葬女の一振り 読み切り版

きめら出力機

第1話 「刺激。或いは、単なるブードゥー」

「皆んな、死ねば良いと思うのよ」

  突拍子も無い彼女の言葉に、僕は狸寝入りを決め込む事にした。手元の小説は30ページもいかない所で止まっている。

「そうすれば、皆んな悩まずに済むし平等よ。……いや、でも無理だね。あの世に皆んな行ってしまえば、また同じ事を繰り返すか……」

「同じ事って?」

僕は1ページも進める事なく、振り向いてしまった。彼女はニヤニヤとした顔で僕の顔を覗く。

またやってしまった。この馬鹿に役目を与えて喜ばせるとは、なんたる失態だ。このまま陽が沈むまで放置しようと思っていたのに。

「えぇ〜……気になる?」

「なんない。勿体ぶるようなら良い。この部屋から出て行ってくれ。僕は忙しいんだ」

「まぁまぁ。そうムキになんないで……なぁに、簡単な事よ。現世とあの世がひっくり返るってだけ。あの世でまたお金作って、そして街を作るのよ」

「ふぅーん……あの世にゃ、お前みたいな奴がゴロゴロ居るんでねぇの?」

 僕はそう口にしながら、彼女が家に来た日を思い出す。あの日は丁度、今日の様に月が大きな夜だった。

あの日の彼女……冥華めいかは、道路を横切るレジ袋みたいにボロっちい形をしていて、ほっとけなかった。

僕が手を差し出すと、携えた大鎌を杖みたいに使って冥華は立ち上がった。そうして、彼女を家に連れ込んだんだ。

勿論、家族には内緒で。もっとも、家族は母を除いて滅多に帰って来ない。夕食だって部屋で食べるから、彼女の存在がバレる恐れも無い。

実際、僕はさっきもそうやって、彼女と一人分の飯を食い合った。まだ腹は少々鳴る。

「確かにね。でも、人間の歴史は侵略の歴史よ。きっと、訪れた人間共は冥界という新たな開拓地に心踊ってしまうわ」

「だから、変な気が起きないよう、アンタらが管理するって?」

「ええ」

「ふぅーん……」

 冥華は僕の家に来ると同時に、秘密を教えてくれた。それは彼女の出自についてである。

彼女は所謂、死神……の見習いの身分で、いつか自分が生き物を裁く立場になった際に、正しく裁けるよう研修する為に、下界に降りてきているのだ。

そのために、彼女は多くの人間の死だとか罪だとか、欲だとかを見届けねばならない。

勿論、その間は下界の一般人としても生きていく必要だってある。

そして、その協力者として白羽の矢が立ったのが僕だ。冥華曰く、僕の性根の腐り方が好みだから……との事だった。

死神が人の性根を語るな、と返してやった事もあったが、彼女はケラケラと笑って「お互い様だ」って言いやがった。

──誰がだ。俺は君と違って人殺しじゃない。

そういう訳で、僕は彼女をなんとなく家に置いておく事になった。勿論、意見が合わないんで、よく追い出してしまっているが。

「あのね、ユーくん(これは僕の名前の事だ。本名は憂一郎。)……」

「……なに?」

 40ページにも指が差し掛かった時、凶子が僕の名を呼んだ。こういう時は大抵、碌でもない事を言う事が多い。

僕の素っ気ない返事に彼女は鼻を鳴らして笑った。「まだ先の話なんだけどね……結構、お金が必要になるんだ」

「はっ……?」

僕は栞も挟まずに本を閉じた。思わず顔を上げるが、そこには何食わぬ顔した凶子が居るだけ。

こいつ、何を考えてるんだ。言ってる意味が分からない。一体、何処の世界に居ると言うのだ。金に困る死神が。

いや待て、そんな疑問よりもまず問い質さねばなるまい。

「金って……なんでそんなのが要るんだ?そもそも幾らだ?」

冥華は答え辛そうにしながら「50万」とボソッと呟いて、訳は聞くなと目で訴えてきた。

「……ば、馬鹿野郎!一体全体、何をやったらそんな金が必要になるんだよ!?どうせ、お前がまたなんかやらかしたんだろ!?僕は知らんぞ、聞かんからな!……だからお前も忘れやがれ!」

