(29)そうも、いかないじゃない
「まさか、破壊してしまうとは」
「型落ちの機械人形さ。昔みたいに恐れることはない」
言ってくれます。
シスターが雪月の刀を明後日の方向に放り投げました。杜撰な扱いが気にならないわけではありませんが、作戦上仕方ありません。いい位置に放り投げたことだけは評価します。それ以外はクソです。
作戦はこうです。
まず、雪月がシスターに倒される動画をでっち上げます。苦肉の策です。真実とはほど遠い顛末です。雪月がこんな老いぼれに遅れをとるわけがありません。逆のパターンも考えましたが、作戦上の配役はこれがベストでした。仕方ありません。創作ドラマとはいえ、唾棄すべき展開です。やはり逆にするべきでした。
そもそも一時でも、偽りとはいえ、あの老人に勝利の愉悦を味わわせること自体がこの話はもう止めましょう。終わりません。
その後、動画の中のシスターはカナタを拘束し、監禁しておしまいです。
そして完成した、シナリオ以外は100点満点の力作をカメラに流し込みます。カメラはその動画を実際の映像と認識し、改ざん者——十中八九連合ですし、そうでした——に送信します。一応、物証としてシスターに刀を預け、取引場所に向かわせるという流れです。
連合が指定した取引場所には、司令室にいた穏健派のメンバーにマイとチャム、そしてキュウが縛られた状態で座らされていました。
「あんたらの目的はあの小娘だろう? 取引と行こうじゃないか。こっちは、身内を解放してもらって、ついでに私たちから手を引いてもらうだけでいい」
「そうはいかない」
向こうの司令官が言いました。
ほかにも何人かの人間がいますが、今口を開いた男が一番偉そうです。どれくらい偉そうかというと、白のロングコートに身を包んで、頭髪はポマードでしっかり後ろに流しています。戦場で小綺麗な格好をしている人間は、ドのつく世間知らずか偉いかのどちらかです。
汚れることを知らないか、それとも汚れるつもりが一切ないか。
「我々も機械人形を5体、失っている。廃屋で休んでいたら、エアシップが突っ込んできたという。調べてみると、名義は君たちだ」
機械人形の数なんて普段は気にもしないくせに。それよりも、エアシップの解析は予防策を打っていたはずですが……機能停止した機体を調べられたのでしょうか。型番などから検索されれば、雪月には手の施しようがありません。
「知らないね。あの時代遅れの機械人形がやったんじゃないのかい?」
いないからって言いたい放題です。作戦が終わったら文句を言ってやるつもりです。
「被害は被害だ。相応の補償はもらう。そうだな……この子供2人でいいだろう」
「マイ、チャム!」
キュウが叫びました。傍のカナタが、縋るような目でこちらを見上げてきます。わかっています。でも、もう少しだけ、離してもらわないと流石に間に合いません。
シスター!
「そんな子供、どうするつもりだい」
「労働力はいくらあっても足りないからな」
「代わりにこの老ぼれはどうだい。まだ、腕は錆びていないつもりだよ」
「雇ってすぐ死なれたのでは、投資が無駄になる。身を弁えろ、ババア」
シスターが銃を抜きました。間髪おかず機械人形たちが反応し、シスターに向けて反応します。銃声が交差しました。マイとチャムが声にならない悲鳴をあげます。
シスターが倒れました。
「まともに狙えもしないじゃないか」
「……当たった、さ」
司令官の男の足元に滑り込む人影がありました。キュウです。縛られた体のまま、マイとチャムの壁になるよう司令官との間に割り込み、そのまま2人を突き飛ばしました。
シスターの狙いは最初から、キュウたちに銃口を向ける機械人形でした。頭部を撃ち抜かれた機械人形は一瞬体勢を崩し、その隙をついてキュウが動いたのです。
直前までシスターを狙っていた機械人形は、角度が悪く照準が間に合いませんでした。
それでもすでに、銃口はキュウやマイとチャムに合わせられようとしています。
十分です。グッジョブです、人間ども。
ビルの屋上から、外壁を駆け降ります。索敵範囲内に入っても、すでにトップスピードです。判断を下す暇さえ与えません。
地面寸前で壁を蹴り、刀を拾ってマイとチャム、キュウを背後に隠す位置に降り立ちました。本当、いい位置に投げてくれたものです。
「「お姉ちゃん!」」
マイとチャムの声が重なって聞こえました。
司令官の男が、にやりと笑います。
「三文芝居だな」
「当たり前でしょう」
して、シスターの分も、雪月が働かなくてはなりません。具体的には人質の保護ですが、正直単独では荷が重いところです。
ですが、やれないことはありません。とりあえず、機械人形がこちらに意識を向けざるを得なくします。司令官の男を狙い続ければ、雇用主の命最優先と刻み込まれたプログラムがそうさせるはずです。
人質を撃って気を逸らす、なんてことできないくらいの猛攻をすればいいだけです。雪月は護衛用ですが、それくらいはできます。
