13.プレゼント
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[1週間後。第四の島──ゴールの泉]
ソロモンを倒したあと、すぐに向かうつもりではあったけれど疲労しすぎていたのもあるし、平日が来るのもあって来るのが遅れた。
「あっ、よーやくきた〜!」
「遅れてごめん。シェリエール」
僕の姿を見て腕を振りながら駆け寄って来るシェリエールに一言謝罪する。
「ほんとだよもー。それでそれで? 倒したんだよね?」
「うん。だけどごめん。きみとの約束が」
「分かってるよ。きみの背中押したのボクだもん」
「やっぱりそうだったんだね」
左手をピースして人差し指と中指をチョキチョキしながら笑ってるのを見て本当に助かったよと頭を下げる。
「も〜、頭上げなって。それでさ、もういっかいつける?」
「……いや、いまはやめておくよ。デスペナルティをくらわないのは良いけれど、他のプレイヤーからしたらズルいことだから」
「そっか。じゃあ……はいっ」
「これは……?」
シェリエールは自分がつけていたネックレスを渡してきた。
「これあればいつでもボクと繋がってる証。どんな悪〜いことも弾いちゃうんだから」
「う、受け取れないよ! こんな大事なもの、きみがつけてたのに……」
「ボクはミカが大事。それにボクはここから出れないんだからつけてたって意味ないもん。だから貰って?」
「…………分かった。受け取っておくよ」
「えへへ、つけたげるね」
爪先立ちになり、首の後ろに両腕を回してネックレスをつけてくれた。その時、距離は密着に近く、ふと見えたのはシェリエールの肌だった。陶磁のように麗らかで、白く、人の肌に見えてたけれど薄っすらと鱗のようなラインが見えた。下半身が魚の鱗の両脚なのに首筋にもあるのだなと思った。
「んっ、よし! ちょ〜っと女の子っぽいものだけど、うんっ。違和感なし!」
「ははっ。きみがそう言うなら気にしないでおくよ。ありがとうシェリエール」
「ねね、今日は泉にはいる?」
「入ってもいいの?」
「いいよ〜! それじゃあいこいこっ」
手を引かれ、泉に向かわされる。水着を買っておいて良かったかもなと思いながら服装を変える。シェリエールもいつのまにか両脚を魚の下半身に変えていて泉の中へばしゃんと飛び込んだ。
「ほーらー。ミカも……って服変えた?」
「うん。一応ね。それじゃあ失礼するよ」
鼻を摘んで、目を閉じながら飛び込む。
「っぷはぁ。あー、心地良いね」
「へへ、そうでしょ〜。泳ご〜」
シェリエールの言葉に頷いて潜る。泉の中はとても綺麗で水面の方に顔を向ける。日差しがキラキラと輝いていた。
「ミカって上を見るの好きだよね〜」
「そう?」
「うん。前だってこうして空見てたもん」
「あー……こうして見るのが良いんだろうねぇ。シェリエールは空を見るのは嫌い?」
「ボクも別に嫌いじゃないなー。でもこの前までずーっとひとりだったから寂しさ紛らわすために見てたからそこは嫌かも。ボクはここでひとりなのに雲は止まんないし」
「そっか。でもさ、今は僕がいるよ」
「えへへ、うん。ほんとにきみが来てくれて良かった」
♦︎
[翌日。ショッピングモール]
「ちょっと〜? きーいーてーるー?」
「あ、ごめん玲音さん」
「折角あたしが説明してあげたのにぼーっとするなんて良い度胸してるじゃないのー?」
「ご、ごめんって」
今は畔倉さんと2人で来ていた。理由は単純で阿佐上さんに付き合い始めてもう少しで1ヶ月になるからだ。そういったものは贈り物をしたほうがいいと聞いて、畔倉さんと来た。
「もー教えないわよー?」
「後生なのでもう一度ご教授してください」
「ん、今度はちゃーんと聞いてなさいよー?」
ピッと人差し指を指されつつバツの悪さを感じつつ頷く。
「まずは無難なのが消費系ねー。コスメは物によっては詰め替えもあったりして、人によっては重く感じちゃうかもしれないわね。服ももちろんバツ。相手のサイズ分かってないんだものとーぜんよね」
館内のマップを指差しながら逐一教えてくれる。
「お菓子とかケーキの類いは?」
「全然アリ。というか一番無難な贈り物ね」
「ふむ……そっか」
「でー? あんたは詩能様に何上げたいのー?」
