砂漠の乙女達

ろぜ

第一夜



 こんな話を知ってる?

スラムでは満月の夜に赤子をすり替えると神童になる事があるんだって。

それ知ってる!大人になると……ってやつでしょ。

 じゃあこれは?

なになに?早く教えて。

スラムのずーっとずーっと端っこに怪しい商人が露店を構えててね、いかにも詐欺でしょって雰囲気なんだけど、みんな話だけ聞いていくんだって。

そこで話してるのがね__



 高い塀の向こう側からは華やかな音楽が聴こえるのに、どうしてあたしは衛兵から追われながらプラムを盗んでるんだろう?しかもそんなに熟してないのにさ。

おやぁ、左からも回ってきたか。じゃあここはパス!

「アーにい!」

 あたしは両腕いっぱいに抱えたプラムを斜め前に全て投げた。

 プラムは全て建物の窓の向こうに吸い込まれたように見えただろう。

今頃、アー兄が回収して家まで持って帰ってる。足もあたしより断然速いからね。そしてあたしは物陰に隠れた。

 どうも皆さん初めまして、あたしはアミーラ。恋してもおかしくないお年頃の15歳の女の子なんだけど、どういうわけかスラム育ちで、呑んだくれの親父のせいであたし達5人兄弟は生きてくだけでもう大変!学校なんかもちろんいけるわけないよ。兄弟もわがまま放題だし。でも2番目の兄のアー兄だけは賢くて、あたしの話もよく聞いてくれてるからちょっと特別かな。

「アミーラ、おかえり。いい判断だったよ」

アー兄は私の頭をくしゃくしゃ撫でた。

「パスだけは上手いからね私!」

このくりっくりの黒目に長身、見目はうちで二番目、頭の良さはうちで一番がアーキル。あたしはいつもアー兄って呼んでる。

「父さんは?」「……また盗んだ酒飲んで寝てるよ」

父さん、昔はちゃんと働いてたんだ。上等な織物なんかを扱う商人だった。

でも3年前に母さんが事故で死んじゃって、それからは仕事も辞めて呑んでは寝て、たまに怒鳴り散らして、また呑んでは寝ての繰り返し。しょうがない親父だよ。

それからは兄弟で盗んだり騙したりで食いつなぐ生活をしてる。

「アミーラ……ごめん」アー兄が申し訳なさそうにあたしを見つめる。

 今の生活になってからアー兄はずっとあたし達下の兄弟が学校に行けてない事や友達、恋人、青春ってやつ?それと無縁な事を気にし続けてる。

「アー兄、いいんだって」あたしは笑って鼻唄まじりに踊ってみせる。

 ガタッ、カラン

「お前……」奥で寝ていたはずの父さんが酒瓶を落としてこっちをじっと見てだんだん近付いてくる。

「な、なに?」

父さんはあたしを力いっぱい抱き締めた。

「帰ってきて、くれたんだな」

苦しい。全然振りほどけない。まさか母さんと間違えてるの?

「やめな父さん。見苦しいったらないね」

 口を挟んだのはシャファク姉さんだった。

「娘と嫁さえ見間違えるなんて、見苦しい以外のなんなのさ」

 すぐにあたしは父さんの腕から解放されて怒り狂った父さんはシャファク姉さんを追いかけた。

 げほっ、ごほっ、ごほっ

あたしはアー兄に摩られながらとにかく息がしたかった。

でもそれだけ父さんはまだ母さんが帰ってきたらってやっぱり思ってるんだよね。

「でも、分かるよ。父さんが間違えるのも。この頃本当によく似てきた」

 あたしは兄弟の中で一番母さんそっくりと昔から言われてきた。母さんは誰が見ても美人って答えるような美しい人で、心も言葉も行動も笑顔だって綺麗。母さんはあたしの目標だった。

 みんながあたしの向こうに母さんを見る。あたし自身は?そう思ったらなんだかやるせなくて、この心苦しさから逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

