第16話 闇に舞い降りた天災
白い街並みの夜空には、赤い三日月が浮かんでいた。
ひとしきり眺めた後、視線を明後日の方向に向けていく。
そこには、深夜営業の『和』を重んじるレストランがあった。
「…………」
『
黒いスーツに身を包み、赤を基調とした狭い廊下を迷いなく突き進んでいく。
「陛下だよ。陛下! 大日本帝国の皇帝陛下に、そっくりなんだ!!!」
奥から聞こてきたのは、野太い男の声と、ジャズの音色だった。
反響音から考えれば、廊下を左折し、突き当たりのテーブルにいる。
男が話しかけた相手は確定。この子の背景から考えれば、動機は十分だ。
「邪を以て邪を禁じ、毒を以て毒を制し、暴を以て暴に易う。
我、この理を以て、悪に幸いをもたらす邪悪の化身なり」
懐から取り出したのは、青色の小柄な蛇だった。
詠唱により発光し、一対のかぎ爪へと変貌を遂げる。
右手は青藍で、左手は翡翠。異なる輝きを放つ、
青藍色の爪を廊下の壁に突き立てて、獣のような爪痕を残す。
肉が焼けるような音が鳴り、赤い壁の一部はドロリと溶けていく。
それを横目で確認しながら、廊下を勢いよく左折して、大きく跳んだ。
「「――――」」
直後、甲高い音が鳴り響き、白と銀の閃光が迸る。
目の前には、両腕をセンスで覆っている銀髪少女の姿。
勢い任せに振るった両手のかぎ爪は、地肌に届いていない。
接触面のセンスが強固な壁の役割を果たし、仕留め損ねていた。
「ラウラ・ルチアーノ……。どうしてここに」
「よぉ、親殺し。ケリぃ、つけにきてやったぜ!!!」
密着の距離で、互いは相手を認識し、ラウラはリーチェを蹴り上げた。
◇◇◇
バキリと音を立て、店内の壁を見事に突き抜けた。
夜風が肌をかすめるように吹き抜け、気付けば、首都上空。
眼下には月明かりに照らされる白い街並み。意図しない絶景を拝めた。
(人の復讐を否定する権利はない。だけど……)
空中にいるリーチェは、攻撃された理由を考える。
彼女の言動から考えれば、父親を殺した犯人への復讐。
気持ちは痛いほど分かるし、戦う動機としては十分すぎる。
勘違いだと言ったところで信じないだろうし、証拠も何もない。
ただ、どうも引っかかる。あからさま過ぎるし、どうして今なのか。
和解はしてないけど、復讐の機会は継承戦の時にいくらでもあったはず。
(操られたか、騙されたか。どのみち、裏で糸を引く人物がいそうね)
ひとまず仮説を頭に浮かべて、待ち構える。
すると、視界の端には急接近する人影を捉えた。
「夜風が心地いいよなぁ。……てめぇもそう思うだろ、なぁ!!!」
声を荒げるラウラは、白光を纏い、夜闇を切り裂いた。
リーチェは空中で軌道を変え、無数の爪閃をひらりと躱す。
「白を黒だと言うほど落ちぶれてないわ。あなたは違うかもしれないけど」
その狭間に探りを入れ、反応をうかがった。
彼女と本気で戦う気はないし、カロリーの無駄。
それよりも、裏の思惑を割り出す方が有意義だった。
「そうかよ。だったら、黒だと言わせてやらぁ!!!」
探りを意に介すことなく、ラウラはヒートアップ。
空中歩行とフェイントを交え、かぎ爪を巧みに操った。
体術とセンスは以前よりも上。成長したと考えるのが普通。
――だけど、拭えない玄人感。
センスの攻防力移動に、タイムラグがない。
老練と言い切ってもいいほどの、業前を感じる。
一朝一夕では身につかず、一度身につけば消せない。
歩き方を忘れられないように、動作が体と心に染みつく。
偽ろうとしても無駄。嗅ぎ分けられないほど、未熟じゃない。
攻防を繰り返すごとに確信に近付いていき、やがて結論に至った。
「…………あなた、誰?」
リーチェは迫るかぎ爪に、拳ではなく、言葉をぶつける。
しかし、勢いがとどまることはなく、爪先は喉元に迫っていた。
(響かないか。だったら、仕方ない……)
思考を切り替え、リーチェは右手の拳を握り込む。
言い訳の余地が残らないほどの、決定的な証拠が必要。
そのためにも、当たり強めの暴力は必要不可欠だと言えた。
「「――――」」
リーチェは不利な体勢から拳を振るい、敵の懐に迫らせる。
誰が見ても正当防衛。映像が残っていれば、罪には問われない。
大義名分とセンスを帯びた拳は、螺旋を描いて、速度をグンと増す。
初動で負けていたのにもかかわらず、拳の方が先に到達しようしていた。
(ここから先は
期待に胸を膨らませながら、その時を待つ。
返してくる前提。相手を信頼した打ち合いだった。
ラウラの化けの皮が剥がれるとしたら、ここ以外にない。
「――お客さん。無銭飲食は頂けないねぇ」
そこに割って入ったのは、レストランにいた店員だった。
両手には箸を持っており、衝突寸前の拳と爪を止め切っている。
しかもここは、上空数十メートル。常人なら、まず到達できない領域。
(強いとは思ってたけど、まさかここまでなんて……)
予想していた展開とは違ったものの、興味がそそられる。
手の内を見せた。という点で見れば、店員が当てはまっていた。
「誰だ、てめぇ……。邪魔すんじゃねぇ!! 赤の他人がよぉ!!!」
「店ぇ、わやくちゃにした時点で他人じゃねぇわ!! この犯罪者が!!!」
ラウラの怒号に怯みもせず、店員は強気に語る。
二の句を継ぐ暇も与えないまま、二人は店に連行された。
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