適正クラスが令嬢(悪)になってしまった男冒険者は今日も無理して高笑いをする。
@undermine
第1話 男の令嬢(悪)
「おーっほっほっほ!!!」
夜の町に高笑いが響く。
中性的な声色ではあったが、音の低さゆえに男のものだと分かる声だ。
「くそっ、笑ってやがる!!!」
闇夜を走るは袋を抱えた男たち。身なりからするに盗賊だろうか。
戦利品の袋を奪われぬよう、周囲に気を配っていた。
「ついてねえ、まさかよりによって男令嬢の日にあたるとは」
「仕方ねえ、夜番が誰かなんてこっちは分かりゃしねえんだ」
「口を閉じろバカ、あいつの地獄耳は知ってんだろ」
3人組の1人が頭をはたかれる。
「痛ぇ!?」
「あらあら、暴力はいけませんわ」
「くそ、追いつかれたか!」
月を背に男達を見下ろすのは黒いドレスに身を包んだ者。身体の線を見せないようにしているがその内に秘められた肉体の強度は感じられる。引き締められた筋肉は細いながらも、しなやかであり野生動物のような強靱さを醸し出していた。
巻かれた金髪が風に揺れ、なんとも言えない芳香が漂い始めた。
「甘い、いい匂いだなぁ」
「嗅ぐな!! 男令嬢の香水は毒だって知ってるだろ」
「いけね」
慌てて、口と鼻を隠すように布をまく盗人達。だが、その行動こそが男令嬢の思惑だった。
「手が塞がっていましてよ」
「しまっ」
甘い香りと共に思考を鈍らせる毒香は盗人達の行動を誤らせた。彼らがするべきは荷物を放り出しての逃走であり、間違っても悠長に足を止めている事などではなかった。
男令嬢が瞬きの間に盗人達の隣へと移動する。
「まず1人」
鞭のごとくしなる脚。美しく弧を描いたそれは盗人の胴をなぎ払った。
「うごぉ!?」
壁に叩きつけられ意識を失った仲間を見て、そうして初めて盗人は逃げという選択を始めた。
「そして2人」
それを見逃す事などあるわけもなく。走る背中に向かって何かを投げる男令嬢。
「いてっ!? あ、あ、しびれ」
「美しき薔薇には棘がありましてよ」
「いや……これは、毒……だろ……」
投げたのは毒水につけた薔薇。正直なところナイフかなにかの方が100倍使いやすいが、男令嬢はそんなことを気にしない。
「お前等の犠牲は無断にしないぜー!!!」
最後の1人。
大声を上げて去ろうとする。
「逃がすと思って?」
「追いついてくるのは読んでたぜ!!」
足下に叩き着けられる煙玉。すぐさま視界が塞がる。
「見えねーだろ!! あばよー!!!」
「そちらですわね」
「あぎゃっ!?」
煙の中、最後の盗人は男令嬢に片手で首を押さえられていた。
「な、なんで」
「大声なんて出すからですわ」
「そ、そんな」
間抜けなように見えて、実は腕利きの盗人である。声の出所を分からなくする発声は習得していた。
していたが、意味が無かった。
「では、ごきげんよう」
「く、そ」
首の圧迫により意識を失う盗人。
「これにて3名の捕縛終了ですわ」
3人を担いで牢へと運ぶその足取りは優雅であった。
***
「はぁ……疲れた」
夜番の詰め所にて深く椅子にもたれるのは通称男令嬢と呼ばれる者。名をライン・フロイという。
彼は紛れもなく男だが、成人の際に受ける天啓により【令嬢(悪)】という役割を授かった。天啓には表向き強制力がなく、好きに生きて良いとされているが、実際は天啓で示された道以外を選ぶことは許されない。
ゆえに、ラインは示された令嬢(悪)という役割を果たすしかなかった。
だが、悲しいかな。ラインの血筋には貴族はいない。つまり令嬢になるためには貴族になる事から始めなくてはいけなかった。後天的に貴族に入るには国に対する功績を挙げて貴族の身分を得る必要がある。
しかも示されたのはただの令嬢ではない、令嬢(悪)である。頭を抱えたラインは(悪)の意味について考えぬいた末にこう結論を出した。悪を懲らしめる令嬢なのではないかと。
この時点でラインの生き方は決定された。
悪を成敗しながら貴族の身分を経て令嬢として生きるというものである。
そもそも男であった事に関しては涙ぐましい努力と、天啓による補正によってしなやかな身体と優雅な振る舞い、中性的な声を獲得した。そうして完成された令嬢(悪)は引き締まった美しい肉体と、本物顔負けの気品を備えた存在である。
男でも良いという者が後をたたず、城下の女性からはアイドル扱いとなるのに時間はかからなかった。血で血を洗う歴史を経て、今は紳士・淑女協定が結ばれたためトラブルは減ったが、あわよくばというものは数えきれず存在している。
「しんどい……」
そんなラインであるが、令嬢(悪)として生きる人生に嫌気が差していた。
適正クラスが令嬢(悪)になってしまった男冒険者は今日も無理して高笑いをする。 @undermine
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