第24話 スタンピード(3) おまじない

 藤堂さんの”福音神歌ゴスペル”は恐ろしい倍率の強化バフスキルのようだ。

 聖女団の前衛たちは目に見えて押し込まれなくなり、飛んでいく魔法も一回り以上大きくなっている気がする。

 ユニークジョブ聖女様が切り札のひとつだと言うだけのことはある。


 そんなことを思いつつ、先ほどの藤堂さんからの指示を思い出す。

 ・銀色ミノタウロスの武器をどうにかしろ

 ・橋元くんの剣を借りて使え(ただし良くないものが混じってる)

 ・いざというときはお姫様抱っこで避難させろ


 最後のはまぁいいとして、なかなか難題だ。

 あとは自分の力をもっと信じろ、だったか。

 20年近くも最底辺Fランクの探索者をやっていた俺に染みついた負け犬根性をすぐに払しょくするのは正直難しい。

 それでも……


 必死にゴスペルスキルを歌い続ける藤堂さんが見える。

 最前列で攻撃に耐えている一条さんが見える。

 聖女団の後衛たちに混ざって上級魔法を行使しているカリンちゃんが見える。


 あの子たちが、あんなに必死に頑張っているのに。

 どうせ俺じゃ出来ないから、なんて言って引き下がっていいのか?

 自分の力を、信じる……

 いや、違うな。俺を信じてくれる人たちを、信じよう。


 まずはミノタウロスの近くに落ちてる橋元くんの剣を拾うところからかな……

 藤堂さんのバフの力を受けてか、聖女団の前衛が少しずつ前に進んでいる。

 橋元くんが吹き飛ばされるときに巻き込まれたのか、橋元くんの剣は前衛たちのすぐそばに落ちているのが微かに見える。

 まだすぐ手が届くほどではないけど、魔法でモンスターの群れがえぐれるタイミングを見計らえば行けるかな……


 先ほど位置を確認したカリンちゃんの元へ走り、次の一斉射のタイミングで剣が落ちている辺りに魔法を撃ち込んでほしい旨を手早く伝える。

 だいぶ疲れの見える顔のカリンちゃんは、それでも分かったと強くうなずいてくれた。

 モンスターたちの方を振り返ると、飛び交う魔法を鬱陶うっとうしそうにしたミノタウロスが右腕で戦斧を拾いあげている。


「遠距離攻撃、用意よーい……撃てぇ!」


 一条さんの発令に合わせて多くの魔法が飛んでいく。

 カリンちゃんが撃ち込んでくれた上級火魔法が剣の落ちている辺りを燃え上がらせる。

 今だ――

 魔法がモンスターたちにぶつかるタイミングに合わせて全力で駆けだす。


 モンスターをかき分けながら必死に進む。

 手で、拳で、肘で、膝で、とにかくかき分ける。

 モンスターたちを……抜けたっ!

 届けっ――

 身を低くして走りながらさらう。


 ドクンッ……


 その剣を掴んだ瞬間、炎にあぶられた剣の熱さを覚悟していた俺の腕は猛烈な寒気を感じてた。

 なんだ、これ……

 どこからか『殺せ! 斬り刻め!』と言う小さな声が聞こえる。

 剣を掴む右手から恐ろしい勢いで魔力が吸い上げられていく感じがする……

 でも、それと同じくらい体中に自分の魔力とは違う、自分以外の意思があるような魔力が流し込まれている気もする。

 なんだこれ、気持ち悪い……


 あまりの気持ち悪さに思わず立ち止まろうとしたが、止まれない。

 なんだ、これ……身体が勝手に動く。

 音もない世界で見たことのない速さで景色が流れる。

 もう……ミノタウロスが、目の前にいる!?


 禍々しい光が増した剣を俺の腕が勝手に振るう。

 俺の接近に気づいていたミノタウロスが剣に合わせて戦斧を振るう。

 激しい衝撃。弾き合う両刃。

 更に勢いを増して魔力が剣へと吸われていく。

 気持ち悪い魔力もどんどん流し込まれてくる。

 剣の纏う禍々しい光がどんどん輝きを増していく気がする。

 『殺せ! 斬り刻め! 皆殺しだ!』という声がどんどん大きくなる。

 何も考えられなくなる……


 俺の意思に依らず、身体が更に速く動いていく。

 禍々しい光を増しながら振るわれる剣にミノタウロスが必死に戦斧を合わせてくる。

 両刃のぶつかり合うテンポが速くなっていく……

 ついにミノタウロスの動きが追いつかなくなる。

 振りぬかれた一閃がごくわずかな抵抗だけを俺の手に伝える。

 ミノタウロスの持っている戦斧の頑丈そうだった柄が真っ二つになる。


 ミノタウロスが何かを叫んでいる気がするが何も聞こえない。

 柄のへし折れた戦斧が明滅しながら光を失っていく。

 周囲のモンスターたちも統率を失ったかのように動きが滅茶苦茶になっていく。

 音が聞こえない。何も感じられない。

 『殺せ! 皆殺しだ! 何もかもを壊せ! 壊せ!!』

 どんどん声が大きくなる。

 もう、何も考えられない……

 抵抗する意思すら失いそうになる。

 もう、本当に――


『駄目なのじゃ!』


 唐突に頭に響く声。急に意識を覆っていたもやが晴れる。

 即座に剣を手放す。

 

「山田殿っ!」「オジサン!」


 一条さんとカリンちゃんが必死に俺の名前を呼んでくれているのが聞こえる。

 なんだったんだ、今の……

 くらくらとする頭を必死に振り、滅茶苦茶に動き回るモンスターたちを殴り飛ばしながらカリンちゃんたちのところまで必死に走る。

 後ろからミノタウロスが激怒したような叫び声と地団駄じだんだを踏むような音と振動が伝わってくる。

 すげぇ怒ってるとこ悪いけど、ちょっと待ってろ……


「オジサン!」


 うの体で聖女団の前衛さんの所にたどり着き、後ろに退避させてもらった瞬間、カリンちゃんに抱き着かれた。

 ゴスペルスキルの歌唱を続けながら、藤堂さんもこちらを心配そうに見ている。

 そんなに心配になるほどの動きだったのかな?


