第41話 見る目がいやらしい
彼女と顔を合わせようにも、あれからずっと俯いている。ご丁寧に長めの前髪を活用して目が合わないように隠している。会話しようにも一方的な質問形式になっているしで、異世界転生で得たはずのコミュニケーション能力がまったく役に立たない。質問したらちゃんと毎回答えてはくれている。それだけでも一歩距離が近づけたと喜ぶべきだろう。
隣を歩くリンから僕を努力を無下にするような嘆息が聞こえてくる。しかも、かなり、結構わざとらしく僕にハッキリと聞こえるように行っている。
彼女をエスコートしろとでも言いたいのだろうが、これがいま僕ができる限界だ。これ以上の成果は望んではいけない。
リンに向かってアイコンタクトを送るが、返事代わりの嘆息が返ってきた。
リンの視線の大半が僕よりもイシュラに向けられていたことが、余計に虚しさを覚えた。
検問所が目の鼻の先まで近づいたところで、僕たちに気づいた見張りが声をかけてきた。
「メグル様お疲れ様でした。どうやら作戦は無事成功したようですね」
「はい、全員ちゃんと助け出せました。といっても、僕は見ていただけですけど……」
「本来であれば私たちがやらなければいけなかったことです。本当にありがとうございました。イシュラもお疲れ様」
「ただいま」
表情は見えないけど声から察するに、イシュラは彼女と仲が良さそうに感じる。
彼らと一緒にいた時にはこんな明るい声……いや、そもそも彼女は最初から同行していたか? 出発前に全員と顔を合わせたはずなのに、犬耳の彼に紹介されるまで記憶から抜け落ちていた。
どうやら彼女はただの大人しい性格をした少女というわけではないようだ。気配を消して暗躍する斥候的なポジションといったところか。なら……僕と性格が似ているというのは些か誤りだったかもしれない。
彼女が刃渡り六十センチほどの剣を二本背負っている時点で何となく察せよ僕……。
「あの大丈夫ですか?」
「あっ、大丈夫です。ちょっと自分の世界にいっていたというか……あっ、そうそうイシュラさんと随分仲がいいんですね」
「イシュラから何も聞いていないのですね。いえ……私から先にお伝えするべきでした。私はイシュラの姉のラシュツ・エラフィレンと申します」
灰色の髪をなびかせながら見張りの騎士はそう告げた。
「……お姉さん? イシュラさんの?」
「ラシュツはわたしの姉。耳も髪も同じ色」
「あ~確かにそう言われれば? いやそこだけで判断するのは難しくないか」
イシュラの姉ことラシュツが仲介に入ったことで、僕に向けて話す彼女の口調もまた変化していた。
二人とも灰色の髪に同色の猫耳、尻尾と確かによく似ている。ラシュツの瞳が緑色ということは、イシュラの瞳もまた緑色なのだろうか。姉妹というからには顔も似ているのかもしれないが、瞳同様に前髪で隠れていて口元しか見えない。
あと違うところがあるとしたら、姉の猫耳はピンと立っていて妹の猫耳はペタンと垂れている。
二人を見比べていると、イシュラは僕から逃げるように姉の背後に隠れてしまった。
「イシュラ恩人に向かってその態度はダメじゃない」
「見る目がいやらしい……」
好感度が下がった瞬間であった。
仲睦まじい姿を見ているといけない気持ちがこみ上げてくる。一言でまとめるとすれば、とてつもなくモフリたい。リンを撫で繰り回したいというあの衝動に酷似している。
リン一筋の僕に……こんな感情が芽生えるなんて思いもしなかった。
そもそも獣人族は耳や尻尾が生えているだけで、人間であることにはかわりない。困った、非常に困った。この不埒な感情だけは表に出してはいけない、封印しなければならない。
特にリンにだけは悟られてはいけない。でも、それで焼きもちを焼いてくれるのなら……やめておけ僕、地獄を見るだけだぞ。もう一人の僕が全力で止めにかかる。
何はともあれクラーク共和国は、僕にとって最悪であると同時に最高となりえる劇薬のような国だということだ。
「妹が失礼なことを……聞いてますメグル様?」
「あっはい、聞いてます、聞いてます。で、何の話でしたっけ?」
足元からまた例の嘆息が聞こえる。
「本当にお疲れのようですね。こちら準備しておきましたので、今日は早めに宿屋をとって休息なさって下さい」
ラシュツは労いの言葉をかけつつ、冒険者カードに酷似したカードを差し出した。
「これは?」
その謎のカードを受け取りながら僕はそう尋ねた。
「国境通行許可書と言いまして、ざっくりと説明しますと貴方の入国を許可しますという証明書のようなものです。ただあくまでこれはクラーク共和国とアライア連邦国の二国間でしか通用しませんので、もしメグル様がメトゥス帝国に出向かれる際には、別途かの国で申請をしないといけません」
むこうの世界で言うところの入国許可書らしい。てっきり、僕はこの冒険者カードさえあれば、申請もなく、すんなりと入国できると思っていた。
ギースの話を鵜吞みに……違うな、自分でも気づかないうちにミスリルランクだから、顔パスだろうと過信していたのかもしれない。
それにしても僕が要望するよりも先に用意してくれるなんて、ありがたすぎて頭が上がらない。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございました。そして、ようこそクラーク共和国へ」
「……ようこそ」
こうして僕は猫耳姉妹から歓迎の言葉を受けながら検問所を通り抜けた。またこの時に気づいたのだが、検問所に集まっていた人たちは全員いなくなっていた。彼らもまた無事通過できたようだ。
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