第21話 ガラシャの覚悟(2)
右腕が粉々に砕けたエルフは、その場に尻餅をついて少しずつ後ずさりしている。そして、肩口の傷を確認した。
「す、スティア様、これは強力な氷魔法です!一瞬にして右腕が凍らされました!お気をつけください!」
スティアと呼ばれる男の前に従者達は移動し剣を抜いた。そして、その剣を振り上げてガラシャに迫る。たとえ相手が高位の魔法使いであったとしても、無詠唱魔法を自由自在に使う事は出来ないはずだ。エルフ族の宮廷魔法使いでも、無詠唱で発動できる魔法は相手一人に対する火魔法か水魔法くらいなのだ。複数の敵を相手にする場合、必ず呪文を詠唱するか、スクロールと呼ばれる魔方陣を使う必要があった。
従者が同時に襲いかかれば、強力な魔法を詠唱する事は出来ない。たとえ一人がやられたとしても他の者が必ずやこの賊を倒せる、そのはずだった。
「うおおおおぉぉぉぉーーーーあ、あついぃぃぃぃーーー!」
ガラシャに剣を振り下ろそうとしたエルフの男達は、一瞬にして燃え上がってしまったのだ。そして、その熱によって指は炭化し、剣を落としてしまう。
ガラシャは火だるまになって転げ回る男達に対して、さらに酸素を激しくぶつけるイメージを思い描いた。最初オレンジ色だった炎は青白い炎に変化し、音を立てて燃えている。そしてもう動く事も無くなった。
「スティア様!お逃げください!ここは私がなんとしても食い止めます!」
右腕を無くしたエルフが立ち上がり、左手で剣を抜いてガラシャの前に立ちはだかった。従者として、エルフとしての誇りが主人を守れと言っていたのだ。
「ニールイ、すまない、必ず助けを連れてくる!」
そう言ってスティアは茂みの中に走り込んで行った。
従者のニールイは左手だけで剣を構え、ガラシャに対峙する。もう生きて帰る事は出来ないだろう。しかし、少しでも時間を稼いでスティア様を逃がさなければならない。その一心で全身を奮い立たせた。
「お前はいったい何者だ!人族のくせに、なぜそんな魔力を持っている!」
右腕を失った肩口からは、ズキズキと痛みが伝わってきた。氷が溶けて神経が刺激されているのだろう。しかし、左腕はまだ無傷で残っており、一度くらいはこの剣を振り下ろせるはずだ。
「返事をしろ!なぜ我々を攻撃する!なぜそんな魔力を持っているんだ!」
しかし、ニールイの問いにガラシャは一切返答しなかった。そして、ニールイの目をじっとにらんでいる。
「おいっ!答えないかっ!まさか、人族の刺客か?こんな事をしてただですむと思っているのか!?」
従者を焼き殺したこの女は、子供を抱きかかえたまま動こうとはしない。焼き殺された者達は、斬りかかった瞬間に反撃されたのだ。スティア様が逃げたときも、それを止めようとはしなかった。そうであれば、このまま下がれば逃げる事が出来るかも知れない。
ニールイはガラシャの目を見ながら、少しずつ後ずさりを始めた。猛獣と出くわしたときと同じ対処方法だ。視線を外さず、ゆっくりと下がる。そして、20mくらい下がったときに、茂みに向かって走り出した。
――――
「ガラシャ!大丈夫か!?」
信長達がガラシャの居る場所に戻ってきた。そして、小さな女の子を抱きかかえているガラシャを発見する。その周りには、3体の焼死体があった。
「ガラシャ、これ、お前がやったのか?すまなかった。子供が弓で射られたのを見て、とっさに駆けだしてしまった。怪我は無いか?」
信長は馬から下りて、ガラシャの近くに歩いた。そして、抱きかかえている女の子の首に手を当てて、すでに息絶えている事を確認した。
「ねえ、信長君、あいつら、いったい何なの?」
ガラシャはうつむいたまま、抑揚の無い声で信長に問いかけた。
「ああ、エルフの貴族だそうだ。どうやら人族の子供を獲物にして狩りを楽しんでいたらしい」
「・・・・狩り・・・ですって。それを楽しんでいたの?」
「そうらしいな。狩猟用の子供は、人族の国から献上されていると言っていたぞ。この世界で人族の国が生き残るためには、そういうことも必要なんだろうな」
「必要・・って・・・信長君、こういう事は仕方ないとでも言うの?こんな世界だから、子供を狩って楽しんでもいいって事?」
ガラシャの声は、だんだんと怒気をはらんできていた。信長の諦観したようなしゃべり方が、どうにもガラシャの心を逆なでする。
「まあ、地球でも19世紀まではヨーロッパ人やアメリカ人は先住民をスポーツハンティングの対象にしていたしな。それに、俺も戦(いくさ)の後の乱取りは禁止していなかったよ。足軽どもは、占領地で略奪や暴行を楽しんでたと思うぜ」
信長の人ごとのようなその言葉を聞いて、ガラシャは信長をにらみつけた。その目には強い殺意がこもっていた。
「あ、いや、ガラシャ、誤解するな。この世界が地球の18世紀相当の人権しか無いという事実を言っただけだよ。放置するつもりは無いぞ。この世界に平和をもたらしてくれと神に言われたしな。俺の天下布武には、奴隷制度や差別をするような下品な連中は不要だからな」
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