「な、なんとか大丈夫だよ。頭はくらくらするし、身体もちょっと違和感があるけど……」

「ホント、もー、心配させすぎだし」

「ごめんよ。でも、あの斧も壊せたし、追加はもう来なそうな気がするよ。あとは今残ってるこいつらを片付ければ――」


 重い足音と激しい打撃音に振り向くとミノタウロスが一条さんの構えた大盾に拳を叩きつけている。 


「ヴゥゥゥモォォァァァァァァ!」

「くっ……”絶壁アブソリュートガード”!」


 遮二無二叩きつけられる拳の雨がぼんやりと光る大盾を何度も揺らす。

 モンスターたちの騒がしい声とともに鈍い音が響いている。


 戦斧は壊せたけど、あいつ自体もどうにかしないと……

 あの硬さを? どうやって?

 体格的にも関節技が効くとも思えない。

 魔法もさんざん当たっているだろうに、致命傷になる気配は全くない。

 強すぎだろ……


 聖女団の精鋭とクレスト・パーティーは既にこの場に揃っている。

 正直、これ以上は強力な増援がすぐに届くことは期待できない。

 この場にあるピースだけであいつをどうにかする……?

 さっきの剣をもう一度使う?

 やりたくはない、やりたくはないが、他に方法はないのか……?

 全力で一撃だけ。

 武器を失っているあいつなら、一撃で首を落とせる可能性があるんじゃないか?

 このまま押し切られて全滅するよりは、俺一人が無理をしてでもミノタウロスだけは倒した方がいいんじゃないのか?


「オジサン!」

「……ぇ?」

「なんかやる気?」


 一人で考え込んでしまっていた俺に、抱き着いたままだったカリンちゃんが真剣な顔で問うてくる。

 誤魔化した答えなど、絶対に許さないと顔に書いてある。


「ぁ、いや……うん……そうだね。もう一回だけあの剣使って、ミノタウロスだけでもどうにかしようかなって」

「あれ、大丈夫なの? さっきは、絶対なんか変だったよ?」

「うん……正直分からない。やばい感じはしてる。さっきもちょっと危なかった。何かにのまれかけてた気がする」

「だったら――」

「でも。それでも、あいつを誰かがどうにかしないと、このままスタンピードが地上まで出て行っちゃうよ。それは、絶対に防がなきゃいけない。」

「でも……」


 眉にしわを寄せてすごく心配そうな顔でこちらを見上げてくるカリンちゃんに向けて無理矢理笑顔を作る。

 こんな若い子に、心配なんてさせてる場合じゃない。


「大丈夫だよ。さっきも、どうにかはなった。もう1回くらいは、何とかなるはずだよ」

「でも……」

「あと一回だけ、あと一回だけじゃ。それ以上はわしでも引き戻せなくなるからな。」

「「ぇ……?」」


 突然聞こえてきた声に思わず二人の声がハモる。

 幼女神様ぬしさまの声……?

 どこから……?


「こっちじゃ、こっち」


 声のする方を見ると、俺の肩の上に小さな光の粒子がふよふよと漂っていた。

 なんか、小さい。


「小さいとか思っとるじゃろ! おぬしが早く形代を見つけてこないからじゃからな!! おぬしに与えた加護の経路ぱすを通して、かろうじて繋いでるんじゃから贅沢を言うな!」

「は、はぁ……」

「ともかく、一撃だけじゃ。それも短時間でじゃ。あまり長く持ってると本当にあの剣に残っとる思念に取り込まれてしまうぞ。まったく、雑な処理をするからあんな思念の残った武器になってしまうのじゃ……」

「はぁ……」


 急にそんなに情報を増やされても全然ついていけない……

 加護? パス? 思念?


「小娘! お前はこやつが一撃であ奴の首を落とせるよう、あ奴の動きを止めい。」

「はっ、はいっ……」

「残っている力をありったけ込めて首から下を氷漬けにでもしてやれ。一瞬でも動きが止まればこやつがどうにかするじゃろ。」


 カリンちゃんがホントに大丈夫なの、みたいな顔で俺の方を見てくる。

 あまり自信はないが、他に手もないし、幼女神様ぬしさまが引き戻してくれるといなら挑む価値は十分にある。

 カリンちゃんに向けて力強く頷く。


「そっか……分かった。じゃあ、アタシも出来ることをする」

「うん、よろし――」

「んっ――」


 目いっぱい背伸びをしたカリンちゃんが俺の首に腕を回し、そのまま口に唇を強く押し当てられる。

 驚きの余り硬直した俺からカリンちゃんがスッと唇を離す。


「ニヒヒ……勝利のおまじないっ。続きはあれを倒してからね~」


 呆然とする俺をよそに、そう言ってカリンちゃんが頬を赤くしながら笑っている。


「オジサンが剣を拾ったらあの牛の動きを止める魔法を撃ち込むから。あとはオジサンの方でうまく合わせてね!」

「小娘に手玉に取られておるの~」

「え、いや。まぁ。そうかもですね……」


 いや、あのタイミングでいきなりキスされるなんて、予想できないでしょ。

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