第46話 ボス戦(4) 切り札

 ~~side 大門豪志~~


「それでは存分に……食い合いましょう」


 千鶴の声がする。

 全く口調は違うのに、千鶴の声がする。

 認めたくなくて、気持ち悪くて、今にも吐きそうだ。


「防御準備!」

「タンクの後ろに移動しろ! 動けない奴は周囲が引っ張ってやれ!」


 宝石龍ジュエルドラゴンがこちらに大きく口を開いている。

 クソが、ドラゴンめ。

 千鶴……

 10年前、千鶴の遺体を僕たちが回収できていれば……

 くそっ……


「ブレス来るぞ! 防御!」

「「「「応」」」」


 あのドラゴンをぶっ殺してかたきを討つために鍛え上げたクラン。

 その精鋭たち。

 昔の仲間たちのようなAランクこそいないが、ほぼ全員がBランク。

 それを50人近く集めた。

 大型モンスター相手の対策も訓練も十二分に行った。

 最低限の指示でも各部隊長の判断で自律的に動ける。

 柔軟かつ強力なクランに仕上がった。

 やれることは、全てやってきた。


「基本戦術は一緒だ! 傷が治ったわけじゃないぞ!」

「右前脚! ダメージが大きいぞ!」

「使い捨て武器は遠慮なく使っていけ!」


 部下たちの指示を聞きながら腰裏のポーチをあさる。

 魔力回復用のポーションを取り出して素早くあおる。

 あの大きさのモンスター相手に”封門”を2回も使うと流石に厳しい。

 余力のあるうちに回復して、手早く倒したい。

 そして早くあちらを。

 千鶴の遺体を弄ぶ千鶴もどき下種を倒さねば。


「封門いきますよ! きっちり拘束しなさい!」

「「「「応!」」」


 魔力を練り込んでドラゴンに向けて手をかざす。


「”封門フォービドゥンゲート”!」


 目の前に見慣れた半透明の巨大な門が現れる。

 一気に魔力が吸われる感じに一瞬気が遠くなる。

 腹に力を込めて気合を入れる。

 半透明の太鎖がドラゴンに絡みつき締め付ける。

 今回はうまく口にも巻き付けられたので声も上がらない。

 部下たちが次々と鱗を砕き、武器を突き刺していく。

 爆炎が、氷塊が、風刃がドラゴンの背を叩く。


「攻め時だヨ! 続きナ!」


 後詰の攻撃部隊も走り込んできてどんどん傷を広げていく。

 洋子部隊長の判断で今が機と見たのだろう。

 クレストの新武器を持たせた後詰だったが劇的な効果は無いようだ。

 まぁあれ程の威力が簡単に出せるとは正直思っていなかった。

 少しでも可能性を上げておきたかっただけだ。


「右前脚、固定!」

「左前脚ももう少しです!」

「予備武器! どんどん持ってこい!」

「余力がある部隊は尻尾にも行け!」


 ぎりぎりと歯を食いしばる。

 部下たちが少しでも自由に攻撃する時間を作るため。

 込められるだけの魔力を込めてスキルを維持する。


 その時、太鎖を千切ろうと暴れていたドラゴンが徐々に動きを止める。

 何かを溜め込むかのようにわずかに身を縮め、ほんの一拍の静止。

 瞬間、スキルを通した手ごたえが変わる。

 一気に魔力を全身へとみなぎらせたドラゴンが太鎖を砕き千切る。


「ぐっ……」


 スキルを強制終了された反動に僅かにうめいてしまう。

 ドラゴンの頭や背中から飛び出す宝石角が一回り大きくなって光り輝いている。

 固定されてた右前脚を嫌がるように残る手足と尻尾を振り回している。

 部下たちも何人か吹き飛ばされたか。

 くそ、ダメージ蓄積か何かが能力のトリガーだったのだろう。

 ドラゴンの魔力と身体能力が底上げされているようだ。

 狂乱モードに近いかもしれない。


「後衛! 今のうちに大技を撃ち込んで下さい! 前衛は回復と攻撃準備!」

「「「応!」」」


 反動から立ち直って部下たちへ指示を飛ばす。

 ダメージが累積してきているのは間違いない。

 あっちの千鶴もどき下種も間違いなく強敵なのだ。

 人数がいるこちらが先に片付けねば。

 先ほどまでより勢いを増した魔法がドラゴンに殺到する。

 周囲に前衛がいない今は味方への誤爆フレンドリーファイヤの心配がない。

 そのため上級魔法が中心に放たれており、威力も高い。


「っ……!」


 聖女団から聞こえていたゴスペルが途切れた……!

