16.証明

世界が1ヶ月後に終焉を迎える。その情報を知った俺の頭の中を支配していた考えは、このことを乗客全員に伝えるかどうか、もしくは公安に協力を仰ぐかどうか、どうやって切り抜けるかの3種だった。


神父と今生の別れをした今、俺の脳内は冷静では無かった。同郷のガルネンも例外では無い。ノアの製作者である我々の父が呆気なく最初の犠牲者となり、今もなお犠牲者は増えていることだろう。唯一、ララだけが冷静でいられた。


「お父さんのことは残念だよ。シャルル。でも、きっとこの現状をなんとかできるのは貴方だけだよ。それはなんとなくでも分かるでしょう。」


任務が始まる前、何と自堕落な考えと持っていただろう。俺はただララとタイガのサポートができれば良いと考えていた。しかし、今は状況が変わった。頭脳を使わなければならない。戦闘ができればいいという考えでは甘い。知略を尽くして最悪の状況から逃れるようにしなくては。


「まずは公安機関の隊員らに報告しなくてはならないと思うが。ララはどう思う。」


「私にはもう、どうすればいいのか分からない。とりあえずはそうする方がいいかもね。シャルルに従うよ。」


そう聞いた俺はインカムで応援を呼ぶ形で全員を集めてみる。場所はプライベートの応接室だ。ガルネンにも念の為同席してもらおう。






「いきなり我々を呼び出してどうしたのだ。スタンライ隊員。...奇怪な面子だな。」


計3つのクワッドと我々のクワッド79が集まり、会合のように机を挟む。業務を邪魔された隊員の目は特に険しい。


「まずはいきなり招集をかけてしまい申し訳ありません。今からするお話は真剣な話です。現在、我々が向かっているヨーロッパでパンデミックが発生しようとしています。それはフルードと呼ばれていて、強い感染力と毒性があり、人のみならず感染するとクリーチャーのようになってしまいます。」


「急になんなんだ。一体何が言いたい。」


「このままヨーロッパへ行けば犬死するしかないと言いたいんです。1ヶ月後には陸上にいるほぼ全ての人類がフルードにやられます。」


機関の隊員がざわつき始める。俺だってそんな気持ちだ。ただ黙ってはいられない。いきなり死を宣告されれば誰だって戸惑うし、生きたいと願う。隊員たちももちろんバカではない。もしこの話が本当であれば、1ヶ月後にモナコに到着する未来を想像して、我々がすぐにやられてしまうことは想像に容易い。


「どこから入手した情報なのだ。貴様は我々とずっと行動を共にしていただろう。この船に乗ってな。信頼できる筋からちゃんと情報を得たのだろうな。」


「私の父がフルードによりもうすぐ死んでしまいます。この見た目からお察し頂けると思いますが、私の実家はヨーロッパにありますが、家族や同胞もろとも全員が感染してしまいました。きっと、他の人々もいずれはそうなります。如何にして感染するのかはまだ把握出来ていませんが、とにかく油断してはいけません。」


「まあ、ただの脅しや冗談ではないことは分かった。しかし、貴様がテロやクーデターの予告をしている可能性も捨てきれない。場合によってはここで捕縛する必要がある。」


「それには及ばないよ、公安さん。実際に見てもらえれば、きっと分かるはずさ。」


ついにガルネンが口を開く。立ち上がって、他の隊員を案内しようとしているのだ。現在まさに船に居る説得力へ。


「どこへ行くのだ。」


「クリーチャーのもとへ。だよ。」


移動中、俺はガルネンに耳打ちしていた。本当に公安隊員らに見せても良いのか確認したかったのだ。


「公安は、言ってしまえば僕の敵だ。でも、今はそうも言ってられないよ。フルードという共通の敵が存在している以上、手を取らないわけにはいかないんだよ。敵の敵は味方、今日の敵は明日の味方。必ず説得してこちら側について貰わなければいけない。僕たちにはもう、それしか残っていないよ。」


重い重い扉を開けると、檻に入った数体のクリーチャーらは我々の姿を見て興奮気味に襲いかかろうとする。人間とは思えない叫び声と檻を叩く音が響き渡る。そこいらに垂れ流したであろう排泄物のキツイ臭いが漂って来る。隊員らは鼻を摘みながら動揺を隠せずに冷や汗をかいている。


「なんなんだ。これは...。」


「初めてじゃないが、やはりコイツらは本当にヤバいやつらだ。」


1度全員を出してから、ガルネンは説明を行う。隊員らは思い思いにガルネンに対し質問したかったが、立場上、あまり口を開かない。そこまで彼らも動揺しすぎているわけじゃないようだ。