「夜までに戻る」それだけ言って私はもう一度外へ駆け出した。どんなに走っても逃げられるわけじゃないのも分かってる。分かってるから苦しい。

__みんなが母さんを好きなのは理解出来る。恋しい気持ちも。私自身そうだから。でも、母さんは帰って来ない。私を見てくれる人は?一生母さんの身代わりなの?どうにかしてよ、神様__

 そんな事を考えて走り続けたら行き止まりだった。もう、スラムの端に居た。変な所に出ちゃったな。

 蝋燭の灯りが視界の端に映る。振り向くと物陰に露店みせが構えてあった。

こんなところに露店を構えるなんて、変な人。普段は誰も居ないはずなんだけど。

「お嬢さん、困ってるようだね。ここに来るのはみんなそうだからな。うん、うん、わかるよ、そうじゃなきゃ今にも胸が潰れそうな思いなんてしないよなあ。ほら、お仲間が来るよ、この砂時計が落ちきるまで退屈しのぎに居てごらん……」

 その黒いローブで見た目のほとんどを隠した占い師の様な佇まいをした怪しい商人は突然語り出し、小さい砂時計をコトンと置いた。

正直家にも帰りにくい今、その退屈しのぎに付き合うしかなかった。

「居るだけで金取らないでよ」

「取るわけないさ」

あたしの牽制をあっさり流す。本当になんなのこの商人。

 そこに、高い声。

「おかしいなー、いつもこんなとこ出ないのに」

赤く、肩ではねた髪。薄紫の大きな目。

サルエル姿の、あたしくらいの歳の女の子。

 「んっ?誰おじさん。それともおばさん?この辺にこんなお店あったっけ。まぁあんまり来ないけどさ」

「さて、どうだろうね……」誤魔化す商人にふぅんと首を傾げるサルエル姿の活発そうなその子と目が合ってしまった。

 その時。

「……あら、なんだか今日は人が多いみたい」

今度は小柄で、ベールで顔を隠した女の子が現れた。

どうしてこんなところに人が集まるんだろう。

 「どうやら揃ったようだね、乙女達よこんな話を聞いた事はあるか?」

 怪しい商人は語り出した。

 __この広い砂漠、ジャダのどこかで新月の晩だけ職人のようにランプ作りをする風変わりな魔術師が居ると云う。

 不思議な事に誰も魔術師の姿を知らない。だけどその魔術師が作ったランプは昔々の伝承の様に、魔法のランプだって話だ。その魔法のランプを手にした者達だけが語るばかりで、誰も本当だと思わない。ただ、聞いてしまったんだよ。

ランプを手にした者達は皆口を揃えて言った。望んでいたものが手に入ったと。それは富か名声か、はたまた愛や長寿、それとも奇跡か。新月の晩、闇夜の中で魔術師は一体魔法のランプを作って、何をしようとしてるのか……まぁいいさ。知りたければ星のあとを辿りなさい。もし、魔法のランプを手にしたら乙女達よ、何を望む?__


 ざあっと突然風が強く吹いて砂嵐を巻き起こした。何がなんだかよく分からないまま、もう一度目を開け振り向いたら怪しい商人は居なくて、露店さえなくなっていた。まるで最初から居なかったみたいに。

 その場に取り残されたあたし達3人は顔を見合わせた。サルエルの子も、ベールの子も戸惑っているようだった。当たり前だ、あたしだってよく分かってない。何よ、この状況。でも

「今の話どう思う?」「やっぱり気になるよね!僕はあると思う!だって願いが叶うんだよ?そんなのあって欲しいじゃん!」サルエルの子は随分ノリがいいみたい。

「……あったらいいとは思うけど、不確かすぎない?」

 ベールの子の言う通りだ。だからこそ気になるんだけど。

「じゃあ確かめに行こうよ!」

 サルエルの子、よく言った!私も同じ気持ちだった。ベールの子はひとつ短いため息をつくと「そうね、それもいいかもしれない」

 ベールの向こうの口元がにっと笑った。

「あたし、アミーラ」「僕はレーラ!」「カマル。よろしく」

 初めて会う3人だけど今考えてる事はきっと同じ。追ってみよう、あるかも分からない幻の魔法のランプを。

あたし達3人は手を取った。

スラムを出て、星のあとを辿りはじめた。

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