『■■■■村のカミサマへ④』

 あの日のことは、今でもよく覚えている。



*



「ねぇ、お姉ちゃん。どうしてスーパーには、大人のシラスが売っていないの?」


「それはね、シラスは大人になったらイワシになるからよ。イワシの子供をシラスと呼ぶの」


「えー、あの白いプヨプヨとした状態で成長するんじゃないの?」


「そんなわけないでしょ」


 昼下がりの和室。

 黒宮家の中で一番日当たりがいい場所。

 ちゃぶ台を囲んで、私とお姉ちゃんはミカンを食べていた。お姉ちゃんの黒くてサラサラとした髪に、昼下がりの柔らかい光が当たって黄金色に輝いている。


「パパとママ全然戻ってこないね」


「まだ黒宮様と話しているのよ」


「そう……ねぇ、私たちは■■■■村の人間じゃないよね。なのにどうして、あの人たちに『様』ってつけないといけないの?」


「それは……私にも分からない」


 事の発端は私がまだ九歳だった頃だ。


 まだ幼かった私は、母、父、姉、を含めた四人家族で暮らしていた。豊か……とは言い難かったけど、それなりに不自由のない生活をしていた。そんな、ある日のこと。

 家族四人で親戚の墓参りをするために■■■■村へ向かうことになった。山の中にある、お墓は、辿り着くまでが大変だったけど、当時の私にとっては、ちょっとした冒険みたいで楽しかった。


 そして、墓参りの帰り道。

 山から降りるときに、足が疲れて石段で休んだの。そうしたら変なお爺さんが現れて、■■■■神社の傍にある石像の話をされた。

 変なお爺さんだったけど、当時の私たちは特に気にせずに家へ帰った。


 異変が起き始めたのは、数日後。

 母が家の駐車場で変な猫を見つけたの。

 真っ白な猫で、車のボンネットに乗っていたんだって。それで、母が猫をどかそうと持ち上げたら体がビヨーンと伸びたんだって。  

 最初は母の冗談だと思っていたけれども、異変はそれからも続いた。


 うちでは猫なんて飼っていないのに、猫の鳴き声がうるさいと苦情が来たり、丸一日、連絡が取れなかった母が突然帰ってきたり……。いくらなんでも、おかしいと思った父は、お祓いをして貰うために黒宮家へ向かうことにした。


 黒宮家についたら、優しそうなお兄さんが出迎えてくれた。名前は誠人と言うらしい。そして、誠人に呼ばれて姿を現したのは、厳しい目つきのおばさんだった。

 薫子という名前らしい。彼女に案内され、私と姉は一階の座敷に、父と母は二階に案内された。


 両親を待って一時間。

 当時、我慢が苦手な子供であった私は、痺れをきらして姉に「心配だから見に行こう」と提案した。てっきり断られるかと、思っていたが予想とは裏腹に、姉は「そうしよう」と首を縦に振った。


 こっそりと、二階へ続く階段を登る。

 道中、使用人に見つかってしまいそうになったが、なんとか回避することができた。

 そして、階段を登った先、すぐそこにある部屋から大人たちの話し声が聞こえた。


「まさか、余所者に『鬼の話』をする不届き者がいるなんて」


「子供たちはどうします?」


「申し訳ないけど……安全を考えたら、あの子たちも山に送るしか……」


 成人女性と成人男性が話している中、突如、少年の声が響いた。誠人の声だ。


「待って、母さん。あの二人は関係ないよ」


 おそるおそる、部屋の中を見る。

 そこに居たのは、泡を吹いて倒れる両親と、それを囲む大人たちであった。

 





 

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