(25)次会うときは、敵同士だね

『今のすっごい音、なに⁉』

『有終の美です』


 カナタだけでなく、キュウからも絶え間なくメッセージが来ていますが、とりあえず無視します。

 

 いささか、悲しい気分です。


 どうしてか、雪月のデータにはお嬢との別れの瞬間が記録されていません。見つからないのです。探しても、探しても、お嬢が雪月をなぜ置いていったのか、その理由がわかりません。


 不安です。用無しになったのかもしれませんし、思ったよりも役立たずだったのかもしれませんし、なにかほかの理由かもしれません。


 ただ。


 お別れは悲しいものですが、それを忘れるのはもっと、悲しいことです。


 エアシップとの記録は、最重要フォルダに大切に保存することにしました。先ほど見た光景を、雪月は忘れません。いつかお嬢にも見せたいと思います。


 地図上の信号が一斉に動き出しました。混乱しているようです。あとは大詰めです。切り替えていきましょう。


 フィールド&キャッスルのほうは……芳しくありませんね。hig@saが思いの外、頑張りすぎて、押し返し始めています。


『ねぇ、私たちも攻撃に参加する?』


 カナタが不安そうに言いました。


『出ていって、何ができるのですか。軽くあしらわれるだけですよ』


 それに、hig@saからの信頼を捨てるのはまだ早いでしょう。ここで味方を失えば、本当の本当に万事窮すです。


 とはいえ、放っておいてもジリ貧なことには違いありません。hig@saが勝利してしまった暁には、大人しく嫁に入るか、真実を告げ逆上され報復されるか。尻尾を巻いてドロン、というわけにはいかないでしょう。


『結婚式の準備でもしておきましょうか』

『諦めないでよ! ……ねぇ、援軍を呼べたりしないかしら』

『ほかのどこに雪月たちの味方がいるのですか?』


 いるのは盲信的で残念な狂信者のみです。


『ほら、バーのマスターとか』


 なるほど。盲信的で残念なフィールド&キャッスルの狂信者がいましたか。


 さきほどから他人の手を借りっぱなしな気がしますが、この際使えるものは使いましょう。


 "首なし"に通信を試みました。先の初期化作業の折に、通信チャネルを開いてあります。少しして、首なしが応答しました。


『はい、こちらウエストサイドカフェ』

『そんな名前だっけ』

『便宜上。なんとでもよんで。西の潰れかけコーヒー店でもいい。どうせ誰も来ない。私も錆びていく。要件は? それとも、首から上のない機械人形にはお願いする用もない?』


 こんな卑屈なキャラでしたっけ? 初期化の仕方が良くなかったのかもしれません。少々やりづらさを感じます。


『マスターにお願いがあるの。今から送る座標に、ユニットを派遣して』

『了解。頭を下げてみる……ないけど』


 無性に腹が立ちますね。雪月への当てつけとしか思えません。仕方ないでしょうに。以前は敵同士だったのですから。


 カナタから通信が入ります。


『なんか、すごい勢いでユニットが向かってきてるけど……』


 ユニットの練度は移動速度にも影響します。どこにいたのか知りませんが、今の今で視認できる距離にまで近づいてくるとか、どれだけやりこんでるんですかあの老人は。


 怒涛の勢いで進軍するマスターのユニットは、ほかの比ではありません。少なくとも、周囲の3倍の速度は出ています。


 異変に気付いたのか、hig@saが防衛ユニットの1つを接近する部隊の方に回します。その間にもマスターの部隊はどんどん近づいてきて、迎撃にあたろうとしたhig@saユニットを瞬く間に蹴散らしました。さらに進行を続け、砦に張り付きます。


 メッセージが届きました。マスターからです。


『普段は同盟組まないんだが、馴染みの頼みだ。一回きりだぜ。まあでもお前らがこれからもフィールド&キャッスルを続けるってんなら、たまには付き合ってもいい。いいか、この世界で一番偉いのは、フィールド&キャッスルの土地をたくさん持っているやつなんだ。このゲームは最高だぜ? こんな老ぼれでも王様になれる。俺は初期ユーザーだからな! そうだ、アイテムやろうか?』