 さっきまでよりも明確に体が重い。

 くそっ、支援魔法ゴスペルが潰されたか。

 でもドラゴンの拘束はある程度できている。

 このまま押し切れるはず……


「大門っ!」

「な……! 佐藤! なぜこんな前に! あなたは後方部隊でしょう!」

「そんなことを言っていられるか! 支援魔法バフが切れたんだろ! 俺にも戦わせろ!」

「しかし――」

「千鶴のあんな姿、俺だって見ていられないんだ! 少しでも早く終わらせるために、俺にも手伝わせてくれ!」


 確かに元Bランク佐藤の使う支援魔法バフは強力だ。

 ゴスペルの特徴である対象範囲の広さはないが、対象さえ絞れば能力向上率は大きく劣るものではない。

 やむを得ないか……


「く……死なないで下さいよ! これ以上、古い知り合いをこいつにやられたくないんですから!」

「当たり前だ! ”筋力強化エンハンスオブパワー”! ”防御強化エンハンスオブディフェンス”! ”魔力強化エンハンスオブマジック”!」


 前衛攻撃役に、防御役に、後衛攻撃役に。

 必要最低限ではあるが強力な支援魔法バフが届けられる。

 腕はそれほど落ちてないようだな。


「後衛は再度背中を攻撃! 前衛! タイミングを見て拘束と攻撃!」

「「「応!」」」


 視線をドラゴンに向け、状況を再確認する。

 既に右前脚は固定できているのだ。

 その上、もうあれだけ傷だらけだ。

 押し切れる。いけるはずだ……!


「クゥゥゥゥウォォォォォォォン……」


 不利を悟ったのかドラゴンの大きな声を上げる。

 くそ、あの千鶴もどきが助けに入ってしま――


「大門っ!」


 衝撃とともに視界が回る。

 突き飛ばされたと判断し、起き上がりながらすぐに振り返る。


「な……」


 佐藤が腹から黒い刀を生やしている。

 その後ろに立ってニヤニヤと笑う千鶴もどきが目に入った瞬間。

 怒りで目の前が真っ赤になる。

 自分が何を叫んでいるか分からない。

 飛びかかったはずが地に叩きつけられている。

 何かがぶつかる音、切り裂かれる音、僅かな悲鳴。


「何度も言わせないでください。便利だから勝手に潰すなと言ったでしょう?」


 顔を上げると左腕が無くなった千鶴もどきが歩み寄るのが見える。

 その周りは部下たちの倒れ伏した姿ばかり。

 くそ……くそ……


「”百火繚乱セントフラーマ”!」

「チッ!」


 千鶴もどき目がけて大量の火球が押し寄せる。

 こちらに背を向け、舌打ちと共に右手に持った黒く長い刀で火球をまとめて切り払っていく。

 やつは次々と襲い来る火球を斬るのに手いっぱいだ。

 今ならっ――


「うぅぅおぉぉぉぉぉ!」


 悲鳴を上げる身体を無理矢理起こし、千鶴もどきに両手を向ける。

 そして即座にとっておきを発動する。


「”極封双門フォービドゥンゲーツ”」

「なっ――」


 スキル発動と同時に左右へ半透明の巨大な門が出現する。 

 二つの門扉が開いて光り輝く太鎖が飛び出す。

 瞬く間に千鶴もどきを幾重にも縛り上げる。

 双門へとスキル昇華したことで特殊行動だけでなく一切の行動を封じることが出来る。

 ただし効果の上がった代償としてコストも倍に跳ね上がった。

 急激に吸い出されていく魔力で遠くなる意識。

 血がにじむほどに歯を食いしばり耐える。

 放すものか!


「誰でもいい! いくらももたない! 僕が抑えているうちにやってください!」

「ええい、放しなさいっ! くっ…… mnoiglx ielsezpw!」


 霞みだした視界の中で千鶴もどきが身をよじっている。

 謎の言葉が指示だったのかドラゴンが口を大きく開けている。

 ブレスが直撃しても絶対に放さん……!


「オオァァァァァァ――――」


 ドラゴンの口から真っ白な光が聖女団の方へと走る。

 くっ……こっちじゃなくて山田くんを狙ったか!

 これでは山田くんによるとどめは期待できない……

 他に千鶴もどきに致命傷を与えられそうなのは誰だ。


「ボス! 切り札、使っちゃうわヨ!」

「構わん! 早くやれ!!」


 走り込んできた洋子部隊長の問いに即答を返す。

 あれを倒せるならもう誰でも構わない。

 もう腕の感覚がほとんど無い。

 くそ、耐えろ……まだ、耐えろ……


「タナちゃん! 契約履行ヨ!」


 洋子が剣を投げ捨て、腕輪から巨大な漆黒の鎌を取り出す。

 鎌の纏うあまりに濃厚な魔力に周囲が歪んで見える。

 大鎌を両手で握り、洋子の身体が大きくねじられる。


「な……貴様! なんでそんなものが――」

「食らい尽くしナサイ! ”死神の抱擁グリムリーパー”!」


 スキルによる神速の斬撃が太鎖ごと千鶴もどきを両断した。

 あぁ……あれなら、きっと……千鶴……すまん……

 薄れる視界と共に意識が遠のく――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る