第27話 目が覚めたらそこは

 目が覚めたら見知らぬ天井が見えた。

 知らない天井だ、とか言いたくなったが我慢した。

 ギルドの療養施設か病院あたりなんだろうけど……


 スタンピードを防ぐために橋元くんの剣でミノタウロスを倒して気を失ったことまではなんとなく覚えている。

 体中に違和感があるし、感覚が薄いような気もする。

 

 ふと胸のあたりに違和感を感じる。

 よくよく意識してみれば重みと温かさも感じる。

 はて……?

 目を下に向けると淡い茶髪のきれいなつむじが見える。 


「は……?」


 俺の胸に誰かの頭が載ってる?

 慌てて起き上がろうとしたが体がほとんど動かない。

 あれ?


「ん……おじ様! やっと目が覚めたのですね!」

「と、藤堂さん!」


 がばっと起き上がった藤堂さんの肌色率の高さに思わず声が出る。

 なぜ、服を着ていないので?

 ぶるんてしたよ?


「心配していたのですよ! あれからもう三日も目を覚まさなかったのです! あぁ、でも、良かった……」


 ちょっと泣きそうなお顔で感動のご様子のところ大変申し訳ないのですが、ちょっと前を隠して頂けないでしょうか。

 腹の辺りに触れる体温や柔らかさも相まって、生理反応が、ね?


「と、藤堂さん……取り敢えず、服着てくれない……?」

「……あら、わたくしとしたことが。でも、おじ様が望むのであればこのまま――」


 藤堂さんがあでやかな顔になって起こしていた身を倒してしなだれかかってくる。

 温かく柔らかな砲弾が押しつぶされる感触がする。

 ふわりと香るいい匂いに頭がくらくらする――


「オジサン!」

 

 部屋の扉が勢いよく開き、カリンちゃんが俺を呼びながら駆け込んできた。

 空気が凍ったかのような重い沈黙。

 いや、藤堂さん、なんで更に強く押し付けはじめるの……?

 状況をようやく理解したのか真っ赤になったカリンちゃんが藤堂さんに怒鳴りかかる。


「ちょっと! アンタなにしてんのよ!!」

「ナニ、とは? 見ての通りですわ」

「だ……だから、何でそんなことしてんのよ!」

「おじ様を見ていたらつい我慢できなくなって……」

「はぁ!? もう! いいから離れなさいよ!」

「嫌ですわ。おじ様も喜んでくださっておりますし」

「ちょっと! オジサン!」


 更に顔を赤くしたカリンちゃんの矛先が俺に向く。

 藤堂さんはどんどん強く身体を押し付けてきてもぞもぞしている。


「いや、今さっき目が覚めたばっかりだから何もしてないよ?」

「そう言うことじゃなくて!」

「うふふふ……」

「ぁ……ちょ、藤堂さんっ……ぁっ……」

「オジサン!!」


 ひとしきりの大騒ぎの後、部屋に入って来た看護師さんにめっちゃ怒られました。





 渋々と服を着て戻って来た藤堂さんによると、スタンピードは無事に阻止できたらしい。

 あの銀色のミノタウロスがスタンピードの原因だった可能性が高いようだ。

 ギルドがドローンの映像解析を続けているらしいから、そのうち詳しい情報も出てくるだろう、とのこと。


 俺の身体もだいぶボロボロだったようで、意識を失った後すぐに搬出されてそのまま緊急入院となった。

 魔力もほぼ枯渇していたらしい。

 身体がほぼ動かないのは体中に魔力を込めて動かしすぎた反動とのことだ。

 幸い、1週間もあれば治る可能性が高いようだ。


 あの剣を持っていた時に気持ち悪い魔力が流れ込んできた旨を説明してみたが、藤堂さんが「もう大丈夫ですわ」と言ってそれ以上は説明してくれなかった。

 どうも”浄化ピュリファイ”系のスキルを藤堂さんが使ってくれたらしい。


「ちなみに、あの剣は……」

「スタンピードが終結した後、クレストの方が回収していきましたわ」

「そう、ですか……」

「あれを持った時のおじ様の様子からも、明らかに異常な武器ですわ。ギルドからもクレスト社に報告を求めているようですが、かんばしくないようですわね……」

「まぁ……そうでしょうね……」


 報酬についてはまだ受け取れないらしい。

 魔石を含むドロップアイテム類も一度ギルド預かりで清算中とのことだ。

 今回の件はギルドからの緊急依頼だったため、貢献度に応じた重みづけの上で換金してお金で支払ってもらえるようだ。

 なんにせよ待ち遠しい限りだ。

 そしてドロップアイテムについては、例外が1点だけあるらしい。


「こちらがあのミノタウロスからドロップした刀ですわ」


 ベッドごと身体を起こしている俺の膝の上辺りに藤堂さんがそれを置く。


「これを、俺に……?」

「はい。あの戦いに参加した全員から同意を取っておりますわ。これはおじ様が受け取るべきものだ、と」


 脇差、というのだろうか。

 全体の長さが60~70センチ程度で、わずかなそりのある短い日本刀。

 漆黒の美しい鞘に収まっており、刀身は見えない。

 匂い立つような得も言われぬ美しさと風格がある。


「クレスト社は買取を要求してくるかと思いましたが、そこまで恥知らずではありませんでしたわね。きっとあの社長さんが抑えたのでしょう」

「神楽社長が……」

「ギルドの佐藤様曰く、たぶん伝説級レジェンドの業物。詳しく知りたかったら正式に鑑定を申し込んで、とのことですわ」

「はは……わかりました」

「ま、あの牛倒したのはオジサンなんだし。当然の権利っしょ」


 藤堂さんの横でブスッとした顔をしていたカリンちゃんが初めて発言する。


「あんなに、あんなに頑張って倒したのはオジサンだし……」

「はは……カリンちゃんの魔法がなかったら倒せなかったよ」

「アタシは……フォローぐらいしかできなかった……」

「そんなことは――」

「ち・な・み・にっ。おじ様はあのミノタウロスを倒した後のことはどのぐらい覚えていらっしゃいますか?」


 落ち込んでいくカリンちゃんとのやりとりを強引に止めた藤堂さん。

 なんとなく楽しそうなのはなぜ?

 後のこと……?


「変な声がずっと聞こえていて……誰かが叫んでたような気もして……あと何かを叩いたような音もしていたような……」

「うふふ……佳乃から伝言ですわ。そのまま伝えますわね」

「はぁ」

「山田殿が叩き割ったおかげで大事な盾が使い物にならなくなった。買い替えに行きたいので同行をお願いする。必ず二人でな。とのことですわ」

「……オジサン、あの人にも粉かけてんの……?」


 カリンちゃんの視線の温度が下がっていく。

 粉……かけてるか?

 一条さんには特に何もしてなくないか?

 二人ともなんでそんなハァ?みたいな顔でシンクロしてるの?


「さて、オジサンもまだ本調子じゃないし、そろそろ帰るね。思ったより元気そうで安心したよ」

「そうですわね。気を付けてお帰りください」

「いや、アンタも一緒に出るのよ」

「嫌ですわ。私はさっきの続きが――」

「服脱ぎ始めようとするんじゃないわよ! 帰るの!」

「は、はは……」


 なんか、帰って来られたんだなぁって気がした。


「ふむ。その刀ならわしの依り代として使えそうじゃな」

「「「ぇ……」」」

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