第44話 ボス戦(2) そら
「おや? コレのことを知っているニンゲンがいましたか?」
喋りながらゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。
ボロボロの法衣。
その隙間から
そして何より特徴的な白黒が反転した特異な眼球に深紅の瞳。
「千鶴っ……」
血を吐くような大門さんの声。
声をかけられた女はニヤニヤと笑いながら続けた。
「アナタたちの知るコレはもう死んでいますよ。ただの死体です。それを私が依り代にしているだけです」
女は後ろを振り返り、傷だらけの
そしてこれ見よがしな溜息をつき、なにかを
途端、黒い何かがふわりと舞う。
黒い、光……?
そんな矛盾した
その身に刺さっていた槍や剣が見る間に砂のように粉々になる。
自由になったドラゴンが身体を震わせ、一声あげた後に身を伏せる。
「まったく。これは便利な能力があるんですから。勝手に潰されたら困るんですよ」
「なん……なんだ、お前……は……」
金縛り状態のまま必死に大門さんが声を絞り出している。
俺もさっきから動こうとはしてみているがかすかに指が動くぐらいだ。
「なんだ、と言われましてもねぇ? アナタたちの定義で言えばモンスターになるんじゃないですかね?」
こちらへと向き直った女がニヤニヤとした笑みを深める。
ごみの中から少しだけ面白そうなものでも見つけたかのような。
「あぁ、もしかしてコレと一緒にここへ来たニンゲンですか? だとしたら感謝を伝えないとですね。あの時、アナタたちがくれた魂の欠片のおかげで私はこの位階に至れたのですから」
喋りながら女は俺たちを見渡していく。
その視線が俺たちの辺りで止まり、口の端がいやらしく上がる。
「いやぁ……いいですねぇ。実にいい。ここのところ色々と試していた成果ですかね?」
色々と試していた……?
やたら遭遇した特異個体や先日のスタンピードが頭をよぎる。
「まったく何がどう働くか分かりませんね。でも、最高の結果じゃないですか? 最高の餌が自らやってきてくれるなんて」
「……やはり、わしを食ろうたのはお前じゃな」
白光の粒子がふわりと舞い、アコ様が俺の目の前に姿を現す。
アコ様は女を強く睨みつけているようだ。
女は面白そうに話し続ける。
「おや、素直に出てきてくれたのですね。そうですよ。私が食べました。思い出すだけでも達してしまいそうなほど美味しかった……」
「……」
「ただ食べました、というのも味気ないですね。せっかくですから少しだけお話ししてあげましょう――」
不快に笑う女がゆっくりと語りだす。
「昔々、ある所に小さな生き物がいました。
それはあるとき気が付くと深い深い穴倉の中にいました。
どうやって来たのかは全く覚えていません。
そして頭の中で殺せ、壊せという声聞こえるのです。
稀に襲ってくる生き物を食い殺しながらそれは運よく生き延びました。
そんなある時のこと。
例の声が急に上へ進めというのです。
それは声に従って上へ上へと進みました。
そして『外』を知りました。
『空』を知りました。
それは目の前で逃げ惑う餌たちを食べることも忘れました。
ただただ空を見つめていました。
どれほど時間が経ったでしょう。
気づけば周囲は静かになっていました。
餌たちが牙をむいてこちらへと襲い掛かって来たようでした。
立っていた場所が良かったのでしょう。
それは殺されませんでした。
そして、小さく聞こえる例の声を振り切って逃げだしました。
穴倉から離れると声は聞こえませんした。
初めて見る『外』の世界を見て回りました。
腹が空けば狙えそうな餌だけを慎重に狩りました。
小さな小さなそれはとても慎重でした。
そんなことを繰り返していたある時。
それは自分の力が大きくなっていることに気が付きました。
ただ腹が減って食べていた餌。
その餌がどうやら自分を成長させていることに気付いたのです。
それはより慎重により多く餌を食べました。
そして餌には味が濃い餌がいることに気付きました。
匂いでその違いも分かるようになりました。
それは偶然でした。
とても美味そうな餌を見つけたのです。
餌たちは群れていたので後をつけました。
餌たちは穴倉に入って行きました。
ふと戻って来いという声が聞こえました。
それの力が大きくなったせいでしょうか?
以前ほど声に強要されませんでした。
それでも餌のあまりの濃厚な匂いに誘われて穴倉へと入ってしまいました。
それは餌たちを遠くから追いました。
そして穴倉の底へとたどり着きました。
大きな
一番美味そうな餌は蜥蜴が丸呑みにしていました。
他の餌たちは逃げていきました。
それは蜥蜴を襲いました。
力の強くなったそれに蜥蜴もかないません。
腹ごと一番美味そうな餌を喰いました。
蜥蜴は巣穴の奥へ逃げていきました。
一人になったそれはゆっくりと時間をかけて餌を力に変えました……」
女は長い語りを終えて再びニヤニヤと笑いだす。
「思ったより長々と話してしまいましたね」
女は面白くて仕方ないかのようにケタケタと笑う。
アコ様はやや俯いたまま沈黙を守っている。
俺は話を聞きながらも必死に身体を動かそうとしていた。
「いやぁ、あれだけの力を自分のものにするのは大変でしたよ。やっと馴染んできたのもつい最近です」
俺以外の皆も動こうとしているのかピクピクとしている。
大門さんは先ほどの話を聞いてから呆然とした気配がしている。
何か心当たりでもあったのかもしれない。
「あぁ、この美味しそうな気配。もう我慢出来ませんね。あなたを食べれば、私はもう『空』を手に入れられそうじゃないですか――」
女から感じる不気味な魔力がぶわりと一層濃くなった。
黒い光の粒子がちりちりと舞っている。
「小娘っ!」
「っ!――――”
アコ様の喝で金縛りが緩められたのだろうか。
藤堂さんが即座に治癒魔法を発動させた。
俺も金縛りが解けて身体が自由になる。
「おや、抵抗しますか?」
「当たり前じゃ!」
「ふふ……いいでしょう」
女の後方で控えていた
そして女の不気味な魔力に呼応するかのように濃い魔力を纏い、叫ぶ。
「オオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
「それでは存分に……食い合いましょう」
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