 なんだか早口で、ハイテンションです。好きなゲームをやってもらえるのは、そんなにうれしいのでしょうか? 確かに、しょっちゅうプレイしろプレイしろと圧を受けていましたが。雪月は機械人形です。そもそも参加権がないんですよ、ご老人。


『土地をください』

『ふざけんじゃねえ馬鹿野郎。土地は自分で手に入れやがれ』

『首なし君は元気ですか?』

『手伝ってやれと言われたよ。殴られそうになった』


 おや。


 意外と協力的ですね。あとが怖いですが。 


『というか、お前さん雪月か?』

『なんのことでしょうか?』


『ねぇ! 今!』


 画面では、砦の最終防衛ラインが突破されようとしていました。


 自ユニットを3つ出撃させました。防衛にあたっていたhig@saのユニットが蹂躙されています。先頭はマスターです。雪月たち含め、全ユニットが砦に侵入しました。最奥を守るhig@saのもとへ進攻します。


 ほかのユニットから攻撃を受けそうになりますが、すでに砦攻略で疲弊した者たちばかり。2ユニットを盾にすれば、なんとか凌そうです。足止めにもなります。


 理想は他ユニットと同時の着弾。周りの敵がhig@saの最後のユニットを倒して最奥が空白になった瞬間、砦を掠め取ります。まるでハイエナです。タイミング勝負でもあります。ここでほかの敵に手柄を取られたら、雪月たちは手柄を奪う側ですが、おしまいです。


 hig@saの最後のユニットが射程圏内に入りました。


『雪月!』


 カナタです。見ると、盾にしていた2ユニットが戦闘不能になっています。


『初心者だからって舐めやがって』

『次はお前の砦だ』

『復活してもその度に叩き潰してやる』

『ゲームやめろ』

『引退しろ』


 公開チャットでは嵐が如く、カナタへの罵倒が叩きつけられています。怒涛の勢いで流れていってしまうので、さらに投稿が続いて、それも流れて。収拾がつきません。


『嬢ちゃんたち、敵同士じゃなかったのか? なんでそいつを庇ってんだ』


 個人チャットでマスターが聞いてきます。カナタが答えました。


『敵だけど、事情があるのよ、いろいろ』

『したらなにかい、俺はここらの敵を殲滅すればいいのか?』


 どうしてこの人はこのゲームだとバーサーカー染みているのでしょうか。


 そのときでした。カナタのユニットの前に歩み出る影が一つ。


 hig@saの最後の防衛ユニットです。


 hig@saからメッセージが届きます。開きました。


『君は……いや、わかっていたんだ。最初から。こんな僕が王子様になれるわけないって。君はプリンセスではなく、毒林檎のほう。でもいいんだ。一時でも甘い夢を見れたなら』


 この世の終わりみたいな語りですが、なんのことはありません。砦を1つ失うだけで大袈裟です。


『次会うときは、敵同士だね』

『ねぇ、hig@saさん』カナタがチャットに割り込んできました。『ごめんなさい。それと、こんな私を信じてくれてありがとうございました』


  hig@saからの返事はなく、マスターたちに向かっていきました。代わりにカナタが、砦の最奥につきます。


 データが更新されました。砦の所有者が書き換えられ、カナタのものとなりました。


『さっさと老婆に渡さないと、また取られちゃいますよ』

『情緒が、あるでしょう!』


 言っているそばから、hig@saのユニットは戦闘不能にされ、他ユニットが迫ってきます。


『あぁ、もう! おばあちゃん、はい!』


 再び砦のデータが書き換えられます。次の瞬間、砦に別ユニットが現れました。


『確かにいただいたよ』


 そこでログアウトしました。老婆とマスターのメロドラマが始まりそうな気がしたからです。興味ありません。


 あとはこちらの番です。

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