第10話① 大掃除は危険と隣り合わせ 前編
大掃除は危険と隣り合わせ
年末の大掃除。
それは1年の最後を締めくくる会社の一大イベントである。
当日は朝から各部屋や廊下などの清掃を社員全員でおこなうことになる。
普段は使用しない掃除機を持出し、各部屋を一部屋一部屋丁寧に掃除をしていく。
普段は使用しない雑巾とバケツを持出し、棚の上を拭き、モップを持出し床を清掃する。
1年間お世話になった部屋に感謝の気持ちを込めて。
「んー。今年は、掃除機当番じゃなくて安心ですねぇ。」
私は情報システム部の部屋の棚を整理しながら安藤さんに話かけた。
けれど、安藤さんは眉をしかめている。
「そうかなぁ。僕は掃除機当番じゃないことが不満だけど、ね。」
「そうですか?でも、掃除機って一台しかないから前部屋掃除しなきゃいけないんですよ?大変じゃないですか?」
「確かに掃除するのは大変なんだけどね……。う~ん。まあ、僕の考えすぎだよ。うん。」
安藤さんの含みのある言葉に私は首を傾げる。
掃除機担当になれば、確かに前部屋を掃除機で掃除するだけで、棚を拭いたり窓を拭いたりする必要がない。
もしかして、安藤さんは雑巾がけが嫌だとかそんなんなのだろうか。
「大丈夫ですよ!安藤さん!こう見えても私はお掃除大好きなんですから!棚の上から机の下までちゃんとに掃除します!」
腕まくりをして張り切って見せる。
「そうだね。麻生さんは頼もしいね。」
先ほどまで曇っていた安藤さんの顔にも少しだけ笑みが零れた。
「そうですよ!まっかせてください!」
私は満面の笑みで安藤さんに返した。
☆☆☆☆☆
朝から開始された大掃除はお昼ごろに全て終了した。
大変だった大掃除も終わってみれば部屋が見違えるように綺麗になって清々しい気持ちになる。
私は思わず笑みをこぼした。
「麻生さん。今日は例年通り、この後納会があるから。」
「はい♪お料理楽しみですね!!」
「好きに食べて飲んだら帰っていいからね。」
「はい♪お酒もオッケーですよね。」
「うん。用意されていると思うよ。」
「やった。一年間頑張った甲斐がありました!」
「ははっ。麻生さんはボーナスをもらった時よりも嬉しそうだね。」
いつもより豪華な昼食にありつけることが嬉しくて私はウキウキとした気分を隠し切れなかった。それを見て安藤さんは苦笑しながらも、「若いねぇ。」といいながら見ていた。
「はいっ!美味しいご飯は生きる活力ですからねっ!!」
私はルンルン気分で食事が用意されている食堂に向かう。
食堂にはすでに掃除が終わった面々が来ており、サンドイッチやお寿司やピザなどが並べられていた。
「あら、麻生さんも来たのね。飲み物は何がいいかしら?」
食堂にやってきた私にいち早く気づいたのは総務部の数井さんだった。
「はい。情報システム部の部屋の掃除も終わりましたので♪えっと、チューハイあります?」
「麻生さんって飲む人だったのね。ぽややんとしているからアルコールは飲めないものと思っていたわ。」
数井さんは心底驚いたような表情をして私に缶チューハイを手渡してきた。
私はそれを受け取り、早速開けようとする。
「アルコールは生きる活力なんです。疲れた時の一杯は生き返りますよ。」
「待ちなさい。事業所長の挨拶が終わってから乾杯になるから。まだ、飲み物にも料理にも手をつけたらダメよ。」
「えぇー。美味しそうなお酒を目にして待っているだなんて……。」
「ここは会社です。いくら会社でアルコールを飲んでも構わない日だからと言ってもルールは守りなさい。」
「はぁーい。」
数井さんに叱責されて私は首をすくめた。
大好きなお酒を前にして待ってなきゃいけないだなんて、酷い仕打ちだ。
けれど、数井さんの言い分に間違ったところは一つもなかったので素直に頷いた。
まわりを見てもまだ誰も飲み食いしていないし。きっとみんな事業所長の挨拶を待っているのだろう。
じっと手に持った缶チューハイを睨みつけながら待つこと5分。
私にとってとてもとても長い5分は事業所長が来たことにより終わりを告げた。
「一年間お疲れ様。来年もよろしくな。カンパーイ。」
「「「「「かんぱーいっ!!!」」」」」
事業所長の乾杯の音頭で食料の争奪戦が始まった。
紙皿と割り箸を持ち目当ての料理に手を伸ばす面々。
私もチューハイを一口だけ飲むと料理に手を伸ばす。
だって、料理の量には限りがあるのだ。
しかも、美味しい料理からすぐになくなっていく。
美味しい料理を手に入れるためには合図とともに動かなければ。ぐずぐずしていたら何も食べられずに終わってしまう。
あれほど楽しみにしていた缶チューハイを一口だけに留めておいたのはこのためだ。
中には乾杯の音頭ですぐに料理に手を伸ばした輩もいた。
お目当てのローストビーフを紙皿に取り、いただきまーすと口を開けた瞬間、
「麻生さんっ!!サーバーにアクセスできないんだけど、ちょっと見てくれないかな?」
申し訳なさそうな声で御手洗さんに呼び出された。
私は泣く泣く紙皿をテーブルに置くと御手洗さんについていく。
ちなみに、安藤さんは会社の集まりがあまり得意ではないため、納会に参加せずにすでに帰宅していた。
私の会社の納会は強制参加ではなく任意参加なのである。
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