第10話③ 大掃除は危険と隣り合わせ 後編




 サーバールームの鍵を開け、中に入る。

 そして御手洗さんが接続できなかったサーバーを確認すると、

 

「電源が落ちてる……。」


 サーバー本体の電源ランプが消えていた。

 なにがあったのだろうか。

 まさか、このタイミングでサーバーが故障したとか……?

 サーバーが故障したなら復旧作業をしなければならない。

 年末の最後の出社日なのに。みんな、納会で楽しくご飯を食べているというのに。

 なんでこんなタイミングでサーバーが故障するのだろうかと、思わず涙がこぼれ落ちそうになる。

 

 一か八かでサーバーの電源を投入する。

 しかしながら、サーバーはうんともすんともしなかった。

 静寂が辺りを包み込む。

 今朝まではサーバーには故障の気配なんてなかったのに。

 あまりの出来事に私は落ち込んでしまった。

 

「御手洗さんと安藤さんにサーバーが故障したことを伝えないと……。」


 落ち込んでいてもなにも始まらない。

 まずは上司に報告して、それからサーバーの復旧をしなければ。

 私はそう思い直して落ち込んでいる気持ちを奮い立たせる。

 

「もしかしたら、サーバーのコンセントを指し直したら回復したりしないかしら。」


 機械ものはよく電源を落としてコンセントを抜き差しすると回復することがある。

 多くは静電気の問題によるものだ。

 サーバーも完全放電させたら回復するかもしれない。

 そう思って私はコンセントを抜こうとして自分の目を疑った。

 

「UPS(無停電電源装置)の電源が落ちてる……?」


 UPSの電源が落ちていたのだ。

 UPSというのは、停電が発生した際や落雷によるサージからサーバーを守るための機械のことだ。

 UPSからサーバーが電源を取ることで、停電が発生してもUPSに蓄えられたバッテリーで数時間ほどはサーバーが起動していられるというものだ。

 UPSが故障したから連動するようにサーバーの電源が落ちたのだろうか。

 私はUPSを確認すると、なぜだか、UPSのアダプタがコンセントから抜けていたのだ。

 だが、コンセントから抜けただけなら数時間はUPSに蓄えられたバッテリーで賄えるはずだ。だいたいUPSの電源が入った状態でコンセントを抜けば、UPSが警告アラートを鳴らす。それに気が付かないはずがない。

 そもそも、情報システム部のメンバーしか入室できないはずのサーバールームでUPSのコンセントが抜けていること自体があり得ないのだ。

 朝、出社した際にサーバーが稼働していることを確認している。

 つまり、朝から今までに誰かが情報システム部に内緒でサーバールームに入室したことになる。

 ……コンプライアンスに違反する危険な状況だ。

 悪意を持った誰かが大掃除という一大イベントの最中、サーバールームに入室したのかもしれない。

 私は急いで上司である安藤さんに電話をかけた。


『はい。安藤です。』


 数コール後に安藤さんが電話にでた。

 

「安藤さん。お疲れ様です!あの、ご報告があって……。」


『うん。どうしたの?まだ会社にいるの?』


「はい。サーバーの電源が落ちていて……。」


『え?どういうこと……。』


「はい。実は……。」


 私は今までの経緯を安藤さんに説明した。

 スイッチングハブのコンセントが抜けかけていたことや、サーバーの電源が落ちUPSのコンセントが抜けていることなど事細かく安藤さんに説明する。

 安藤さんは「うん。それで……。うん。」と頷いていたが、途中から安藤さんの声が低くなっていくのを感じた。

 

『つまり、磯野くんが掃除機当番だったと。で、乱暴に掃除機をかけたからスイッチングハブのコンセントが抜けかけていたということだね。』


「はい。」


『それで、サーバールームを確認したら、今度はサーバーの電源が落ちており、情報システム部以外が入れないはずのサーバールーム内のUPSのコンセントが何者かにより引き抜かれていた、と。』


「はい。その通りです。」


『始末書ものだね。ちなみに、僕らが管理しているサーバールームの鍵はあったかい?』


「はい。いつもの場所にありました。」


 サーバールームの鍵は情報システム部が管理している。

 情報システム部の部屋内で鍵のかかる場所に重要な鍵は保管しているのだ。

 そしてサーバールームの鍵が入っている場所の鍵は情報システム部のメンバーだけがそれぞれ保持をしている。

 