「まだ決めれてない。あっ、香水はどうなの? 詩能さんが使ってるのはあるのかな?」
「あたしは使ってるけど、詩能様はどうでしょうねぇ……使ってるとしても……あぁ、ここら辺だと思うわよ」
スマホで香水を調べた玲音さんは画像を見せてくれた。
「そっか……ねぇ。さっき言ってたコスメ? ってなに?」
「化粧品。なーにー? 理和はそれ贈りたいの?」
「えっと……ダメ、かな?」
「……ま、いーんじゃない? あんたにしてはやるじゃない」
「……?」
「とりあえず、コスメあるのは……ここね。行きましょ」
「あっ、う、うん」
ほんとに頼りになるなぁ畔倉さんは。
「それでー? なんのコスメがいいとかあるの?」
「そう……だね……」
頭の中で阿佐上さんの顔を思い浮かべる。
「なんであんた耳赤くなってるわけ?」
「い、いや……別に」
その時思い出されたのは阿佐上さんとキスをしてることだった。煩悩に揺れている自分を今は振り落とし、改めて顔を思い浮かべる。
「それなら……」
コスメのコーナーを見回る。パッと目についたものを手に取る。
「コレにしようかな」
「あんたそれ……そう。それが良いのね?」
「うん。これが一番詩能さんに合うと思うから」
僕は手に取った小瓶を手にレジに向かった。
「あ、まだ時間あるしあのお店見てもいい?」
「良いよ。でも僕も行っていいのかな?」
「あんたの目で感想教えなさい」
その後、近くの服のお店に立ち寄る。組む必要もないのに、畔倉さんに右腕を抱かれて。
「ねぇ、こっちとこっちだったらどっちが合いそう?」
「えっ……と、こっち…………かな?」
「へぇ〜。あんたって割と大人っぽい格好好きなのね」
「いや別にそういうわけじゃ」
「ふふっ。じょーだんよ。でもこっちね。分かったわありがと」
本当に参考になったのだろうか。楽しげに服を見る畔倉さんを見ながら僕も服を見てみる。
「あっ、メンズの服は向こうみたいね。行ってみる?」
「そうだね。行ってみるよ」
「そうだ。あたし試着してみていい?」
「いいよ。じゃあそっちを見るよ」
「え、でも」
「こっちに来たのだってきみが見たかったからでしょ? 僕は大丈夫だよ」
「…………ほんと、あんたってお人好しね」
毒付きながらも嬉しそうに微笑う畔倉さんについていく。
「そこで待ってなさい」
「りょーかい」
カーテンを閉めて、試着室の中で物音が聞こえ始める。さすがにそこを見るのはだめじゃないかとふと思い、背を向ける。
「ん、? あれって」
その時、目に留まったのはベンチで座り込んだ人だった。少し苦しそうな印象を受けて僕はその座り込んだ人のところに向かう。
「大丈夫?」
「……ぁ、えっと……あはは、人混みに酔っちゃって、ですね」
「そう……あ、じゃあちょっと待ってて」
「……? は、はい」
近くに自販機を見つけて、水を買う。
「はい。水飲んで」
「えっ? あ、だ、だめです。受け取れませんよっ」
「良いから。水分は取った?」
「い、いえ。それはまだ……」
「じゃあちゃんと取って。気分が落ち着いたら良いね。っと、それじゃあそろそろ戻るから」
「あ、あの。お金を」
「ん? あぁ、良いよ全然気にしないで。それじゃあね」
少し嫌な予感を抱いて、先ほどの服屋に戻る。
「ちょっとー? 見・て・る・っ・て言ったのはどこの誰なわけー?」
「ご、ごめん。ちょっと目についたことがあって」
大変に不機嫌な顔をしていた。僕は素直に謝罪する。
「ふーん。それってさ、あたしよりもじゅーよーなことだったわけー?」
「えっ、いや……どちらかというと命に別状は無かったみたいだし別に」
「そ〜う。あんたってばお人好しだもんねぇ。そのクセ、治したほうがいいわよ? あんた、自分の不利益とか考えないでしょ」
「……否定、出来ないね」
「まぁ? あたしはいま不機嫌なんだけど、それをどうしてくれるのかしらー? 理和は」
「……………………ごめん」
「ふふっ。このあともちょっと付き合いなさい」
目を細めて、嗜虐心のある笑みを浮かべる彼女の言葉には否定も何も出来なかった。その後、ゲームセンターでへとへとになるまで音楽ゲームを遊び倒した。その頃にはもう畔倉さんの機嫌も治っていた。
♦︎
[19:36 理和の部屋]
「今日泊まってくって親の人には行ってるの? 詩能さん」
