第38話

 重く垂れ込む曇天は、自分達がこれから成そうとしていることに似つかわしい。しかし、それはそれとして気分的には最悪の天気だ。だって、これは自分達の新たな門出とも言える革命なのだから。


 国立西洋美術館。都内に存在する巨大な美術館の敷地内には、『地獄の門』という名の作品が展示されている。


 石造の、開くはずもない大きな扉。何十人もの人々、が這いずり出ようとしているような助けを求めているかのような生々しさを持って彫刻されている。目鼻立ちや体格がそれぞれ似通ったその人々は、まるで『アーカイブ』だ。

 もしかして、あの人形のような彼らに本来あったはずの魂は、こうやってどこかで救いの手を待ち望んでいるのだろうか。そんなアンニュイかつネガティブな考えを抱かせる作品だ。

 少なくともうつろは、それを前にしてそう思った。

 禍々しい。不吉。不気味。どのような悪い言葉を尽くしても、この門を前にした時の言い知れぬ不快感は言葉にできない。それでも無理矢理言葉にするとしたら、内腑という内腑に氷を差し込まれたかのような気持ち悪さだ。


「さて、ここに来るまでに何度も監視カメラに写りました。おそらくすぐに、警察の方々が来るでしょう」


「かろんが門を完全に開き終えるまでそれを止めるのが、あたし達の仕事」


 巡の手には、相も変わらずの音響兵器。かろんの手には背丈をゆうに超える大鎌と人魂のような青い炎。にとろは花火玉を全身に隠しており、うつろは水干姿に七支刀を携えている。

 統一感がなく仰々しい集団は、彼ら以外に人がいない美術館で明らかに異彩を放っていた。しかし、彼ら彼女らを奇異の目で見る物はいない。『アーカイブ』も『ガワ』も、元よりここにはいなかった。


「それでは、命令を下します。一つ、夜薙枝垂の捕縛、回収。二つ、敵戦力の殲滅」


 厳かに、手毬は告げた。メイド服という従僕の格好をしておきながら、まるで己がこの世界の主であるかのような傲慢さすら滲ませて。


「邪魔するものは殺しなさい。邪魔するものは蹂躙しなさい。邪魔するものは排除しなさい。我らの魂の平穏はその先にしかありえぬものです。障壁は壊し、隘路は開拓し、我らは前に進むのです!」


 鬨の声は上がらない。しかし、言葉はなくとも奇妙な連帯感で全員がつながっている。

 静かな闘志に燃え上がり、全員が研ぎ澄ませた己の刃を光らせた。


「我々のうち誰かの目標は必ずや達成される、たった一つの願いのために、他の全てを捻り潰しなさい。ひたすらに利己であれ。ひたすらに排他であれ。それが、私達が仕掛けた戦争です」



 枝垂は国立西洋美術館の前で静かに息を呑む。

 街中の『ガワ』から「指名手配になっている人達が歩いている」という通報、そして監視カメラからの情報を照らし合わせ、『アルカディ』がここにいると発覚したのだ。

 勿論、すぐに出動だ。スーサイド小隊だけではなくラピが率いる隊や枝垂達が関わりを持ったことのないような『ガワ』達も直接現地に赴いている。

 警察署内の出勤中の戦闘員は半分以上が今回の件に駆り出されており、そのほとんどが美術館の包囲に駆り出されている。つまり、正面からの突破、敵勢の鎮圧はスーサイド小隊とラピ隊の仕事だ。

 そして、戦場の状況の把握は情報部隊の仕事。特に、実働隊であるスーサイド小隊への情報伝達、及び監視は錫利ナイトに一任されている。

 高くはない塀にぐるりと囲まれた、二階建ての平面的な建築物。生垣の向こうに見える位置に手毬やかろんの姿が見えた。

 地獄の門。前庭に展示された作品の前に、彼らは立っている。そして、その周囲には七人の拘束された天使が倒れていた。

 その中には、ラフィの姿も。

 おそらく、包囲網が形成されつつあることは『アルカディ』も勘づいている。ならば一気に突入する他ない。

 誰一人として逃さないように、包囲が完了してからの突入の予定、だった。

 しかし、向こうの様子が変わったのだ。

 屋上に無数の人影が現れる。それらは全て銃を手に持っていた。おそらく、自衛隊で使われていたのであろう武器。

 それがまともに狙いも定めないままに乱射され、塀の向こう側に鉛の驟雨を降らせたのだ。

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