マイとチャムの壁になる位置どりは崩さず、男に斬り込みます。機械人形たちの攻撃対象が雪月に移ります。斬り込みはブラフです。このまま刀を、人質に近いところの機械人形に投げて乗っ取ります。
そのような戦闘予測でした。
突然、機械人形たちの動きが止まりました。いいえ、向こうだけではありません。雪月も、何かに抑えつけられるように、全く身動きがとれません。
これは。
「言ったろう、三文芝居と。貴様が来ることを予想していないとでも?」
首元で止まった切先を、男が摘みました。
また、マイとチャムの呼ぶ声が聞こえました。今度はさっきより、遠くに感じます。
してやられたようです。全部、全部見抜かれて、それで泳がされていました。
そうです。対象を泳がすのは向こうの得意技でした。それになにより、何度目ですか! 雪月の知らない技術を向こうは持っているはず。それをなぜ計算から外してしまうのか。機械人形だけを封じ込める夢のトラップだって、きっとあるでしょう。
認めます。雪月はポンコツです。
男は勝ち誇るでもなく、冷徹に雪月を見下ろしています。先ほど、一瞬見せた笑みには見覚えがありました。好敵手を目前にした狩人の目です。取り繕っているようですが、こいつも戦闘狂であるに違いありません。
値踏みされるような視線に、嫌気がさします。
こんなにも屈辱的な扱いを受けているわけですが、それでもカナタだけは守り通すつもりでした。
捕虜になるつもりはありません。リブートだって許しません。幸い、封じられているのは動きのみ。演算機能も、緊急用の自爆システムも健在です。
雪月の最優先は現状、仮とはいえ雇用主たるカナタです。穏健派には申し訳ないですが、差し違えてでもここで連合を止めてみせます。
……心が傷まないわけではありません。現にまだ、他の手段を必死に探しています。演算機はフル稼働です。でも、打つ手が見当たりません。
雪月を抑えつけているの強力な磁力のようでした。下方向に引きつけられる力を感じます。地面に埋め込んでいるのでしょうか。対象の指向性がなくて、よかったと思います。向こうの機械人形もぴったり貼り付けにされていますから。これで雪月だけが標本にされていたとしたら……事態はもっと最悪です。そうでなくても、最低です。
「そのうち、機械人形は無用の長物となる。この装置は手始めだ。今はまだ過去の栄光の搾かすで重宝されているのだろうが、我々世界連合は2度同じ過ちが起こるのを許さない」
「御せられる物だけ手元に置いておけば安心と? 結局、人間が考えることはそこ止まりなのですね」
「混乱が世界に何を生んだ?」
「支配は世界に何も生みません」
「機械が一端の口を効く」
もちろん、お嬢の受け売りですが、お嬢の言葉は雪月の言葉も同意です。一心同体ですから。
男が鼻で笑いました。
「機械と言葉を交わすほど不毛なことはない。どうせ、あの小娘も近くで見ているのだろう……さて、何人殺せば出てくるかな」
時間はあまり残されていないようです。
地面に引きつけられているだけなので、力を抜けば地面に突っ伏すことはできそうです。そこから身動きが取れるかはわかりません。横移動は、今のところ無理です。上は言わずもがな。平伏させようとする引力に必死で抗っているかたちです。
幹線道路は厚いコンクリートでできていて、さらにその下は地下へ続く空洞となっています。地面に直接敷かれているわけではないのです。とはいえ、厚みは相当な物ですから、裏側に磁力発生装置を貼り付けているとは考えにくいです。きっと地面の浅いところに埋められているはず。であれば、コンクリートをちょっとでもくりぬけば、磁力から解放される? そんな芸当、フルスペックでもできません。
せめて道路が破壊できれば。こんなことならアグリーも連れてくるのでした。
倒れたキュウに向け、離れてくださいと秘密裏にメッセージを送っていますが、どうも磁場の影響で通信が阻害されているようです。
……本格的に万策尽きました。
あとはもう、カナタが罪の意識に苛まれないよう、祈るばかりです。
あの子には無理でしょうけど。
マイとチャムにも謝らないと。キュウは、雪月に隠し事をしていたので、少ししたら謝ります。シスターとの約束はまた違えてしまいました。穏健派のみなさんは……とくに関わりはありませんが、それでも、意味もなく命を奪われる謂れはないでしょう。
お嬢には、最後まで会えませんでしたか。
雪月が一人ぼっちになってからのこれまでに、そうしたら、なんの意味もなかったのかもしれません。無為でした。
カナタと出会ってからは、ええ、楽しかったですよ。雪月比でほんのすこしだけですけど。
自爆シークエンスに着手しようとしたところで、視覚センサーがそれをとらえました。
だめです。雪月の意味が、本当になくなります。いいえ、それはもはやどうでもいいことです。だからどうか、それだけは。
「来てはだめです!」
「そうも、いかないじゃない」
男がまた、あの笑みを浮かべました。視線の先に、酷く震えたカナタが立っています。
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