「今のがまさにクリーチャーだ。しかし、安心してほしい。彼らはフルードに感染していない。フルードに感染すれば全員がああなる。


理性を無くして動くもの全てを喰らおうと襲い、傷つけても体は元に戻る。彼らはほとんど無敵だ。」


「ああ。直接見れば勝ち目が無いのがなんとなく分かった。だが、なぜ彼らはフルードに感染していないのにクリーチャーになっている。」


鋭い質問に焦る。予想通りではあるが、やはりノアについて話さなくてはならないのか。


「それはこのワクチンのせいだ。ワクチンの副作用に耐えられない人らはこうなってしまう。これはフルードで殺されないようにするためには仕方のないことだ。」


「もしこの話が全て真実で、我々全員が信じるとすれば、思うところはあるが貴様たちは英雄だ。」


「どうか僕たちを信じて欲しい。」


「反対に、真実を交えた嘘の可能性を考えれば、貴様たちはテロリストになる。乗客を人質にとった卑劣なクルーズジャックだ。どちらを取っても信憑性はある。


これから先は我々の判断だ。我々3クワッド、計9人が貴様ら4人をどうするか。投票で決めることにしたい。英雄と扱うかテロリストと扱うか。なに、その場で捕縛しようとは思っていない。1度応接室に戻ろうではないか。」


こんな緊迫した状況で投票だと。と憤慨しそうになったが、彼らはまだ事の重要性を知らない。真実かどうか見極めるのに時間が欲しいのだろう。しかも今は我々は容疑者の立場である故、歯痒いが耐えるしかない。






「さて、投票の直前に、貴様らから一人一人主張を聞こう。まずはララ隊員から。」


口裏を合わせていないことを確認するためのものでもある。この主張で最後の投票が確定する。我々の計画が失敗するか、協力を得て大成功を納めるかの分水嶺だ。我々は最低限の主張をして、あとは彼らの経験を信じるしかない。きっと大丈夫だ。若い俺たちと違って経験がある。


「私たちがもし本当にテロリストなのだとすれば、予告なんてしない。そもそもこの4人の出身地が違いすぎます。テロリストというのは国家転覆のこと。つまり、敵国もしくは敵集団からの刺客というわけです。刺客にしては人種が違いすぎます。示し合わせているわけがありません。


私はシャルルに協力する形で、ノアを打ちました。ご存知の通り、彼は乗客を除いて関係者の中で唯一医療に精通している人間です。負担は大きいことは明白です。彼からフルードのことを聞けば、より仔細に現状を把握でき、リアリティがつきます。以上です。」


「では次に、そちらの、ええと名前は。」


公安の彼らはガルネンのことを知らないようで、名前を呼べない。


「ユング・ガルネンだよ。覚えてほしい。」


「失礼。主張を聞こう。」


「僕はシャルルと同郷の仲なんだよ。つまり、もうすぐ亡くなる彼の父は僕の父でもあるんだ。」


「それはおかしいな。ガルネン氏とスタンライ隊員は違う苗字だ。」


流石は機関隊員だ。推察力が鋭い。


「僕たちは孤児院の生まれでね。苗字は適した名前に登録してくれるんだ。」


「...ほう、そうだったか。これはまたまた失礼した。」


不躾な質問をしたと2度目の軽い謝罪た。


「僕たちはただ生きたいだけだ。きっと君たちもそのハズさ。だから、最低でもこの船を共に守ろうと思って君らに全てを報告したんだ。以上だよ。」


口数は少ないが説得力がある。端的にまとめあげた言葉は聴衆の耳に残りやすい。


「実に演説慣れした、素晴らしい主張だった。次に...。あー、彼も関係者かね。ササキ隊員。主張を聞こう。」


タイガはこの部屋に来てからというもの、ずっと腕を組んでだんまりを決めている。席が対面している故、関係者とは断定できるがその態度のせいで揺らいでいる。彼が俺たちを止めると決意してから会話がほとんどない。俺からしても彼の公的な主張や思っていることは是非聞いておきたいものだ。


「俺...私はただ巻き込まれただけです。初めはあなたがたと同じく、ヤバい薬に手を出していると思った。なにせ自ら作り上げたクリーチャーと戦って死にかけた思いをしているものですから。バカな話です。


私はもちろん怒りました。しかし情報をめくって見れば、パンデミックが起きようとしている。あのブツは覚せい剤でもなければ麻薬でもない。しかし、私の決意は揺るぎません。彼らが人道を外れている知ったら、即刻抹殺します。それがクワッド79として仲間への懲罰であり、公安機関員として同胞を正す一番の方法だと信じている。私の主張は以上です。」


やはりアツい男だった。現代ではなかなか目にかかれないほどにアツい。


最後は俺だ。今のところ情に訴えかけるばかりで隊員たちには決定的で我々を白だと確定づける証拠がない。俺は準備したカルテとレポートを白日の元に晒すように、はたまた先生に提出して点数を吟味してもらうように無機質に出す。


「ノアの計画は今も続いている。まずはこのレポートとカルテに目を通していだきたく存じます。そちらを見れば、我々が何を何のために行っていたのか。その全てが載っている。」


全員の目が真ん丸になっている光景が非常に面白い。ノア計画の参画者たちにおいても、この情報を知らない。


レポートは、まさにこの俺が書いたものだ。何度も何度も夜更かしをして、体調が優れなかったのはこのレポートとカルテが原因だ。これでララなどに慰められていては、少し格好悪いかったが。コンテンツは、サイトに載っていたレポートと内容と似てはいるが、正確さと確証づける証拠が多い点が勝る。


完璧にこの場の清い全票を取ってやろう。このレポートと同じ30ミリの余白のように、真っ更で真っ白な我々を物質的に証明してみせよう。

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