第12話 ネットワークが死んだ日




ネットワークが死んだ日




「ふえっ!?」


 それはある日唐突におこった。

 10時頃、いきなりファイルサーバーへのアクセスが途絶えた。

 編集していた表計算ソフトがサーバーに保存できなくなってしまったのだ。

 特にサーバーをメンテナンスしたわけでもなく、ネットワークの設定をいじったわけでもない。

 それなのに、突然サーバーとの通信が途絶えたのである。


「うーん。ネットワークが死んじゃったみたいだね。」


 安藤さんがのほほんと呟く。

 

「インターネットにも接続できませんね……。」


「そうだね。原因を探さないといけないね。」


「はい。」


「僕のパソコンも麻生さんのパソコンもネットワークに接続できない、ということはパソコンの問題ではなさそうだね。」


「はい。そのようです。」


 まずはネットワークが死んでしまった原因を調査する必要がある。

 以前みたいに、ハブのコンセントが抜けていただけならいいのだけれども。

 

「まずは、社内のパソコンが全台ネットワークに接続できていないのか確認してみようか。僕は総務部に確認してみるよ。」


「わかりました。では、私は営業部に確認してみます。」


 パソコンがネットワークに接続されていれば、個別に確認せずにパソコンで確認をすれば良いが、パソコンがネットワークに接続されていない場合は、アナログで一つ一つ確認していかなければならない。

 安藤さんと私は手分けをしながら、各部署にパソコンがネットワークに接続できているかを確認していく。また、その際にLANケーブルやスイッチングハブなどを触ったか等も併せて確認していく。

 

「安藤さん。私が確認した部署はすべてパソコンがネットワークに接続できていませんでした。」


「僕の方もだ。社内全域でネットワークに接続できていないということは、サーバールームのルーターが故障したのかな。」


「……確認してきます。」


「よろしく。僕は念のため部署を一つ一つ確認してくるよ。ただ、社内全部のパソコンだから、ルーターが故障した可能性が高いとは思うけれど。ローカルネットワークにも接続できないから、プロバイダーは関係ないと思うしね。」


 そうして、安藤さんと私は二手に分かれて調査をおこなうことになった。

 私はノートパソコンを片手にサーバールームに急ぐ。

 サーバールームにはサーバーだけでなく、ネットワークの中心装置となる大元のルーターも設置されている。これは、情報システム部以外がルーターに触れないようにするためだ。

 ルーターの設定をいじられたり、不用意にルーターの電源を切られたりしたら社内全体のネットワークに影響がでてしまうための自衛措置である。

 サーバールームの扉を開けると、ほわっとした熱気が身体を包み込んだ。節電のため廊下は暖房がついておらず冷えているから、余計にサーバールーム内の室温が暖かく感じる。

 私はルーターに刺さっているLANケーブルを抜き、代わりに私のパソコンから伸びたLANケーブルをルーターに挿す。もし、これで外部との通信ができるようであれば、ルーターは故障していないことになる。

 パソコンからコマンドを打ち込み外部との通信状況を確認する。

 

「……ルーターには問題なし、っと。」


 ルーターとLANケーブルで接続した私のパソコンは問題なく通信ができた。つまり、ルーターは故障していない。となると、トップスイッチが故障したのかもしれない。

 私はルーターから直接LANケーブルで接続されているトップスイッチに視線を移す。

 先ほど私のパソコンをルーターに接続するためにトップスイッチとのルーターのLANケーブルを抜いてしまったが、そのケーブルを指し直す。

 確認のため、トップスイッチから伸びているすべてのLANケーブルを取り外し、私のパソコンだけをトップスイッチにLANケーブルで接続させる。

 パソコンからコマンドを打ち込み外部との通信状況を確認する。

 

「……問題なしっと。」


 問題なく外部との通信ができることを確認した。

 もしかすると、トップスイッチから事務所の方に伸びているLANケーブルが刺さっていたポートが故障しているのかもしれない。

 私は、事務所の方に伸びているLANケーブルが刺さっていたポートに、自分のパソコンから伸びているLANケーブルを接続した。

 

「……問題、なし……?」


 トップスイッチにも問題はみられなかった。

 ルーターの故障でも、トップスイッチの故障でもない。

 それなのに社内全体のネットワークが死んでいる。

 これは、どういうことだろうか。

 まさか、トップスイッチから事務所に伸びているLANケーブルが断線しているというのだろうか。トップスイッチから事務所へ繋がっているLANケーブルは天井裏を通している。

 業者を呼ばないとLANケーブルを引き直すことができないのが現状だ。

 念のため、事務所に繋がるLANケーブル以外のLANケーブルをトップスイッチに挿し直して、ネットワークが死なないことを確認する。

 これは、問題なしだった。

 つまり、事務所に繋がるLANケーブルが断線しているか、もしくはトップスイッチから出ているLANケーブルを受けている事務所のスイッチングハブに問題があるかの2択になるだろう。

 そこまで考えて私は首を傾げる。

 

「あれ……?でも、情報システム部の部屋もネットワーク死んでいたよね?」


 事務所へ繋がるLANケーブルが断線していた場合も、事務所のスイッチングハブが故障していた場合も、情報システム部の部屋のネットワークとは関係ないところの障害だ。

 トップスイッチからは事務所に繋がるLANケーブルと情報システム部に繋がるLANケーブルはわかれているためだ。

 つまり、情報システム部にはなんら影響が出ないはずなのに、情報システム部のネットワークも死んでいた。それが示すことは他に原因がある、ということだ。

 まずは現段階でわかったことを安藤さんに報告することにした。

 