『じゃあ、もう一つの鍵は確認したかい?』


「えっと。有事の際のために総務部が管理しているサーバールームの鍵ですか?」


『そう。』


 サーバールームの鍵は万が一のことを考えて、総務部でも1本保管している。

 ただ、総務部で保管している鍵はよほどの緊急事態でない限りは使用することがない。現に、サーバールームに鍵をかけるようになてから、10年以上総務部で保管しているサーバールームの鍵を使用することはなかった。


「まだ、そちらは確認していません。すぐ確認しますっ!まだ、総務部の人たち残っているといいんだけど……。」


『じゃあ、確認が終わったら連絡をちょうだい。』


「はい。わかりましたっ!」


 私は安藤さんとの電話を切ると急いで納会が開かれている食堂に向かった。

 まだ何人か人が残っており、納会の後片付けをしていた。

 その中に総務部の数井さんの姿を発見する。

 

「数井さんっ!!」


「あら、麻生さん。大変だったわね。麻生さんの分、取ってあるからゆっくり食べてください。」


 数井さんはそう言って私に料理の載った紙皿を指さした。

 そこには私の食べかけのローストビーフを筆頭に、数々の料理が山盛りになっていた。

 数井さんの気遣いに私は目をうるっと潤ませた。

 

「ありがとうございます。落ち着いたらいただきます。」


「あら。まだ終わってないの?御手洗さんも最終日くらい仕事しなければいいのにね。」


「ははっ……。それで、あの……吉井さんは、もう帰られましたか?」


「あら?私がどうしたのかしら?麻生ちゃん?」


 数井さんと話していると不意に後ろから吉井さんの声が聞こえてきた。

 どうやらまだ吉井さんは帰宅していなかったようだ。

 私は「ホッ」と息を吐きだす。


「あのっ!総務部で管理してもらっているサーバールームの鍵って今日使用した人いませんよね?」


「え?いないと思うけれど……。」


「あっ!」


 吉井さんは心当たりがないようだ。しかし、数井さんは声を上げた。

 

「もしかして、数井さん、心当たりありますか……?」


 ドキドキと脈打つ心臓がうるさい。

 総務部で保管してあったサーバールームの鍵が悪用されたのだろうか。

 

「あれって貸し出しちゃいけなかったんですか?サーバールームを掃除するからって言われて……。」


「渡しちゃったの……?」


 吉井さんが驚いた表情で数井さんに確認する。

 

「……はい。」

 

 数井さんは小さく頷いた。

 

「入社時に説明したと思うけれど、基本的にサーバールームの鍵は情報システム部の許可がないと使用していはいけないのよ。総務部で預かっているのは、なんらかの不測の事態に備えて予備として保管しているだけなの。だから、サーバールームに入室したいと相談があった場合は、情報システム部を通さないとダメだと説明をしたと思うのだけれども?」


「も、申し訳ございませんっ。」


 どうやら数井さんが良かれと思って掃除をするからと言った相手にサーバールームの鍵を渡してしまったようだ。

 

「えっと、どなたに渡したのですか?」


 鍵の保管方法やいきさつなどは総務部で再確認してもらうとして、じゃあ誰がサーバールームを掃除すると言ったかというのが問題だ。

 

「……磯野さんです。」


 数井さんの口から聞きたくなかった名前が飛び出した。

 それは吉井さんも同じようで、目と口を大きく開けてわなわなと震えている。

 

「……一番渡したらいけない相手に。サーバールームには会社の全ての情報が集まっているのよ。そんなところに許可なく入室するなんて……。しかも、あの磯野さん。ああ……すぐに御手洗さんに連絡しなければ……。」


 吉井さんは疲れたような顔をして、わたわたと御手洗さんに事情を話に行った。


 結果としてサーバーも無停電電源装置も故障はしていなかった。

 無停電電源装置については、サーバールーム内で掃除機を使用するためにコンセントを抜いたらアラート音が鳴り出したので慌てて無停電電源装置の電源を落としたらしい。と言っても、電源ボタンを長押しして落としたらしいけど。

 サーバーについては、無停電電源装置のコンセントが抜かれたことにより、電圧異常を感知した無停電電源装置からサーバーにシャットダウン通知が送られ自動的に電源が落ちた状態だった。そのため、サーバー内のデータが破損することもなく、電源を投入したら問題なく動作した。

 ホッとしたのは言うまでもない。下手をしたら年末年始出勤して、サーバーの復旧作業をしなければならない可能性もあったのだから。

 無停電電源装置とサーバーを連動させておいてよかった。


 磯野さんと数井さんは、それぞれの上司である御手洗さんと吉井さんにこってり叱られたらしい。そして、始末書を書いたとか。

 またこの事件を機会に再度サーバールーム内に情報システム部の許可なく入室しないようにというお触れがだされたのだった。

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