第32話 「無いものは作ればいい」

「次はこっちだ。我々が使っている調味料を紹介しよう」


 ドミエルは倉庫に並ぶ調味料を見せてくれる。数種類ある、オリーブオイル、ソースのようなもの、そしてとなりには黒い液体がある。


「料理長、この黒いものは?」


「確かめてみるか?」


 ドミエルは小皿を取り、液体を注いで私に手渡してくれる。なつかしい香りがする。小皿に口をつけ、すすってみる。


「おおおお!!!!」


 私はこれに似た旨味うまみを思い出し、声を上げる。


「どうだい?」


「これは! 醤油しょうゆですか?」


 私の回答にドミエルは目を細めて言う。


醤油しょうゆというものは知らんが、『ガルム』という調味料だ」


「ガルム?」


 聞いたことが無い名前だが、味は醤油しょうゆに近い。香りが少し違うが。


「まあいい。気に入ってくれたならそれで結構」


「はい! これはありがたい!」


 ドミエルは次にドロッとした液体を取り、小皿に取る。どうやら蜂蜜はちみつのようだ。私に手渡し、味見させてくれる。甘い香りが興味をそそる。


「うん、いい甘さだよ。思ったより優しい味がする」


 すっきりしていて、知っている味よりはひかえめな甘さである。粘着ねばつきも少なく、いくらでも口に入りそうだ。


「こっちのはどうだ? 味見してくれ」


 私が味わっている間に別のものを用意してくれたようだ。小皿には黒いドロッとした物がっている。いそのいい香りがしてくる。


 一口食べてみると、これもまたなつかしい味だ。


「おおおお!!! これは海苔のり!!!」


「よくわかったな。なかなかの食通しょくつうだな」


「いえいえ。でもこれはなじみのある食べ物なんですよ。これはうすい紙のようなものもありますか?」


 私の質問にドミエルは首をかしげる。


「紙だと? 聞いた事もないなあ」


「そうですか」


 やはりシート状の物は前の世界の日本独特のものか。当たり前のように食べていたので気づかなかった。でも、佃煮つくだにだと思えば、ラッキーなご飯のおともに出会えたな。


 その後ドミエルは、サフラン、しょうが、ナツメグ、シナモン、胡椒こしょう、グローブ、ガーリックなどを味見させてくれた。どれもそのままの味である。そして、粒々つぶつぶのあの素材を出してくる。


「これは、ゴマですか?」


「そうだ。こうばしくて栄養もあるぞ」


 これだけそろっていれば、この世界でも何とかやっていけそうだ。あとは大事なあの調味料か。


「塩と砂糖はありますか?」


「おう! もちろんあるぞ。こっちに来てくれ」


 ドミエルに案内され、私は保管されている場所までやってくる。一つは白いつぶ、もう一つはうす茶色のつぶである。ドミエルが両方を皿に取って渡してくれる。


「よし、味わってみろ」


 私はまず白い方をめてみる。断トツに甘い。これだ!


「こっちが砂糖ですか」


「そうだ。甘さはどんな感じだ?」


「思っていた通りの甘さです」


「それはよかった。もう一つの方も試してみてくれ」


 うす茶色の粒々つぶつぶめる。ちょうどいい辛味からみで、塩本来の味がする。


「これはまた味わい深くていい塩ですね」


 こうして私は砂糖と塩にも出会う事ができた。まあ、人間界にもあったということだろうが。


「これで大体一通りですか?」


「そうだな。まだ少しはあるが、今日はこれからいそがしくなるから無理だ。欲しかったものは見つかったか?」


「そうですね。九割くらいですかね。でも、大満足の結果でした」


「それはよかった。教えた甲斐かいがあったってもんだ」


 私の答えにドミエルが笑う。


「ありがとうございました。次はまた料理についても教えてください」


「そうだな。また来たら教えてやるよ。それと、これからどうするよ?」


 昼時ひるどきまでにはまだ時間がある。私は試したい事をやってみたかった。


「もしよければ、いている場所を借りてもいいですか?」


「おお、構わんよ。小さめの調理場があるから、案内しよう」


 ドミエルが快く応じてくれる。そして案内されたのはちょうどいい広さの調理スペースで、器具とテーブルがそろっている。


「これはいいですね。助かります」


 私はドミエルに会釈えしゃくし、昼まで借りる事にする。


「じゃあ俺はこれで。終わったら誰かに言って帰ってくれていいからな」


「色々とありがとうございました」


 挨拶あいさつし終えると、ドミエルは自分の持ち場に戻っていった。一人になった私は、インベントリからペンとノートを出し、これまで見てきた食材と調味料を記録していく。


 それが終わると、次は無かったものを書き出していく。


「食材はじゃがいも、トマト、大豆、とうもろこし、豆腐、梅干し、納豆なっとう、シート状の海苔のりと……」


 思い出しながらどんどんまとめていく。果物はオレンジ、グレープフルーツ、柿、みかん、マスカット、マンゴー等か。


 調味料は唐辛子とうがらしとカレー粉、マヨネーズなどのドレッシング。まあ料理はほとんどしないし、こんなものでいいか。


 一通り書き出したところで、私はある実験を試みるべく準備する。


「よし、始めるとするか!」


 私はテーブルの上にせた大皿に向けて両手をかざし、目を閉じて意識を集中させる。そして頭の中でひとつのイメージをできるだけ細かく思い浮かべる。どうしても食べたいあの味である。


 一分間ほど集中し、目を開ける。両手から光が集まり、何やらぼんやりと物体が浮かび上がる。


 その物体は皿の上にどさっと落ち、重みと衝撃しょうげきで形をくずす。何とも言えないこうばしいにおいが部屋に満ちる。茶色のドロッとした物は、確かにイメージ通りの物である。


「よし、あとは味だな」


 私はドロッとした物をひとつまみし、口の中に入れる。確かにしっかりしたコクのあるちょうどいい塩加減かげん


「これだわ!! 成功した!!」


 味は少しいかもしれないが、私が出したのはまぎれもない味噌みそである。


「よし、この感覚を忘れず、もう一度出すか」


 私はその後も様々さまざまなものを錬金れんきん術で挑戦し、時間は飛ぶように過ぎていった。貴重きちょうな時間を経験し、部屋を片付けた後、スタッフたちと別れる。昼過ぎには私は食卓へと戻っていた。いよいよ実食だ。

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