第42話 開戦準備
「どうだよ、おっさん! 楽勝だったろうが!」
「はは……そうだね、すごかったよ」
「だろ!」
超級ダンジョンの最後の中ボスであるケルベロス。
それをクレスト・パーティーは4人で倒しきった。
より正確に言えば
装備が新しくなったとはいえ、あの成果は立派なものだ。
「山田さん、戦闘指揮ありがとうございました。助かりました」
「岩田さんもお疲れ様です。指揮といってもタイミングを伝えたくらいですよ」
「それでも助かりました。今回は失敗できないミッションなので」
彼らから、中ボス戦だけでいいので指揮を執ってほしいと頼まれていた。
今回失敗しないためにどうすべきかをパーティーで話し合ったらしい。
なんで今さら俺が、という思いも正直あった。
それでも協力を仰がれ、
まぁどうせ中ボス戦は見学だったしね。
実際、彼らの考えた作戦への助言とタイミング指示しかしていないし。
「クレストの皆さん。お疲れ様でした」
白銀の鎧を着た偉丈夫が部下数名を連れて歩いてきた。
今後の相談かな?
藤堂さんたちもこちらに歩いてくるのが見える。
「この後の予定を相談させてください。聖女団の方々もお願いします」
「承知しましたわ」
さて、クラン代表でもない一般人は逃げよう。
こういう場にいるとだいたい面倒ごとを押し付けられる。
「おじ様。ギルドの佐藤様が探していらっしゃいましたわ。今は聖女団の資材チームのところにいるはずですわ」
「了解です。行ってみます」
藤堂さんの素晴らしいパスを受けて素早く離脱。
資材チームはー……
「あぁ、山田くん。すまないね、忙しいのに呼び立ててしまって」
「佐藤さん、お疲れ様です。俺はほとんど見学でしたから。何かありましたか?」
佐藤さんはランク認定に関する立ち合いらしい。
人選は本人の強い希望だったとか。
超級ダンジョンでお荷物にならない職員はかなり限られるのも理由の一つだろう。
「あぁ、ここまでの行程で消耗品や食料をだいぶ使ったからね。カーゴに空きが出来てきたんだ。もし山田くんが良ければアイテムボックスから資材とかを預かろうかと思ってね」
「ぁー……俺は大丈夫ですよ。いつ何を使うかも分からないんで」
「そうかい? 重くないかい?」
「大丈夫です」
クレスト時代から俺はパーティー単位での活動歴が長かった。
なのでこういった超大規模な討伐隊への参加は実は初めてだ。
資材類は各クランおよびパーティーの資材チームが管理・輸送してくれている。
今回、俺たちは聖女団の臨時団員として参加する形である。
なので俺自身の”アイテムボックス+”の中は俺自身が念のため持って来た資材だけだったりする。
わりと目一杯詰め込んできたからまぁ多少何かあっても大丈夫だろう。
その後も佐藤さんと少し雑談をしていたら全体への呼び出しがあった。
今後の方針説明らしい。
予定通りならあと5層進めばボス戦であり、ボスの出現するフロアの一つ手前で最後の大休憩を取る予定とのことだ。
「道中の戦闘をセイクリッドがほぼ負担してくれて助かりますね」
「まぁそのためにセイクリッドが全体の半数以上の編成だからね。セイクリッドとしても超級ボスと戦うための資材や資金が援助されたからクレストもセイクリッドもwin-winなんだろうけどね」
おかげさまで俺たちは警戒しながら歩いてるだけに近い。
モンスターが強く大きいが出現頻度は下がっているのも大きい。
セイクリッド・ガーディアンズは対大型モンスターの練度が相当高く、戦闘時間が非常に短いのだ。
どうも大型モンスターに強いジョブや装備だけで構成されているようだ。
「大型モンスターにも慣れてそうですよね、セイクリッドの皆さん」
「そうだね。
「佐藤さん?」
「いや、すまない。独り言だよ。カーゴに資材を入れたかったらいつでも声をかけてくれよ」
「ぁ、はい」
なんか佐藤さんと大門さんは知り合いっぽいけど、詳しく聞けない。
聞きにくい空気がある感じ。
その後もボス部屋までの行程は順調だった。
通路もどんどん広くなっているので移動もしやすい。
ただ、どうもライブ配信予定だったドローンたちが地上とうまくつながらなくなったらしい。
深すぎるせいかな?
