第56話 対ドワーフ戦(1)
「ライダイ宰相閣下。アンジュン辺境伯は事もあろうに我々からの要求に対してとんでもない要求で返答してきました」
ドノフ商務相はアンジュン辺境伯からの返答をライダイ宰相に説明した。ライダイ宰相を始め、その場に居た閣僚達はみるみる顔を険しくしていった。
「朝貢と奴隷提供の停止だと?なめたことを。どうやら連中には“わからせる”必要があるようですな」
閣議に参加していた軍務相のラードフが不快感を露わにする。本来なら人族など攻め滅ぼしてやっても良いのだが、情けをかけて朝貢と奴隷の供出で許してやっている。これは200年前の大戦の結果、人族を滅亡から救うために提案してやったことなのだ。生かされていることを恩に感じるのを忘れ、身分をわきまえない人族に鉄槌を下してやらなければならない。
「しかも、イーシ国王からの返答では無くアンジュン辺境伯からの返答だろう。イーシ王国の代表にでもなったつもりなのか?懲罰軍を出す許可をいただきたい。我が軍の力を見せつけてやりましょう」
ラードフ軍務相はどうにも怒りが収まらない。将軍職も兼任している自分自身が軍を率いて、アンジュン辺境伯領を蹂躙してやると息巻いている。そして、懲罰軍の編成が全会一致で可決された。
ラードフはすぐさま懲罰軍の編成に取りかかった。常備軍として3万の戦力がある。しかし、これを全て使うわけには行かない。魔族やエルフ族も、隙あらばドワーフ族の領地を狙っているのだ。その為常備軍の1万人を中心として、予備役の5万を動員し合計6万人での出撃となった。
ドワーフ族は身長こそ低いが、その膂力はオーガ族にも匹敵し、攻撃魔法もある程度使うことができる。さらに、ドワーフ族の技術で鍛えた剣や戦斧の切れ味は格別だ。また、ドワーフの技術を活かした強度の高い鉄の盾や鎧を身につけることが出来る。攻撃力、魔法力、防御力が非常に高いレベルで実現されているのがドワーフ族なのだ。
集まったドワーフ兵達は、首都の大通りでパレードを実施した。皆、力強い鎧に身を包み行進する。その勇姿に町の女達は黄色い声援を送っていた。
――――
アンジュン辺境伯領 バート連邦との国境砦
「ドワーフ族の大軍です!距離はおよそ10km!兵力は1万以上です!」
砦から見える小高い山の上に、国境監視櫓を建てている。その櫓から発光信号によってドワーフ軍の侵攻が伝えられた。
「領主様が懸念していた通りだな。領主城にすぐに連絡だ!」
命令された兵士は、設置してある装置のクランクを手で回し始める。そして、隣の兵士が卓上に置いてあるボタンを押し始めた。
“トゥー・トゥ・トゥ・トゥ・トゥー・・・・・・・・”
――――
アンジュン辺境伯領主城
「ユウシュン様!国境の砦から電信です!ドワーフ族の侵攻を確認!1万以上!」
「信長様の予想通りだな。手はず通り第三砦まで撤退を命令しろ!ドワーフ軍の予想進路にある村落の避難も急がせるんだ!」
信長達は、情報の重要さを嫌と言うほど知っていた。より正確に、より早く情報を得ることは、戦いの勝敗に直結する。その為、手動の発電機によってモールス信号通信が出来るようにしていたのだ。今では各砦や村落に設置していて、瞬時に簡単な情報のやりとりが出来る。
――――
「ラードフ将軍。斥候からの報告では、砦はもぬけの殻だそうです。どうやら連中は我々の姿を見て尻尾を巻いて逃げ出したようです」
「ふん、逃げるくらいなら最初から我々の要求を飲んでいれば良かったのだ。今日はあの砦付近で野営をする。準備にかかれ」
6万もの大軍が進軍する為にはどうしても時間がかかってしまう。小部隊なら素早い進軍が出来るのだが、6万人にもなると、その兵站を担う輜重部隊も大規模になる。荷車を引いている為、1日に20kmほどの進軍が限界なのだ。
「アンジュン辺境伯領主城の間にはいくつか砦があるが、6万の大軍の前にはひとたまりも無いだろう。切り結んだ兵は皆殺しにしろ!途中の村落も全て殲滅だ。殺してもいいし犯してもいい。戦利品は好きにすればいいぞ!」
ラードフ将軍のその号令を聞いて、ドワーフ兵達は歓声を上げた。バート連邦は貴族制を廃止しているため、職業軍人は月給制なのだ。もちろん、戦争に参加したら手当は出る。しかし、動員兵に手当は出るが正直メリットは少ない。だからこそ、占領地で略奪や強姦をすることが、何よりの報酬なのだ。
翌日
国境から一番近いワランソの町に到着した。
「ラードフ将軍。斥候によると町には誰一人残っていないということです!」
「なんだと?町人も兵もいないだと?どういうことだ?」
「どうやらこの町も見捨てたようです。しかし、それにしても逃げる準備が良いですね」
このワランソの町には5万人くらいが住んでいたはずだ。それをたった1日で全員避難が出来るものなのだろうか?
「食料や生活用品はかなり残されています。慌てて逃げたことには間違いないでしょう」
「食料は毒が入っている可能性もある。まずは、連れてきた人族の奴隷に毒見をさせておけ」
「この町を越えると出城があります。さすがにここは防衛しているでしょう」
ラードフ将軍は、撤退の手際の良さに多少の不安を覚えていた。歴戦の勇者であるラードフは、速やかに撤退することの難しさを良く理解していた。そして、速やかに撤退の出来る軍隊は良く統制の取れた強い軍隊なのだ。
「今夜の内に斥候を出して偵察をさせろ。出城の兵力と配置を確認するんだ」
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第56話をお読みいただき誠にありがとうございます。
年末年始が多忙につき、今年の更新は本日が最後になります。
次回は年明けの更新を予定しております。
それでは皆様、良いお年を。
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