第3話

――セシリアの思い――


「ど、どうしようかな…。まさかこんな大きな事になっているなんて…」


元いた場所から少し離れたところに身を隠しながら、セシリアは小さな声でそう言葉をつぶやいた。

たった今貴族家たちの間では、彼女の家出を中心とする話題でもちきりになっており、それは彼女が狙ったものでは全くなかった。


「ほんの一瞬だけ家を空けようと思ってただけなんだけれど、なんだかすごいことになっちゃってるよ…」

「セシリア、最初からそこまで分かってたんじゃないのか?」

「そんなまさか……」

「はぁ……」


そんなセシリアの言葉を聞いてため息をつくのは、セシリアの実の兄であるクレール。

彼はこの場所で鍛冶屋を営んでおり、セシリアは当初短い間だけクレールのもとに身を隠し、ガランに対する小さな仕返しをしようと考えたのだった。


「噂に聞くと、ガラン様は君を見失ってかなり焦っているらしい。周囲の貴族からの視線が気になって仕事が手につかず、状態も全く落ち着かないという話だ」

「それは別にいいんですけど…。私が心配なのは、この先私たちが貴族家の皆様からどう思われるかという事です…。お兄様にまでご迷惑をおかけしてしまったら、それこそ申し訳なくって…」

「あぁ、それなら心配ないとも」


クレールは心配そうな表情を浮かべるセシリアの事を軽く手で制すると、そのままそう思った理由を説明しにかかる。


「貴族会議の様子も少し話には聞いたけれど、彼らは完全に君の味方な様子だったとのことだ。元々ガラン様は貴族として少し身に余る行動をとるところがあって、その点は他の貴族たちからも問題視されていたらしい。そんなところで君が婚約者としてはなかなかぶっとんだ行動を起こしたことで、彼を非難するこの上ない建前を作ったことになったんだ。だから、彼らにしてみれば君は正義の告発者とでも言いたげな様子らしい」

「そんな大げさな…。私、ただただ彼の元から家出してきただけですよ?」

「それでも、向こうにはこの上ないほどの焦りを与えたというわけだ。そもそも、最初に挑発的な事を言ってきたのは向こうの方からなんだろう?それなら君が気にすることは全くないじゃないか」

「そういうものですかね?」

「そういうものだとも」


優しい口調でセシリアの言葉に協調してみせるクレール。

それは妹を思う兄の温かい思いからくるものが大きいのであろうが、他の感情も少しあった様子…。


「…お兄様、お兄様もこの状況を面白がってませんか?」

「ギク」

「……」

「……」

「……」

「……」


――貴族会の会話――


「それで、さすがにガランは自らの婚約者が失踪したことを認めたのか?」

「いえ、頑なに認めていません。これ以上否定を続けることなど困難であるというのに、なんとあきらめの悪い…」

「いや、こちらとしてはその方がいいでしょう。簡単に認められて謝られても、話はそれで終わってしまいますからね♪」

「なるほど、確かに。彼が悪あがきをすればするほど、我々は今回のショーを続けて楽しめるというわけですな?」


ガランは今だ必死にセシリアの一件を秘匿し続けていた。

しかし、他の貴族家の元にはすでにその詳細の話が出回っており、むしろ彼らが持つ情報はガランよりも詳しいものであった。

なぜなら、貴族会に所属する一部の貴族がクレールと顔見知りであり、セシリアに関する話をそこから入手していたためである。

逆に言えば、ガランが自分のやってしまったことをすべて素直に貴族会に顔を出して報告していたなら、セシリアとの関係を一番いい形で解決することが叶っており、ここまで事態を大きくすることもなかった。

彼が自分の事を否定すればするほど解決からほど遠くなっていき、さらにそれが他の貴族たちを喜ばせる結果となっていくことほど、皮肉と言えることはなかった。


「セシリア様の居場所は我々でさえ知っているというのに、当のガラン様本人がまだ知らないとは、なんという事か」

「だからこそ家出を否定することに何の意味もないというのに、どうしてその事に気づきもしないのか…。セシリア様が家出をした理由が、なんだかよくわかる気がしますねぇ…。あんな愚かな男の元では、いくら貴族家の夫人になれると言えど心が苦しかったことでしょう」

「それに加えて、ガラン様はかなり態度が大きいとして知られていますからね。むしろ彼女はこれまでよく頑張った方なのではないですか?」


クレールが考えていた通り、貴族会の流れは完全にセシリアに味方していた。

もっとも、それ以前にガランが彼らから嫌われすぎていただけなのかもしれないが…。


「ともかく、これからガラン様の動向が楽しみでなりませんね。この先いったいどのような言い訳の言葉を羅列してくるのか、期待して待っていましょう♪」

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