第33話 クレスト・パーティー(5)

 ~~side 橋元健~~


 この前のスタンピード対応での入院からようやく退院できた。

 久しぶりに出社だ。

 俺が広報部のフロアを歩くと広報部の連中が挨拶してくるのでテキトウに返しながら進む。

 遠くでひそひそと噂話してやがる連中がいるな。

 探索者の耳なめんなよ、ボケどもが。

 先日のやられ具合だの今後の進退だのと好き勝手に言いやがって。

 とは言えここでキレるのも大人げない。

 イライラした気分のままパーティー専用居室へと進む。


「ぉ、ケン退院おめでとう。もう大丈夫か?」

「ケン、おはようございます。体調はどうですか?」


 居室に入ると部屋にいたパーティーメンバーの岩田とアヤネがすぐに声をかけてきた。

 マイの奴は不在か。


「どうもこうもねぇよ。アヤネの”治癒ヒール”でほとんど治ってたのに一週間も入院させられて身体がなまっちまったぜ」

「治癒魔法だと骨折は無理矢理つないだ感じにしかならないので、安静にしないと駄目ですよ」

「ケンがいないとパーティーが成り立たないしな」

「フンッ。当たり前のこと言ってんじゃねぇよ。それより、あの時に俺が使ってた装備はどこいった?」


 部屋を見渡しながら先日の装備の保管場所を確認する。


「緊急依頼のときのか? 試作品は開発の連中が調べるって言って回収していったぞ」

「そうか。ちょっと行ってくる」

「あ、おい、ケン。こっちにも用事が――」


 話を続ける岩田を無視して部屋を出る。

 どうにもあの時の剣が気になって仕方ねぇ。

 

「なんか……喋ってた気がすんだよな、あの剣……」


 ダメージや疲労でボーっとしてたが、それでも聞き間違いなんかじゃねぇ。

 あの剣が「力が欲しくないか?」、そう言っていたはずだ。


「力なんて……いくらでも欲しいに決まってんだろ、ボケが……」


 そんなことを小さく呟きながら速足で開発フロアへ向かう。

 確か開発二部のフロアはこの辺だったはず……

 ドア横の表示を見てから特にノックはせずに中へ入る。


「おい! 誰かいるか?」

「ぇ……? は、はい。どうされましたか?」

「俺の装備はどこだよ。お前らが持っていったって聞いたぞ。早く持って来いよ」


 扉の近くにいた開発員に指示を出す。

 すぐに奥へ走っていったがなかなか戻ってこない。

 何してやがんだよ、クソ。


「は、橋元さん。お待たせしました。鎧の方は壊れてしまっていたので分解して調査に回しています。なので、いまあるのは剣の方だけです……」


 先ほどの開発員がトレイに載せて剣を持ってきた。

 なんか見た目が変わった気がすんな……

 まぁいいか。

 剣を手に取ってみたが特に声は聞こえねぇな。

 なんだったんだろうな、あれ……


「ん? なんで君がここにいるんだね?」


 後ろから扉が開く音がしてあまり聞き慣れない声がした。

 うるせぇな、誰だよ……

 目の前の開発員が「鈴木専務っ……!」とか言いやがった。

 専務だぁ……森山部長クソ上司のゴマすり相手かよ、面倒くせぇな。

 渋々後ろを振り返る。


「俺は……装備を受け取りにきただけです」


 素っ気なく答えてやったが何だか眉にしわをよせてやがる。

 これだからジジイは。


「せっかく新装備を回してやったのに、あの体たらくは何だ! 会社の顔である自覚があるのか!」

「ぁ……?」

我儘わがままばかり言っていて成果も出ないのでは、お前もクビにするぞ! これなら辞めさせた男あのサポーターを残しておいた方が良かったじゃないか!」

「あぁ!? どういうことだよ!」

「だからちゃんと実績で示せと言っているんだ! 何のための広報パーティーだ!」

「クソが! 俺だって途中で壊れねぇもっといい装備があればやれた! あいつばっかり評価してんじゃねぇ!」


 あまりのイラつきに怒鳴りながら部屋を出る。

 あの鎧がぶっ壊れたから途中でやられちまったんじゃねぇか!