「あぁ。問題ない。実を言うと、お前に会いたいと言っているくらいだ」
「えっ、話してるの?」
「家の前までもう何度も送ってもらっているからな。隠すことでもないから言っているぞ」
「そ、そうなんだ……じゃあ後で会わせてほしいな。聞きたいこともあるから」
「ん。分かった。言っておこう」
夜、どうやら杏香が勉強を教えてもらうために阿佐上さんを招いていたようで連日になるから泊めさせると夕方帰った時に聞かされた。知らされてなかったから驚いたけれど僕は了承した。そしてさっきまで杏香の部屋で教えていたらしい。
「ところで、玲音とはどこに行っていたんだ?」
「へ? あー……実はさコレ」
戻って来た時に抽斗に入れていてそこから取り出して阿佐上さんの目の前に置く。
「これは……リップ、か?」
「うん。もうそろそろ1ヶ月が経つでしょ? それに前誕生日なんだったってね。それ聞いて早く用意しとけば良かったって思って。プレゼント。マシなラッピングとかしてないからそのままだけどごめ……ってう、詩能さん?」
薄紅色のリップをぎゅぅっと宝物を抱くように持ってから僕に凭れ掛かる。
「理和……。なんで、リップなんだ?」
「えっと……目に見えないものよりこうして目に見えるもののほうが良いかなって」
「それならばもっとあったろうに」
「そうだね。今更ながらそう思う。でも」
阿佐上さんの背中に両腕を回して抱き締める。
「その時はこれがいいって思った」
「そうか……そうか。なぁ、理和。リップを贈るのには意味があるらしいんだ。分かるか?」
僕は素直に左右に振る。阿佐上さんは優しく微笑んで口付けを交わす。
「こういうことなんだ」
「……キス、が?」
「あぁ。リップを贈る意味は『キスがしたい』という意味だそうだ」
それを聞いて全身に電流が走るようだった。腑に落ちたと言ったほうがいいだろう。
「……そっか。僕、」
「……?」
「詩能さんともっと触れ合いたかったんだ」
「〜〜〜〜〜っ!」
「こうして密着して熱を感じて、頬を撫でて、吐息を感じて、香りに包まれて、それでも……僕はもっときみを感じたいんだ」
スリっと阿佐上さんの頬を親指で撫でる。阿佐上さんはほんの少し擽ったそうに目を細めつつも嬉しそうに笑う。
「理和は、……ロマンチストだな」
「多分、そうかもね」
「それじゃあ……もっと、スる?」
「うん」
いつかの日に『SBO』でしたようなキスをした。とても熱くて、溶けそうで蕩けそうだった。
♡
[杏香の部屋]
「はーあー。も〜お兄ちゃんたちってばすーぐ近くにわたしいるのにさー。いちゃついちゃってさー」
わたしはにんまりしながら独り言を漏らして、PCに挿し、頭につけていたヘッドホンを取る。
「お兄ちゃんがこれならだいじょぶそーだし、わたしも動こ。だからあとで回収しなきゃなー。バレてないと良いなー」
PCに映る音声波形アプリを閉じて、電源を落とす。
「とーちょーき♪」
わたしはちっちゃい頃から歪んでいた。そう分かるくらい暗いディスプレイに反射するわたしの目には感情が無かった。スマホを取り出して、創くんに連絡する。
「『あした会わない?』っと。およ、返信はやーい」
『全然良いけど、理和とかは呼ぶのか?』
「わ、やーっぱり気付いてないじゃーん」
『ちがうよー』
『?
じゃあ2人ってことか?』
『そゆこと』
『まぁ良いけど
どうするんだ?』
「んーどうしよっか」
スマホ片手に思案してから文字を打ち込む。
『デートしよっかー』
『で、デート!?
いつものとこか?』
『そー』
いつものゲーセンで良いよねーと更に打つと創くんは二つ返事で了承した。
『それじゃあちょーっと早いけどおやすみ〜創くん』
『おう
(おやすみのスタンプ)』
LIMEを閉じ、スマホを置いて、ベッドに横になる。
────お兄ちゃんたちは今頃イチャイチャしてるだろーなー。
良いなぁ。そう思える人いて。ううん。違うや。わたしがこんなんだからこんなわたしでも愛してくれる人がいないって考えてるからだ。きっと創くんなら……。
「────にゃは。だめだなーわたし。創くんのこと、好きなのになぁ……」
そう独り言を漏らしたあと気付いたら眠っていた。
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