「何さ!?こっちだって、ユーくんに媚び諂うなんて酔狂やってのにさ!」

な、なんだと。僕が正しいのは間違いないだろうに、この華奢な女の身体の何処からそんな暴論が出てくる。

冥華は大袈裟に肩を竦めて、意気地なし、と零した。だが、僕の方が正しいんだぞ。例え、嫁だってそんな事を言い出せば、追い出されるんだぞ。

「ユーくん。死神の卵なんて大層な友達を取り逃がしたのは、失敗だったね!」

「あぁ、失敗だったよ!お前を一度でも此処に置いた事はよ!僕の気が変わる前に出ていけ!」

僕が蹴飛ばす様に窓から冥華を突き飛ばすと、冥華はお手製の鎌の上に跨って、こちらへ振り返った。

「べぇー」

 そして、冥華はマヌケ面を晒してゆっくりと去っていく。これで、僕は疫病神とおさらば出来た。いい気味だ。

僕は窓枠に引っ掛けてあるバスタオルを引っ掴んでから、窓を閉める。

 「ふん!」と一声上げて布団の上に寝転がった。

散らかった部屋が目に入るが、今は目に入らない。どうせ、冥華が後で片付ける事になるのだから。

一瞬そんな考えが頭に過ぎったが、直ぐに今しがた冥華を追い出した事を思い出した。

「……ちぇ、居なくなるとまた寂しいモンだな」

もう、飯は一人分丸々頂ける。夜中も人の寝息を気にする事なく過ごせる。「……どれ。あいつがいつ帰ってくるか、賭けてみるかな」

僕はそう呟きながら、不貞寝した。顔の上には光を遮る様にバスタオルを被った。3日、3日持てば良い方だろう。


***


 予想に反して、冥華は何日経っても戻らなかった。「ああ、クソ……。飯を食ったら、学校……そんだら、直ぐ……」

僕は虚ろな目で冷蔵庫を漁る。冥華の不在が原因だとは言えないが、僕の精神は徐々に荒れてきていた。

小説のページは最早、何処まで読んだか分からないし、食事はいつも半分も食えば誰かに渡したくなる。

今まで、気付かないフリをしていたが、僕は孤独らしい。友達を作らないで来たツケが今、押し寄せて来ていた。

「……ケッ、何が50万だよ……」

そう言って、新聞に目を遣ってると、ふと記事に目が止まった。

『交通事故……青年……発見者……身元不明……彼女は青年の知人……青年は足に異常……』

記事を飛ばし飛ばし読みながら、僕は冥華の事を考えた。

彼女は死の間際の人間から死その物や、罪を学ばなくてはならない。だから、彼女はこの青年に付いていたのだ。

そうでなければ、今どき身元不明な人間が彼女の他に居るはずがない。彼女は、罪に悩んでいた青年から何かを学ぼうとしていた。

「50万は……脚の治療費だろうか」

冥華は保険や遺族の金を持ってしても脚が出た部分を補填してやろうとしてたのだろうか。……でも、結局必要無くなっちまったな。

そんな考え事をしながら僕はパンに齧り付いた。


 それから、学校帰りに幾つか路地を回った。雨上がりだったんで、水溜りがそこらじゅうにあって、歩く度に足を突っ込むのに少し苛立った。

40分ぐらい回ったのだろうか。流石の僕も、諦めが心の内を占めて来て、いよいよ諦めて帰ろうとした矢先。

路地の行き止まりにうずくまる人を見つけた。そいつの服は濡れていて、道路を渡り切れず、ボロボロになったレジ袋みたいだった。

「おい」僕は彼女に声を掛けた。「帰るぞ」冥華は何も言わずに身体を起こすと、僕の跡を消す様に歩いた。

「暑くなってきたね。ジメッとしてさ」冥華が汚れを払ってそう言う。

「だな」僕は素っ気なく答えた。


──そういう訳で、彼女はまた部屋の隅でニヤニヤと僕を覗いている。



***

 20XX年 6月2日 活動報告 (冥華)


大鎌:一度使用(残り59回)。 使途:木村聖斗をあの世へ送る為。


 木村聖斗は近くの大学に通う青年でした。彼は過去の事故の後遺症で、脚に異常を持ってしまいました。

彼の家族は貧しいながらもそれを治す為に手を尽くしましたが、それでも足りない部分が出た様です。

彼は以前、私の前で「母に申し訳ない。僕が居なければ、こんな思いをさせずに済むのに」と言っておりました。

なので、私はお見舞いついでに「君は罪深いの?」と聞いてみました。彼は「ああ」と答えました。

「人を悩ませ、どうすることも出来ない。これは罪だ」とも言っていました。

私には人間の感性がよく分かんないので、人に難題を押し付けることがどの程度の罪かは分かりませんがそこそこ重いようです。

私は彼に罪悪感が、一体どの様に罪深いのかを聞こうとしました。彼は「治ってみないと、今の現状を客観視出来ないよ」と答えました。

お陰で、私は方々に頼み込んでアルバイトをする羽目になりました。日本は戸籍が無いと、アルバイトが出来ないので苦労しましたよ。

結局、取り敢えずある分を渡そうとした時、彼は今度こそ事故で死んでしまいました。

病院に来る私を迎えに行こうとして。慢心でしょうね。そういう訳で、痛みを和らげてやろうとして、鎌を振るいました。

私個人の肌感として、彼はそれ程罪深い無いような気がします。でも、苦しめはしたそうなので、そこは考慮しておいてください。

それと、どんな罰を背負う事になってもあの世ではしっかり2本の脚で歩けるようにするのを忘れないであげてください。


追記 残ったバイト代はユーくん(下界の寄生先です)と一緒に焼肉に行くので使いました。後は服にでも使います。

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