1-2-4 元魔術師

 俺はリサの銭湯から出ると、ゆっくりと街の中を歩いていく。


「この辺りは変わってないんだな」


 街の景色を見ながら、昔を思い出していく。

 懐かしい色が目に入り込むのが分かる。


「お兄ちゃんはこの街を知ってるの?」

「あぁ。大昔の話だよ」


 俺とユイは同じ道を横に、手を繋いで歩く。


(本当に、あの頃に戻った気分だ。妹とこうして二人で家へ帰る)


「ユイ。これから色々しないといけないことがあるけど、まずやりたいことが一つある」

「...」


 ユイは特に何も言うことはなかった。

 俺もあえて聞き返すことはせず、そのままあの場所へと歩き続ける。


「あった」


 歩くこと約二十分。

 街の外れへとやってきた俺は一つの家を見つけた。


「リサの言ってた通り。...悪趣味な野郎だ」


 俺の家族が化物ケモノに襲われた日。家も滅茶苦茶に壊されて消えてしまった。

 残ったのは俺だけだった。


『お兄ちゃん!』


「お兄ちゃん」

「あ、あぁ。ごめん。それじゃあ、ユイ。俺はあの家に用があるから、あそこの木の裏に隠れてな。何かあったら大声で呼んで。すぐ行くから」

「...分かった」


 俺は荷物をユイに渡し、一人で建物へ近づく。


(あぁ。これはいけないやつだ)


 昔と変わらぬあの家へ近づくと、期待してしまう自分がいる。

 化物が襲ってきたあの日は何かの間違いで。本当は父さんも母さんも妹もみんなみんな生きていて。あの扉の先で俺の帰りを待っていてくれる。


「そんな訳ないのにな...」


 俺はドアノブに手をかけると、一思いに開け放ってみせた。


「...」


 そこで思い知らされる。

 部屋の中はずたぼろで、散らかっていた。

 建物の中だけがあの日々とは違う風景をかたどっていた。


「なるほどね。期待させるだけさせて、結局は俺を地獄に落としたいのか」


 俺はこんなことをした人物がそう言っているように感じた。

 しかし建物の中へ入ると、また少し違うことが分かった。


「これは?」


 部屋ははりぼてで散らかっているのではなく、生活している中で汚れたものだと分かった。

 生活用品から何が入っているのか分からない瓶や道具が溢れていた。


「訳が分からなくなってきた。はぁ」


 俺はつい溜息をついてしまった。

 中には誰もおらず、どうやら外出しているようだ。


「一度ユイの所へ戻ろ——」

「——きゃぁぁぁ!!!」

「はっ!?」


 建物の外から悲鳴が聞こえる。


(まさかユイに何かあったのか?!)


