女身転生 〜ロリっ子魔王様は静かに暮らしたい〜

臥龍岡四月朔日

第1話 女身転生《めがみてんせい》

 世の中は力だ。

 力といっても腕力だけのことじゃあない。

 権力、財力、影響力、魅力。

 世の中には様々な力がある。

 権力、財力があればいい医者にかかることができる。

 体力があれば病気に耐えることができるだろう。

 影響力や魅力があれば支援を受けることができる。


 そして、俺には何の力もないから死ぬ。

 誰にも助けてもらえず惨めに死ぬ。


 俺の意識は深淵の闇の中へと落ちていった。



『力が欲しいか?』



 深淵の中、誰かの声がした。

 俺はその問いに即答する。


 欲しい!


 力が欲しい!


 それに応えるように身体中に『力』が漲るのを感じた。


 そうだ、俺は力を手に入れて……そして、静かに暮らしたい……





 最初に感じたのは錆びた鉄の臭い。

 ずっと自分の腹の底から漂っていたその香りが外気に混じって臭ってくる。


 次に感じたのは下卑た高笑い。

 誰かが、勝ち誇ったような笑い声を上げていた。


「ふはははは、私の勝ちだ! 今、魔王様は降臨なされた!」


 目を開けると高笑いを上げる男の背中が見えた。男の頭には2本の角、背中には蝙蝠の羽がついていた。その姿は物語に出てくる悪魔のようだ。


 ぼんやりとする目で周りを見渡すと、そこは石造りの地下室のようだった。燭台の明かりに照らされて橙色に染まった部屋の中、床に複数の倒れてる人たちが見えた。その人達は血を流し、既に絶命しているようだった。

 倒れている人には2種類がいた。鎧を着た人と黒いローブを着た人と。

 羽の男でよく見えないが男を挟んだ向こう側には鎧姿の男たちがいるみたいだった。


 俺は不機嫌だった。


 俺は『静かに暮らしたい』のに、この惨状はなんだ!? なんでこんな惨状の中にいる!?

 俺はこの惨状について確かめるため目の前の羽の男に話しかけた。


「……おい、これをやったのはお前か?」


「おおっ、魔王様。はい、私めにございます!貴方様を降臨させるために生贄を用意させていただきました!」


 羽の男はこちらを向くと、恭しく膝まづきそう言う。


 その答えだけで十分だった。


 俺は腕を、横に凪ぐ。


 羽の男が横に吹き飛ばされ激しい音を立てて壁に激突した。


 『力』の使い方は解っていた。俺は呼吸をするようにその『力』を使い、羽の男をぶっ飛ばしたのだ。


 それにしても……すごい『力』だな。

 思っていた以上の『力』に俺は感嘆する。


 しかし、それよりも気になったことがあった。その『力』を振るった腕はか細く、短かった。


 俺の身体はどうなったんだ?

 そう思い俺は下を向き己の身体を確認する。

 細く短い腕と脚。貫頭衣に包まれたその体は明らかに小さく、子どものようだった。股間のあたりがスースーし、まるであるべきものが無いような感覚がする。


 これはもしや……


 貫頭衣の襟元を引っ張り中を覗く。

 暗くてよく見えないがその身体は少女のようだった。


 マジか……これは、TS転生というやつか……まさか女の子になるなんてな……

 まあ、なったものは仕方ない。女の子としての生活を堪能するか。


 そんな事を考えてたら、視界の隅で羽の男が起き上がろうと身体を起こすのが見えた。


「……ま、魔王様、一体何を!?」


 羽の男は困惑しつつ問いかける。


 困惑しているのは羽の男だけではなかった。部屋の入り口らしき場所にいる鎧姿の男たちもこの事態に困惑しているようだった。


 俺はそちらは後回しにし、羽の男の元へと向かう。

 そして思いっきり男の顔へ蹴りをかました。

 男はぐったりとし気絶したようだった。


 俺は男が動かなくなったのを確認すると鎧姿の男たちの元へと両手を上げて歩き出した。鎧姿の男たちは各々武器をこちらに構える。男たちの顔には、恐怖と覚悟の色が見えた。


「こちらには争う意思はない。そちらの責任者に会わせてほしい」


 相手を出来るだけ刺激しないようそう伝えたが鎧の男たちはこちらを警戒したままだ。まあ、そうだろう。羽の男をボコったとは言え、こちらは「魔王様」とか呼ばれてる怪しい存在だ。……少女的な可愛さでどうにかならんかな?


「私がこの部隊の責任者だ」


 そう言いながら鎧姿の男たちの後ろの方から立派な鎧を着込んだ中年の貫禄のある男が現れた。


「あなたが責任者ですか。お願いがあります。俺を、保護してもらいたい」


 俺はそう告げる。まあダメ元だがこれで保護してもらえたら儲けもん。もし駄目なら物騒な手段を使うしかないかな……俺は静かに暮らしたいんだが……


「わかった。あなたを保護しよう」


 即答だった。

 あまりのあっけなさに俺は、ポカンとする。


「良いんですか?俺、得体のしれない人間ですよ?」 


 いや、人かどうかも怪しいし。魔王様とか呼ばれてたし……


「正直な所、我々にはあの悪魔をわずか二撃で倒したあなたに対抗する術はない。全員でかかったとしても一瞬で全滅するだろう。なのでそちらの提案を飲む以外にないのだ」


 責任者の男は歯を見せつつにかりと笑った。



 男に連れられ外へ出るとそこは森の中だった。

 長い事淀んだ空気しか吸っていなかった俺は空気の美味さを思い出していた。


「それで、あいつらなんだったん?」


「あれは魔神教団だ。魔神を崇拝し、世界を混沌に導こうとする宗教団体だ。我々は彼らを捕らえるために部隊を率いて攻め込んだのだ。」


 ほへー、魔神教団ねえ。そう言えばあの男、悪魔みたいな外見だったな。


「そう言えば名乗るのを忘れていたな。私はヴィルヘルム。ヴィルヘルム・ローゼンブルグだ。このローゼンブルグ公爵領の領主をしている」


「領主様自ら討伐隊を率いて攻め込んだんですか?」


「人手が足りなくてな。それに、相手はそれだけ大規模な団体だったのだ……まあ私が前線に出たいと言うのもあるがな。……まあ結果はご覧の通りなのだが。あの教祖が呼び出した魔王があなたのような方で無かったら我々は全滅していた」


 ヴィルヘルムは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「それであなたは?魔王様でよろしいのかな?」


 ああ、そう言えば俺も名乗らなくちゃな。


「俺の名前は栗栖……クリスティーナだ」


 うん、やはりここは異世界だからそれっぽい名前を名乗っておこう。今の俺は小さな女の子だしな!


 こうして俺、『クリスティーナ』はローゼンブルグ公爵家で厄介になることになった。


 ……って公爵!?ものすごい偉い人じゃん!

 俺はそんな上流階級の中で暮らせるのかと不安になった。

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