元々懸念されていた事態なので録画モードで対応するようだ。
大休憩での食事や仮眠を終え、出発時間に向けて皆が準備をしている。
近くにいるカリンちゃんもだいぶ顔が強張っている。
流石にちょっと緊張をほぐした方が良さそうかな。
背後にまわって脇腹にそーっと手を伸ばす。
「ひゃっ! なに!?」
「カリンちゃん、緊張しすぎだよー」
「わ、分かってるし! でもしょうがないじゃん、ボス戦だよ! ボス戦!」
「俺たちはバフスキルを使う藤堂さんの護衛だけだよ。聖女団自体、そのために呼ばれてるようなものらしいし」
「分かってるってば! でも緊張しちゃうじゃん! オジサンはなんでそんな普通なの!」
「……年の功?」
「ズルいし……」
ジト目でカリンちゃんが睨んでくる。
睨まれましても……
「そうだ! おまじないして! オジサンから!」
「ぇ……? この前の?」
「そう! そうすればきっと緊張なんて吹っ飛ぶ!」
「ぇー……」
めっちゃいい事思いついたー顔なカリンちゃんだったが、流石にちょっと。
付き合ってるわけでもないのにボス戦前にキスとか、ねぇ?
そもそもフラグくさくなって嫌だ。
「むー……じゃぁせめてハグ! それくらいならいいでしょ!」
「ぁー……まぁそれくらいなら……」
ニコニコして手を広げてくるカリンちゃん。
まぁハグくらいならいいかと正面から軽く抱きしめる。
カリンちゃんの方も俺の背中に手を回してくる。
1週間以上かけての探索中なのに、ちょっといい匂いがする不思議。
身内びいきみたいだけど、やっぱりこの子たちは絶対死なせられないなぁ。
いざとなれば何を言われても担いで逃げないとな……
「大丈夫だよ」
「え? なんて?」
「オジサンならきっと大丈夫だって話。帰ったら今回こそ続きね」
「なんかそれフラグっぽくて嫌だよ……」
「あラ、取り込み中だったカシラ?」
「洋子っ!?」
慌ててカリンちゃんから離れようとする。
だがカリンちゃんは放してくれない。
むしろ手の力が強くなった。
っていうか洋子もなんで後ろから俺に抱き着く!?
「いいのヨ、ボス戦前だもノ。
「違ぇよ! 緊張ほぐすためにハグしてただけだよ!」
「あラ、そうなノ? 私もテンション上がっちゃってるノ。鎮めるのを手伝ってくれてもいいノヨ?」
「駄目だし! オジサンは、貸さないし」
「あラ、子猫ちゃん。この間もたくさん説明したデショ? この男は優柔不断すぎるから独占できないわヨ。みんなでシェアした方がいいノ」
「ちょっと分かるけど……まだ……納得できてないし……」
「ソウ。探索者なんてやってるんだから、後悔しないようになサイ」
「……」
間に挟まれているはずなのに蚊帳の外感。
でも俺もそろそろ周りの目が痛い。
「ユージ」
「なんだよ」
名前を呼ぶだけなのに耳元で
ぞわぞわする。
「ワタシね、今日切り札使うかもしれナイから」
「は? なんだよいきなり」
「使っちゃえばたぶんもう戦えなくなるワ」
「は? 何言ってんだよ」
「そしたら……ユージがワタシを養ってネ。別に死ぬ気はないわヨ? でもそういうご褒美があると頑張りがいがあるじゃナイ?」
「何勝手に決めてんだよ。そんな無茶すんなよ」
「もちろん使わなくて済めば使わないワ。もしもの話ヨ」
「なんか……オジサン、洋子さんと話すときだけ妙に砕けたしゃべり方してて、ズルい……」
カリンちゃんが俺の腹あたりを更に強く抱きしめてくる。
洋子が後ろでふふんとしてる気配がする。
「まぁ……付き合いの長さとか、しょうがないんじゃないかな……?」
「そうヨ。みんなで一緒に住んじゃえばすぐヨ」
「みんな?」
「ふふ……別に気にしなくていいノ。どうせ時間の問題なんだカラ」
相変わらず洋子は何言ってるか分からん。
自分のペースで好き勝手やりすぎるんだよな、こいつ……
そんなことを考えていたら予定時刻になったらしい。
「時間だ! ボス討伐戦を開始するぞ!」
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