第36話
坦克そろねは一年前にラピから直接の勧誘を受け、警察に所属した『ガワ』である。
元々は事務所『いろどりトリ』所属の、うつろと同じくして知名度の高い配信者。
海外で有名な探偵の弟子であり、その跡を継ぐべく奔走している、という設定である。日本での探偵業の最中で後の『Busy Vigil』の仲間である夕星かるまと出会い、因習村に囚われていた哀染うつろと麗月よやみを救い出し、そして共に活動している。
とはいえ、そんな手の込んだ設定も既に過去のものだ。現在のそろねは、探偵の技術も知識も持たない一般人にして、警察署所属の人員でしかない。
彼の高い事務処理能力が買われて、現在はラピの元で煩雑な仕事をこなしている。立場としては警察署員に違いはないが、実際は事務員のようなことをしている。
これはラピしか知らぬことだが、そろねがラピの直属となっている要因は、もう一つあった。
それは、そろねがうつろに接触しないように監視するためである。
現在より一年半前。その頃はまだ警察組織が樹立してから半年程度しか経っておらず組織として不安定だった。トップであるラピは勿論多忙であったし、警察署員全員が忙殺されていた。
うつろもその例にも漏れず、しかもスーサイド小隊という特殊な隊や他隊の統率、指示、訓練も行っていたため忙しいなんてものではなかったのだ。
ラピがうつろを労るために、食事を奢ろうと二人で出歩いていた時。偶然にも、出会ってしまったのだ。
「うつろ……?」
背後から呼びかけられた声は、途方に暮れているかのようだった。二人は振り向き、愕然とうつろを眺める青年、そろねの姿を見つける。
「……そろね」
「うつろ、久しぶり……! ちょ、ちょっと待、」
うつろは表情を僅かに歪め、踵を返して足早にそろねから離れようとした。
「待ってください!」
それを引き止めたのは、ラピだ。うつろの細い手首を両手で握り込み、全体重を後ろにかけて絶対に逃さないようにした。手を乱暴に振り払えば逃げられるだろうが、それをするとラピが転ぶのでうつろはしないだろうと思っての行動だった。
「何も言わず離れるのはナシですよ、哀染先輩」
「離してよラピ。話すことなんてない」
「だって、同期でしょう? お友達でしょう?」
ラピの必死に問いかけに、うつろは一瞬言葉を詰まらせた。
「……確かに、友達だよ。そうありたいとは、思ってるよ」
後ろでそろねが安堵の息を吐いたのが聞こえた。
それを裏切るように、うつろは「けど」と続ける。
その時のうつろの声音、セリフ、そして瞳をラピは忘れないだろう。
泣き出してしまう寸前のような、哀惜が漂う藤色の眼。そろねを拒絶しているのはうつろの方だというのに、まるで自分が疎外感を覚えているかのような寂しげな声。
隔絶を作ったのではない。元々からあった隔絶が、そこにあるのだと知らしめられたようだった。
「『僕を哀染うつろたらしめるものを、近づけないで』……か」
ラピがぽつりとこぼした呟きに、枝垂が耳ざとく反応する。
「どうかしましたか?」
「いいえ、ただの独り言なので。お気になさらず」
誤魔化しながらも、ラピの脳内を占めるのはあの日のうつろの横顔だけ。途方に暮れた、子供と見紛うほどに幼なげだった表情。
ラピにとって、うつろは敬愛すべき先輩だった。配信者としても、実際に頼りになる人間としても、信頼していた。
だからこそ、うつろのあの顔が忘れられない。笑顔が多いあの人の、仄暗い一面を垣間見てしまった一瞬が。
あれからずっと、ラピは哀染うつろがわからない。
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