトさんは分かりますか?」


 ポールさんは話を続けることはあまりよくない方向に進むとでも思ったのか、それとも本当に話を聞きたいだけだったのかは分からないがウォルトさんに質問した。


「ふむ……。確かにここを利用するものはポールくんやエリザベスくん以外ほとんど見たことはないな……」


「はい。ここに来るときに人とすれ違うことはあるので、ランクの高い冒険者は利用していたりはしているはずなのですが」


「つまり、この訓練室は使う冒険者が少ない理由についての回答を欲しているということか……。この訓練室を使うような者たちは、ここで自身を鍛えるよりも依頼を受けることを優先するからじゃないのか?」


「……どうしてですか?」


「冒険者ランクの低い者たちは自分の技を鍛えるなんてしている暇があるならば、依頼を受けて金を稼ぎたいだろうかな。僕たちは魔法が使えるから宿と食事にしか費用が掛からないが、普通は武器や防具、罠を利用するならそういったものを作るための費用、他にもさまざまなものに金が掛かることを考えると、この訓練室に時間を割いている時間がないのだろう」


「……」


 ポールさんはどうにも納得いってないように見えた。

 

 ポールさんからしたら、そういう状況を変えるためにこそ自己鍛錬が必要って言いたいんだろうな。

 でも冒険者――特に低ランクの冒険者っていうのは、他の職業に就けないようなのが日々の資金を稼ぐためになる人が多いだろし、俺としてはウォルトさんの説明は納得できるものだった。


 それに冒険者として活動していたとき、こういう訓練室みたいな施設があることはヤードリー先生から聞くまで知らなかったし、そもそもここの存在を知っていたとしてもタダで使えることを知らないってこともありそうだし。

 情報収集みたいなことをしていなかったからっていうのもあるだろうけど、別に俺と似たような人は少なくないだろうから。


「二人は今までここで魔法の練習をしていたのか?」


「はい」


「ならば、今日は珍しくパーティメンバーをここに連れてくることが出来たから合同練習をしないか?」


「すみません。ありがたい申し出ですけど、この後にコボルトの討伐依頼が控えているので」


「……それならば仕方ないな」


 ウォルトさんが残念そうな表情をするので若干の申し訳なさを感じながらも、俺たちは待ち合わせ場所である宿前へ向かった。

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