「安藤さん。ルーターもトップスイッチも問題ありませんでした。」


「そう……か。ありがとう。事務所も情報システム部の部屋もネットワークに接続できなかったんだよね。」


「はい。そうです。今は、事務所に繋がるLANケーブルだけトップスイッチから外してあります。この状態で、情報システム部のネットワークは回復していることが確認できました。」


 そう報告すると安藤さんは大きなため息を一つ吐いた。

 

「……やっぱりあれだったか。」


「心当たりでも?」


 どうやら安藤さんには心当たりがあったようだ。

 不思議に思って問いかける。

 

「うん……。説明するから、まずは事務所に繋がるLANケーブルをトップスイッチに接続してきてくれるかな?まずは、ネットワークを復旧させたいし。」


「はい。わかりました。」


 私はすぐにサーバールームに戻り、トップスイッチに事務所のLANケーブルを接続した。それから、すぐに安藤さんの元に急いだ。

 

「事務所のLANケーブルをトップスイッチに接続いたしました。」


「うん。ありがとう。……事務所内のパソコンもネットワークが回復したようだね。」


「本当ですね。」


 事務所内のパソコンの状況を確認しながら答える。問題なく、パソコンはネットワークに接続できており、社内サーバーにもアクセスできるようだった。


「うん。よかった。じゃあ、今回の原因について説明するね。営業部まで一緒に来てくれるかい?」


「はい。」


 私は安藤さんの後に続いて営業部に向かった。

 営業部には私の知らないプリンターのような機械が鎮座していた。その機械からLANケーブルが伸びている。ただ、伸びたLANケーブルの先は、スイッチングハブには接続されておらず、行き先を無くして寂しそうにプランッと揺らめいていた。

 

「えっと……これは……?」


 少なくとも私は聞いていない。

 LANケーブルが刺さっているということは、ネットワークに接続することを想定している機械なのだろう。

 その場合は事前に情報システム部への連絡をお願いしている。

 IPアドレスを払い出すためだ。

 IPアドレスが社内ネットワークの中で重複してしまうと通信障害を引き起こす。そのためパソコンやプリンターなど、ネットワークに接続する機器のIPアドレスの管理は情報システム部でおこなっている。

 

「これはね、3Dプリンターだよ。麻生さん。」


「……みたいですね。」


「そう。しかも、私物らしいんだよね……。」


「……へ?私物……?」


 3Dプリンターといったらウン百万円もしなかったっけ?もっと安い安価なものなのだろうか。いや、でも私物ってどうやってここまで運んだのだろうか。

 いくつもの疑問が私の頭の中をめぐる。

 

「そうなんだよね。なんかね、ご家族の方に買ってもらったらしいんだよね。それで、会社で使おうと思って持ってきたみたい。田舎だからね、ご実家に軽トラがあったらしくてね、荷台に乗せてきたみたいだよ。」


「は、はあ。」


 どうやらご実家が資産家なようである。

 こんな高い3Dプリンターを用途もなくポンッと買ってしまうのだから。

 

「それで、自分で設置してみたみたい。どうやら自宅で一回自分で設定したから会社でも問題なく使用できるように設定できるだろうと思っていたらしいよ。」


「そうなんですね……。まさか、それで……。」


「うん。IPアドレスの設定も自分でやったみたい。ご丁寧に自分のパソコンと同じIPアドレスを設定したみたいだよ。」


「あ、あははっははっ……。」


 安藤さんの言葉に私は乾いた笑いしか出せなかった。

 勝手にIPアドレスを設定して、社内のネットワークを死なせた原因が一人の社員の勝手な振舞いによるものだったことが判明したのだ。もう笑うしかない。

 ネットワークに機器を新規に接続する場合は情報システム部に連絡をとあれほど口をすっぱくして説明しているのに。毎月セキュリティチェックのテストだってしているのに。

 

「まあ、本人には御手洗さんから厳重注意してもらうから。君のせいで全社員の仕事がストップしたんだよってね。」


「えっと、興味本位で訊くんですが……その人って……。」


 毎回トラブルを引き起こしてくれる人が頭を過ぎる。

 彼ならやりかねないかもしれない。

 パソコンにコーヒーを溢してくれたり、サーバールームに勝手に入室してくれたり、掃除機をコンセントに挿すのに、無停電電源装置のコンセントを抜いてくれたり、散々な目に合わせてくれる彼の人の姿が脳裏に浮かんだ。

 

「麻生さんの想像どおりの人だよ。」


 安藤さんは疲れたようにそう吐き捨てた。


 もちろん、この後磯野さんは御手洗さんから厳重注意を受けた。

 そして今後しばらくは新人でもないのにも関わらず先輩社員と一緒に行動することになったとかなんとか。

 

 でも、これをきっかけに社内ネットワークに勝手に機器を接続すると大変な目にあうことが本人も、まわりの社員もわかったのではないかと思うと、しばらくは同じことが原因でネットワークが死ぬことはないだろうと、少しだけ気が楽になったのだった。


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