第15話 未完の告白
一瞬、時間が止まったように感じた。ジュリアンの目が大きく見開かれる。
「まさか、レティシア様からそんな言葉を頂くことになるなんて、思っていませんでした。だって貴女は、レオン様のことを想っていたはずで……」
ジュリアンの言葉は途切れがちで、その瞳には明らかな戸惑いが浮かんでいる。無理もない。彼が言うように、原作のレティシアはレオンに恋をしていて、それを周囲に隠していない。そんな
「レオン様に憧れていたのはその通りです。でも、それは恋ではありませんでした。ジュリアン様、貴方と過ごす中で、そのことに気づいたのです」
事前に考えてきた言葉を、慎重に紡ぐ。ジュリアンは私を見定めるように、じっと見つめている。その栗色の瞳を真正面から受け止めて、ふと、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(この痛みは、私が金銭目当てで告白している浅ましさに対する罪悪感? それとも……)
心の中で自分に問いかけながらも、ジュリアンとの数日間を思い浮かべながら、私は続ける。
「護衛としていつも傍にいてくださって、毎日食事を共にして……ありのままの私の姿を受け入れて下さって、嬉しかった」
そこで一度言葉を切り、細く息を吐く。
「すぐにお返事を頂けるとは思っていません。ただ、もし私のことを少しでも好いて下さるなら、明日の舞踏会――私とだけ踊っていただけませんか?」
7日目に開催される王宮の舞踏会は、原作においてジュリアンとシャルロットが愛を確かめ合う象徴的な場面だ。もし彼がシャルロットではなく私を選び、共に踊ってくれるなら、それはジュリアン攻略成功の証と言えるだろう。そうして、私は考えてきた告白の台詞をすべてジュリアンに伝え終わった。
私の言葉に、ジュリアンは答えない。静寂が二人の間を満たしていた。窓から差し込む光が動かぬ時間を象徴するようにゆっくりと揺れている。
「……さて、シャルロット様とダフネが呼んでいますね。行きましょうか」
重い空気を振り払うように、私はどうにか微笑みながら促した。ジュリアンは何かを言いかけたが、その言葉を飲み込み、小さく頷いた。
「え、ええ……」
私はジュリアンとシャルロットが結ばれる前に告白することには成功した。けれど、素直に喜ぶ気にはなれず、妙な居心地の悪さが残った。この気持ちは、金のために告白をしてしまったことに対して負い目を感じているのか、単純にジュリアンに告白を受けてもらえなかったことに対する落胆なのか……。今の私にはわからなかった。
* * *
シャルロットとダフネの元に戻ると、元気いっぱいの子供たちが私たちを出迎えた。子供たちの中心に立つシャルロットが、柔らかな笑顔で手を振る。
「お二人とも、戻られたんですね」
シャルロットが、どこかほっとしたような声色で言った。ジュリアンも彼女に微笑み返すが、その表情はどこかぎこちない。ふと、その傍らでダフネが私に目線だけを向けているのに気が付く。特に何も言わないが、その冷静な視線は、私の行動を全て見透かしているかのようだ。
「子供たちったら、やっぱりレティシアさんにも紙芝居を読んで欲しいって聞かなくて」
シャルロットがすこし困ったように言うと、子供たちが一斉に私の元に駆け寄ってきた。
「だって、ダフネは『かんじょう』がこもってない!」
「レティシアの魔女の方が怖くて面白い!」
「魔女役としてか!」思わず心の中でツッコミを入れるが、無邪気な瞳に囲まれていると自然と笑みがこぼれる。そのまま子供たちに囲まれて相手をしていると、院長が手たたいて子供たちに声をかける。
「さあ、そろそろ晩御飯ですよ。皆さん、お客様に挨拶をしてから食堂に行きましょう」
子供たちは名残惜しそうにしながらも、次々に礼儀正しく挨拶をして去っていく。その後ろ姿を見送りながら、院長が優しく微笑んだ。
「今日は本当にありがとうございました。子供たちにとって、とても素敵な一日になったと思います」
その言葉に、私は胸の内で小さくたじろいだ。ジュリアンとシャルロットの恋路を邪魔するつもりでここに来たのに、こんな感謝をされるとは。居心地の悪さに思わず視線を落とす。
「そういえばジュリアン、今日も両親の墓には寄っていくの?」
院長の問いかけに、ジュリアンは一瞬驚いたようにして、小さく頷いた。
「ああ、はい。すっかり忘れていました。皆さん、少しだけお待ちいただけますか?」
そう言って、彼は足早に孤児院を後にする。その背中を見送っていると、院長が花を手にしてシャルロットに差し出した。
「あの子ったら花を忘れていったわ。シャルロットさん、よかったらこれを持っていって下さる?」
「あ……は、はい!」
院長が差し出した花を、シャルロットは嬉しそうに受け取り、早速ジュリアンの背中を追う。まずい! 原作では今日、ジュリアンはシャルロットに告白をする日だ。二人きりにしてしまったら、私の渾身の告白そっちのけで、ジュリアンがシャルロットに愛を告げてしまうかもしれない!
「私も一緒に行きます!」
反射的に声を上げ、私は慌ててシャルロットを追いかけようとする。しかし、なぜかその場から体が動かない。しかも左手首がものすごく痛い……嫌な予感がして首だけで左側を向くと、そこには私の手首をがっちりと掴むダフネがいた。
「ダフネ! いつもいつも、なんなのよあなたは!」
私はダフネを振り払おうとするが、掴まれた腕はびくともしない。必死な私を冷たい目で見つめながら、ダフネは静かに言った。
「レティシア、ジュリアンに告白したのね」
静かに投げかけられたその言葉に、私は息を呑んだ。
「はぁ?! な、なんでそれを……」
「原作では今日、ジュリアンはシャルロットに告白するはず。それを邪魔しようとするなら、取れる手段は多くない」
ダフネから「原作」という言葉を聞き、改めてこいつも私と同じく、副業で悪役令嬢を演じているのだと実感する。
「……今までのやり方ではきちんと伝わらなかったようだからこの際はっきり言わせてもらう。ジュリアンを攻略するのはやめたほうがいい」
「……どういうこと?」
私たちは神に雇われ、悪役令嬢としてきらカレのキャラクターを攻略することを競い合う存在のはず。ダフネの言っていることは、少なくとも私が知っている業務内容とは全く整合しない。つまり、さっぱり意味が分からない。
「こういう行為がどこまで許されているかわからないから、これ以上は言えない。でも、よく考えてほしい。何が一番自分の得になるのか」
言いたいだけ言って、ダフネは一方的に話を打ち切り、私の腕を離す。その反動で思わずずっこけそうになるが、なんとか堪えた。
「一方的に意味不明なことを言われても困ります。私はシャルロット様を追いかけますので、失礼」
ダフネに文句を浴びせて、私はシャルロットの後を急いで追う。ジュリアンがシャルロットに告白をしてしまうのか……それをこの目で、確認するために。
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