 俺は急いで外へ出る。

 そこには木の裏に隠れていたユイが開けた道の真ん中にいた。


「ユイっ!!」


 俺はユイを呼び寄せ、抱き守る。


「どうした?!大丈夫か?」

「あっち...」


 ユイはもともと自分がいた木の方を指さす。

 その裏一人の人物がゆっくりと現れる。


「おや。やっぱり君も来ていたのか」

「...お前は誰だ?」

「私かい?私はそこに住んでいるただの老いぼれだよ」


 そこ。それは俺が今まで見ていた家のことだ。

 目の前の人物はコートに付いているフードを深く被っており、骨格や顔が全く分からない。


「お前か。こんな気色悪いことしてくれた奴は」

「それはまた随分と大袈裟だね」

「俺の気持ちが分からないお前にはそうかもな」


 俺は埒が明かないと考え、金剣を手に取り出し、目の前の人物へと切先を向ける。


「おぉ、やっぱり!君は他の”魔術師”たちとは違うようだね。体内から取り出した金剣。...やはり君には特殊な力が備わっているようだ」

「ん!?お前、魔術を知ってるのか?」


 俺はここに来た一番の目的を思い出す。

 確かに、俺にとってトラウマなこの光景を作った奴を殴ろうとは考えていた。

 しかし、それは過去の影響だ。

 今を生きる俺にとっては魔術について知ることの方が大切だ。


「え?いやいや、君は何言ってるのさ」

「は?」

「知っているも何も、君の脳に魔術式を書き込んだのはこの私だよ」

「...は?」


 頭が追いつかない。

 俺が呆然と立ち尽くしていると、目の前の人物はフードをとる。


「この前は自己紹介をしていなかったね。私はエリス・ヘカト。これからよろしく頼むよ」


 そう言う女は、確かにあの日。俺が見た光る女だった。



 ♢



 その後、俺とユイは家の中へ入り、エリスのもてなしを受ける。


「すまないが、大したものはないのでね。軽いもてなしで許してくれ」


 そうして出されたのは、カップの半分ほどしか満たないコーヒーだった。

 ユイにはコーヒーではなく(同じくカップの半分ほどしか満たない)リンゴジュースと三枚のクッキーが出された。

 俺は一口付け、カップの中を見たが、中身が空っぽになってしまった。


「で、何から話してほしい?」

「お前は何者だ?」

「それはまた、漠然とした質問だね」


 エリスは俺たちが座っているソファとテーブルを挟んで向かいに席を用意し、腰かける。

 俺たちに出したのと同じカップを自分にも用意していた。

 少しだけ中身の液体がエリスの方が多いように見えた。


(こいつ自分にだけ多く淹れたな)


 エリスは優雅にコーヒーに口をつけ、カップをテーブルに置く。

 顎に手を当て、思案し出す。


「そうだね。私がぱっと何者か分かるものとしたらいくつか肩書があるのだけど」

「例えば?」


 もったいぶるように言うエリスにその肩書は何だと問い詰める。


「第四聖女だとか。元魔術師で、今は魔導具師だとか——」

「——ちょっと待った!第四聖女?!」


 俺は自分の耳を疑う。

 まずこの女が聖女だというのも疑問だが、問題はそこじゃない。

 聖女には世界に現れた順番に数字を与えられる。

 現在、この世界で確認されている聖女はアリアだけ。

 そして、アリアの数字は百四。


「百代も前の聖女がお前だって言うのか?」

「えぇ、その聖女だよ」


 聖女の歴史について詳しい訳ではないが、とても聖女とは思えないような女だ。

 俺が疑いの眼差しを向けると、『自分が一番そう思っている』とエリスが同意する。


「まぁそっちのことは信じても信じなくてもどっちでもいい。それよりも私が大切にしているのは自分が魔術の研究をしている者だということだよ」

「魔術...」


 俺がこの場所にやってきた原因だ。

 この女が聖女だということは一旦置いておけるような話ではないが、今は仕方ない。


「それじゃあ、ゆっくりと聞かせて貰おうか。その魔術とは何なのか。どうして俺にその魔術を渡したのか」

「うん。そのために私はここで君を待っていたんだから」


 そうしてエリスは語り出した。

 魔術について。自分について。そして、俺とユイについて。

 魔術とは、魔法をエリスが改良したものらしい。

 童話に出てくる魔法とは、大昔に実在したもの。それを当時聖女であり、研究者のエリスが化物に対抗する力として作った。

 魔法は事象を変化させる。例えば、俺が使った”加速speed”がその一つだ。

 魔術は金、銀、銅の力を扱う。これは、”fire”や”ice”などを操る。


「まぁ要は身体強化系か属性攻撃系か、とかそういった曖昧な違いだけどね」

「はぁ...」


 何を言っているのかさっぱりだ。

 そして魔術を使用するためには、体内に金、銀、銅の鉱石を取り込まないといけない。

 それを体のコアにし、魔術を使用するための力とエネルギーを生成するらしい。


「君はかなり特殊な存在なんだよ。魔法と魔術とでは使う魔力がまったく別物になってしまう。だからどちらか一方の力しか使えない。それなのに君は魔法も魔術も両方共使える。更に体内に取り込んだ金剣、銀槍、銅斧を自由に対外へ取り出してみせる。ぜひとも私の実験に付き合ってもらい——」

「ストップ!一度にそう喋るな」

「これは失礼。コホンッ」


(本当に大丈夫なのだろうか。こんな奴が本当に俺に魔術を与えた人物なのか?)


「まぁ、君の特異体質は副産物として。私が魔術を君に渡した理由は別にある」

「...それは?」


 俺が恐る恐るその答えを聞く。


「その前に...。”sleep眠れ"」

「ッ!?おい!ユイに何をした?!」


 エリスがユイに向って手のひらを出したかと思えば、単語を発した。

 するとユイはがっくりと俺にもたれかかってきた。


「ただ眠らせただけだよ。便利でしょ、これ」


 そういってエリスは自分が身に着けている腕輪を見せてくる。


「相手を眠らせる魔術を行使できる道具さ」

「どうしてユイを眠らせた?」

「もちろん、その子にこれから話す内容を聞かせないためだよ」

「俺に魔術を渡した理由と何の関係が!」


 俺がエリスに怒鳴り聞く。


「君に魔術を渡した理由。それはその子を生かす、殺す。または助けるためだよ」


 俺はまだ知る由もなかった。

 これから始まる戦いの引き金トリガーに指をかけていることに。

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