第18話 ルルとりあえずガレスに謝ろうか
朝早く出発したこともあって、昼前にはガレスに報告することができた。
討伐数についてはルルが、熟練のバードウォッチングさながらにカウントしてくれた。また今回の報告に関しては受注者の僕ではなくて、討伐証明者であるルルが責任をもって報告してくれた。
討伐総数は驚異の百一体で、内訳はゾンビが百体にグールが一体。報告の最中にルルの口から、グールという単語が出た時は理解が追い付かなかった。グールについて質問しようとも思ったが、彼女たちの邪魔になるためひとまず報告が終わるまでの間、口を閉ざして待つことにした。
あとでガレスに聞いてみると、グールはゾンビと見た目はあまり変わらないが、耐久力や移動速度が向上したゾンビの上位種とのことだった。ゾンビはゴブリンと同じブロンズランクの魔物だが、グールはその一つ上の僕と同じシルバーランクだそうだ。
確かに一体だけ気持ち燃え尽きるのが遅いゾンビがいた気がする、きっとあれがグールだったんだろう。
この依頼で稼いだ額は金貨三枚、日本円に換算すると約三万円。ゾンビ一体につき銅貨二枚、グールは銀貨一枚だったので、僕が本来貰える報酬は金貨二枚銀貨一枚のはずだったが、ギルド側から面倒くさい依頼を受けてくれたことへの感謝の印として、かなり色を付けてくれたらしい。
ガレスに至っては僕の両手を掴み、ぶんぶんと上下に振りながら「これで苦情に悩まされずに済みます」と言葉と行動で表現していた。
討伐証明者として同行したルルもまたガレスから報酬を受け取っていた。その際に、彼女はガレスから何か小言を言われているのか、助けを求めるように猫泊亭に帰ろうとする僕を呼び止めてきた。
「待って、待ってくれメグル。帰る前にきみからもガレスに何か言ってくれよ」
一秒でも早く愛猫をこの手でモフリたい僕としては、彼女の声を聞き流したいところだが、一応色々と世話になった以上、無下にすることはできない。まあ介抱していた時間を考慮したら、僕の方が世話していた気もしなくもないが……。
ルルは残念な部分が悪目立ちしているだけで、本来の彼女は優秀な冒険者。ガレスもそのことを知っているからこそ、ついつい言い過ぎてしまうのだろう。
とりあえず二人の意見を聞いて、それっぽく言っとけば何とかなるだろう。
そんな軽い気持ちで受付カウンターに向かったことに僕は秒で後悔した……。
ガレスの眉がピクピクと小刻みに動いている。
その正面ではルルが口をガタガタと震わせている。
蛇に睨まれた蛙……もとい、ガレスに睨まれたルルといったところだろうか。
二人の雰囲気に気圧されているのか、勇猛な冒険者たちが空気を読んで静かにしていた。
昼頃にはいつも賑わっていることで有名な冒険者ギルドが静寂に包まれた稀有な瞬間である。
その中心に何の手も打たずに僕は訪れてしまった。
空気が重苦しい……迂闊なことを一言でも発してしまえば、今度は僕が危険にさらされるかもしれない。
そこで僕が打った逆転の一手はルルに謝罪をさせることだった。
「……事情は知らないけど、ルルとりあえずガレスに謝ろうか!」
「うん、分かった。えっ? あれメグル……私の弁護は?」
ルルは一体僕に何を期待していたのか、この状況でかけられる言葉なんてそれぐらいしかないというのに。
「弁護も何も僕は、なんでルルが叱られているのか知らないんだよ。でも、ガレスがこんな顔をするってことは、ルルが相当やらかしていないとこうはならないはずだと思ってさ……」
「あ~そ、それを言われるとなかなか手厳しいものがあるかも?」
ルルの目が泳ぎまくっている、まるでマグロのように止まったら死にそうな勢いだ。
この人はもう期待できない、質問したところでロクな答えしか返ってきそうにない……もう片方にでも尋ねてみるとしよう。
「なあガレス、ルルが何かやったのか?」
「それよりもメグル様そろそろ昼食の時間では? リン様がお待ちになっているんじゃないですか?」
ガレスの僕を見る目がいささか鋭い気がする、それになんか声もワントーン低いといいますか……というか盛大に話をそらされた。
このあからさまな受け答えは、仲裁に入ってくるなという彼女なりの警告だろうか、確認するのもそれはそれで藪蛇な気もするし……。
「まだなにかメグル様?」
「いやあの……なんでもないです。それじゃ僕は用事があるんで帰りますね!」
「はい、お疲れさまでした」
「えっ、ちょっと待ってよメグル。弁護しなくてもいいから、ただ隣にいてくれるだけでいいから、私を独りにしないでえぇぇぇ!」
僕はガレスに会釈をすると、泣き叫ぶルルをその場に一人残して外に出た。
閑寂の中で響いた彼女の声と
さてと……それはそれ、これはこれってことで、やっとリンに会いに行ける。
足取りも軽く商業地区に入り大通りを抜け角を曲がったところで、世にも奇妙な光景を目の当たりにした。
「なにこの行列……?」
どこまで続いているのか分からないほどの大行列が続いていた。時間帯を考えると、彼らは昼ご飯を食べるために並んでいるのだろう。
この辺りに行列ができるほどの有名店があるなんて知らなかった。昨日は休業日だったのか、それともランチタイムだけの営業なのかもしれない。
僕は彼らがそこまでしても食べたいと思える飲食店を一目拝もうと、延々と続く行列に沿って歩いて行った。
ちょうど僕が向かう先と同じ方向だったこともあって、最初はただの興味本位だった。
最前列で僕が見たものは猫の肉球を堂々と掲げている宿屋、僕とリンが宿泊しているあの猫泊亭だった。有名店なのは間違いない。昨夜についても少しでも出遅れていたらカウンター席が埋まり、晩ご飯にありつけなかったと思う。
そんな猫泊亭をさらに人気店に押し上げている要因は一目瞭然だった。
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