第35話 勧誘

 姉様へのご挨拶兼温泉旅行から帰宅した次の日。

 ギルドに県外への外出届を出しているので、戻ってきた旨を報告に行かないと。

 西野さんがいるんだからギルド側も分かってはいるだろうけど。

 まぁギルドもお役所なので書類仕事だ。


 うまいのじゃーとか言いながら朝からいっぱい食べるアコ様にほっこりしてから出発。

 ギルドが家のすぐ傍になったので徒歩移動。

 通勤?の利便性は偉大だわ。


「ぁ、山田さぁん。おはようございますぅ」

「西野さん、おはようございます。昨日はお世話様でした」


 ちょうど出勤した西野さんが窓口にいたので急行した。

 今日は書類1枚だけだしすぐ終わるだろう。


「温泉、とっても楽しかったですぅ。また連れて行って下さいねぇ」


 西野さんが艶やかに笑う。

 いや、そんな朝から妖艶な笑顔をされるようなことは起きてないですよね?

 アコ様もニヤニヤしてる!?

 飲み潰れたり温泉でのぼせたりしかしてないですよ……?


「は、はは……また機会があれば是非」

「今日は探索にも行かれるんですかぁ?」

「いえ、今日は県内に戻って来た報告と、売店の佐藤さんのところに用事です」

「そうですかぁ。報告の方はこちらでもう大丈夫ですぅ」



 西野さんのいる窓口を離れて売店の方に向かう。

 そろそろ探索を再開するつもりなので消耗品類の補充と先日頼んでおいた短杖ワンドの進捗確認だ。

 ちょうど佐藤さんは陳列棚を整理していたようでカウンターの外にいた。


「佐藤さんー。お疲れ様ですー」

「おぅ、山田くん。お疲れ様。もう身体は大丈夫なのかい? この間のスタンピードでは大活躍だったじゃないか」


 満面の笑顔で背中をバシバシと叩かれる。

 地味に痛い。

 元探索者だとは聞いたことがあるので、あのガタイを維持するためにトレーニングも続けているのだろう。


「聖女団の皆さんとかカリンちゃんのおかげですよ。たまたま美味しいとこだけ持って行かせて貰った感じです」

「俺も配信は見ていたさ。あれは運だけじゃないよ。よく頑張ったね」

「うむうむ。おぬしはちゃんとやるべきことをやったのじゃ」


 付き合いのそこそこ長い佐藤さんから改めて言われると照れくさい。

 まぁアコ様の助けが無かったら無理だったしね。

 いつのまにか佐藤さんの隣に移動したアコ様がドヤ顔で小さな胸を張っている。

 佐藤さんがアコ様を見ながら目を細めている。

 なんだか懐かしいものを見るような顔にも見える。


「こちらのお嬢さんは……見学か何かかい?」

「ぁー……親戚の探索者志望の子を預かることになったんです。ダンジョンに入れる適性があるのが分かったから、探索者生活を見学させてくれって」


 事前にアコ様とも相談していた偽プロフィールを説明する。

 西野さんは飲み会にいたのでバレているが、土地神様だの伴侶だのというのは言いふらすものでもない。

 アコ様は「面倒くさいのー」と言っていたが一応納得してくれた。

 狐耳さえ認識阻害してあれば見た目もただの美幼女だし、何とかなるだろう。


「そうかい。まぁ山田くんは分かってると思うが、無登録で故意にダンジョンに入るのは犯罪だからね。もし入るのなら申請してからね」

「はは……もちろん分かってますよ。えっと、まずは消耗品を補充したいです。ペアのパーティーを組むことになるんで二人分で」

「分かった。二人分で適当に見繕うから少し待っててくれ」


 そう言って佐藤さんがカウンターの奥へ引っ込んでいく。

 売店には初めて来たアコ様が目をキラキラさせてあちこち見ている。

 せっかくなので佐藤さんを待つ間、アコ様にあれこれ説明していた。

 佐藤さんは10分ほどで戻って来た。

 選んでくれた消耗品にも特に不満はなかったのでそのまま購入する。


「あとこの間お願いしていたドロップアイテムをワンドに加工する件、どうなりました?」

「あぁ、もう出来てるよ。ちょっと待ってね」


 佐藤さんがすぐに鮮やかな紅緋色のワンドを持って出てくる。

 うっすらだが火属性を帯びている気がする。

 火属性を持ったモンスタードロップから加工したせいかな。


「鑑定した銘は紅緋牙短杖クリムゾン・ワンドだね。火属性の魔法を使うときの魔力制御を補助してくれるはずだよ」

「ありがとうございます。短納期の持ち込み案件だったのにこんなに早くいいものを仕上げて貰えるなんて」

「はは……今回は市内の職人さんに頼んだからね。スタンピードの立役者の依頼だぞって言ったら最優先でやってくれたよ」


 佐藤さんは笑いながら言っているが上手く手を回してくれたのだろう。

 何度もお礼を言い、ワンドを受け取って”アイテムボックス+”に収納する。


「そういえば、スタンピードのボスドロップの刀は鑑定するかい?」

「ぁー……また今度にしておきます」

「そうかい……かなりの業物のようだったし、僕としても是非ちゃんと鑑定してみたいから、検討してくれないかい?」

「分かりました。考えておきます」


 また来ますと言って売店を出る。

 もし脇差を鑑定するならアコ様と事前に相談しておかないとな。

 途中、ガラス棚に顔をべったりくっつけて商品を眺めていたアコ様を見つけて回収。 

 受付フロアに戻りながら聞いてみる。


「アコ様。脇差の鑑定をしてみたいんですけど、問題ありますか?」

「ふむ。わしは別に構わんのじゃ。おとなしくしておるぞ」

「そうですか……じゃぁ今度来るときに鑑定して貰いますね」

「分かったのじゃ」


 アコ様からは銘しか聞いてないし。

 ボスドロップ品だから特殊効果あるかもという期待もある。


 受付フロアに戻って来たが西野さんの窓口は埋まっているようだ。

 まぁもう用事は済んでるんだけど。

 なんとなく空気がざわついてる?


「失礼、あなたがあの山田さんかな?」

「ぇ? あ、はい。山田ですけど、『あの山田さん』かどうかは分かりませんが……」


 突然、やたらとガタイが良いナイスミドルに話しかけられた。

 偉丈夫ってやつ? 身長190センチとかありそう。

 高級そうなスーツが分厚い胸板でパツパツだ。

 グレイヘアで渋めのイケメン。


「はは……僕の方は先日のスタンピード配信を見ているからね。山田さんの顔は分かっているから大丈夫だよ。ちょっと君と話をしてみたくてね。少し時間を貰えないだろうか」

「はぁ……」

「失礼、自己紹介もせず僕の方ばかり話してしまったね。クラン神聖なる守護者セイクリッド・ガーディアンズのクランマスターをやっている、大門豪志ごうしだ。もしかしたら名前ぐらいは知っているかな?」


 飛び出したビッグネームに思わず驚きが顔に出てしまう。

 大門さん自身は非常に有名なAランク探索者であり、封門という二つ名にもなっている有名スキルを持っていたはずだ。

 彼がクランリーダーを務めるセイクリッド・ガーディアンズもかなり有名なクランである。

 クランの拠点はたしか都内だった気がする。

 なんでわざわざ神藤市まで……?


「セイクリッド・ガーディアンズも大門さんも有名ですからね……」

「そう言ってもらえるのはありがたいね。さて、単刀直入に言おう。山田さん、うちのクランに入る気はありませんか?」


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