第1歩 ほんの数年前のこと

「ローマン様、ローマン様、お聞かせください、ローマン様。」

「んぅ…もう少し寝る…シエスタする…。」

「お戯れはおやめ下さい。大切な話です。」

「…はぁい。」

 くゎ、と、大きな欠伸をして、既に身を整えている教皇せんせいに抱きつく。教皇がお疲れ様です、と、身体を撫でると、ぐったりとしていた青年―――ローマン・カトリック神父は、生気を取り戻した。

「んで? なんの話?」

「ローマン様は、「MOE」がお分かりですか?」

「…教皇せんせい、まず飯でいい?」

「はい、もちろんです。」

 なんかとんでもない言葉が聞こえた気がする。昨日まで日本に居たから、何か毒されているかもしれない。


 天皇と教皇の住まいと警備は特上も特上だが、仕事量も特上も特上である。長く、より多くの仕事を、だけが行えるので、その健康のために選ばれる食材と料理は、清貧そのものである。

 時代によって得られる栄養や求められるカロリーが異なるため、それなりに食事内容は変わっているが、言うほどお貴族さまな生活はしていない、というより、出来ないことはもっと知られたい。

 他愛のない話をし、僅かな「信仰との向き合い」の中に、安らぎを覚える教皇フランシスコは、保守派との衝突が耐えない。それでも信念を曲げずにいるのは、このような時間があるからだろう。


「美味しかった。主の平和。」

「はい、主の平和。」


 手を合わせ、秘書カメルレンゴが配膳をさげながら一日の予定を離そうとすると、教皇はそれを制した。

「3分間待ってください。」

「しかしそうしますと…。」

「私が40秒ずつ移動を早めれば、5分は戻るはずです。そのように手配をしてください。」

「…わかりました。」

 渋々、秘書カメルレンゴが部屋を後にすると、さて、と、教皇はローマンに向き直った。指を組んで、真剣な顔をしている面長の顔にかけられた丸メガネが、何故か尖って見える。

「ローマン様、「MOE」について、お教え下さい。」

「とりあえず「萌え」のことだってことは分かった。」

 ローマンは少し頭を抱えた。しかし教皇は必死である。

「とりあえず、理由を聞いても?」

「それは、これからを担うのは、若い人々だからです。」

 その言葉の裏には、保守枢機卿たちへの疲れが見えた。

教皇せんせいの理想とか、詰め込んでやれば、何とかなるものだぞ。」

「そうなのでしょうか?」

「日本で売るんでしょ? どうせ。」

「はい。2025年の大聖年にある、大阪万博で。」

 思わずローマンは吹き出した。

「いつくしみと希望の時代を伝えるために、我々バチカンは、ポップカルチャーにも歩み寄るべきです。。」

「ウン、ソーダネ…。」

「枢機卿の担当者は決めてあります。しかしその前に、私に「MOE」を教えていただきたい。」


 若さ故に死を選ぶ若者たちにいのちを。

 無知故に絶望する若者たちにきぼうを。

 孤独故に孤立する若者たちに慈しみを。


 イエスは待っていなかった。十字架の運命以外には。

 イエスが訪ねていったように、神の代理人ヴィカリウス・デイなれば、訪ねていかなければ。

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Alleluia MOEluia BLuia! ベネディーカト・ミャクミャク・エトセトラ #Luce PAULA0125 @paula0125

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