 ふざけやがって。


 ドクンッ……


 どいつもこいつも山田、山田言いやがって。

 ふざけんじゃねぇぞ。

 あんな腑抜けちまったおっさんなんて――


 『殺せ! 斬り刻め!』

 

 なんか聞こえるな。

 この前の牛野郎と戦った時にも何か聞こえてたな。

 それにしても、どいつもこいつも俺をなめやがって。

 ぶっ殺してやりてぇ……


『力が、欲しいんだろ?』


 そういや剣を手に持ったままだったな。

 剣の放つ禍々しい光が揺らめいた気がした。





 ~~side 鈴木専務~~


「なんだあの小僧の態度は!!」


 自室に戻り、おさまらない怒りをデスクにぶつける。

 向かいに立っている二人がその音にビクリとなる。

 先ほど呼び出した森山広報部部長と金井開発二部部長だ。


「も、申し訳ありません……専務への態度についてはよく言い聞かせておきますのでっ……」

「次にあんな態度を取ったら君の評価も含めて大きく下げるからな!」

「は……はいっ……注意いたしますっ……」


 ぺこぺこと頭を下げる森山を見てほんの少し溜飲りゅういんが下がった。

 まったく最近の若造は口ばかりで困ったものだ。

 自分の言動で上司が平謝りしていることを考えもしないのだろう。

 そうそう、金井に進捗も確認しておかんとな。


「それで。新装備の方はどうだったんだ? もう分析は終わったんだろう?」

「は、はい……えぇと、それがですね……」

「どうした! 早く言え!」

「やはりフィードバックの問題が大きいようでして……スタンピードでも使用者が暴走したとの情報が上がってきています」

「……うちの装備で雑魚どもを一掃したり、ボスを倒したりできたのだろう? それなら問題はないだろう」

「し、しかし……使用者を暴走させるようなものは商品には……」


 まったく頭の固いやつだ。

 探索者など力ばかりを求める馬鹿どもなのだ。

 奴らが野垂れ死んでも責任さえ回避できれば知らぬ存ぜぬで構わんのだ。

 せいぜい我々の売り上げに貢献して使い捨ててしまえば良い。


「そんなものは仕様書に『問題が起こる場合があるからよく注意しろ』とでも書いておけ。そうすればうちの責任にはならんだろ」

「し、しかし――」

「うるさい! 配信を見て問い合わせも何件か来たんだろ! 早く数を作って売り出せ! それだけ実績になるだろうが!」

「で、ですが……材料の兼ね合いもありますので……」


 まったく、重ね重ね頭が固い。

 欲しい欲しいと言ってる連中なんてどうとでもなるだろうに。


「モンスターのドロップアイテムと魔石をセットで使うだけだ。バーテックス社から聞いた処理方法はモンスターを限定せんだろ。ヒュドラの素材でなくても構わん! 頭を使え! 特注とかバリエーションとか、何とでも言えばいいんだ!」

「は……はい……」


 一般常識では同じモンスターから出た魔石とドロップアイテムは使えないと言われているが、知識の浅い連中の妄言だ。

 アメリカのバーテックス社の処理さえ加えれば問題ないとバーテックス社むこうからも聞いているんだ。

 まぁやつらも他にどの企業にこの技術を売ってるかも分からん。

 早く数を出して売り抜けた方がいいに決まっている。

 それにしても、まだ金井が言いたげだな……


「なんだ。まだあるのか」

「は、はい……実は、その、試作品の剣が想定外の進化をしたようでして……」

「進化だと?」

「はい。モンスター素材を多く使った装備では使い込むうちに稀に起こる現象らしいのですが、今回は数回しか使っていないのに進化が起きているのは少々異常でして……」


 どうにも金井の報告はまどろっこしい。

 こちらのイラつきを察したのか金井が早口に続ける。


「えぇとですね……装備は進化すると特性が強く濃くなっていくと言われていまして、今回はフィードバックの問題がひどくなる懸念がありまして……」

「そんなものは性能さえ出せれば構わんと言っただろうが!」

「は、はい……」

「それで、鎧の方は? 魔石組み込み式だったか? そっちは順調なのか?」

「チャージ式の試作鎧でステータスブーストは想定通り機能したようです。防御特性の方は魔力消費が大きくてチャージした魔力では一撃しかもたなかったようですが、組み込み式なら魔石が壊れるまで機能するはずです」

「そういえば、この間のミノタウロスの魔石も購入できたんだろ? あれも一緒に鎧に組み込めないのか?」


 思い付きを口にしてみたが、悪くない気がしてきた。

 

「り、理論上は可能だとは思います。おそらく物理も魔法もかなり減衰させる強力な鎧になるかとは……ただ、その……おそらく調整にものすごい時間が……」

「それはお前がどうにかすべき課題だろ! 良い装備が出来て会社をアピール出来るならやるべきだろ!」

「で、できる範囲でやってみます……」

「分かった。私の直接指示案件なんだ、最優先で取り掛かれ! もういいぞ!」

「「はい……失礼します……」」


 部長二人がそろって退出していった。

 まったく、本当にどいつもこいつも使えん。

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