だから機械人形は捨てられた

日笠しょう

九龍に眠る月

(1)この体が壊れるまで

 つまるところ、人間社会は最後まで立っていた奴の勝ち、なのです。


 権力闘争、跡目争い、政治戦争。いかに権謀術数を蔓延らせても、結局眼前に拳を突き出して、相手を地に伏せられれば無理が通る。


 お嬢もそうやって地位と財を築いてきた喧嘩バカもとい武闘派の筆頭です。まぁ、自分が相手にやったことは当然、相手も自分に行えるわけで。


 雪月たちがいま7体の機械人形オートマタに囲まれているのはそういうわけです。行きつけのコーヒースタンドで午後のお茶会を楽しんでいる最中だったので、お嬢は大変ご立腹のご様子。アンティーク調で揃えられた上品な店内は、いまや大乱闘のお祭り騒ぎです。


「吐けやボケカス! てめぇの雇い主はどこのどいつだっ!」


 機械人形が2体、新たに宙を舞いました。お嬢の仕業です。嬉々として機械人形につかみかかり、片っ端から投げ飛ばしています。合気というやつです。お嬢はおじいさんから日々教わっているのです。最近、護衛としての矜持を失いそうになります。


 機械人形たちからの銃撃、打撃を刀でいなしつつ、秘匿チャットでお嬢に話しかけました。


「だからやめようと言ったのに。ただでさえ敵が多いんだから、ルーチンなんて作るほうが馬鹿でしょう」


 いつもの時間、いつものお店。敵からしたら鴨がネギ背負って、なんなら鍋も持参して現れたようなものです。eat me。アリスのクッキーと同じです。


 食べるな危険、も同じことですが。


「なんで私が、私を殺そうとする奴の都合で動かなきゃいけないのかしら。あなた、そのための護衛機械人形でしょ?」


 雪月を包囲していた5体のうち、1体が標的をお嬢に移しました。間髪なかった猛攻がコンマ3秒止みました。


 お嬢の視界カメラ、部屋の監視カメラ、そして雪月のメインカメラと背面サブカメラの映像から周囲の状況を再判定。同時に店内の防犯システムを乗っ取り、機械人形の主人を捜索します。


 雪月を含め、機械人形は例外なく主人の存在が必要です。主なき機械人形は機能の大半がセーブされ、最後の命令をシンプルにこなし続けるか、壊れ朽ち果てるのを待つのみ。だから、捨てられた機械人形は悲惨です。目的もなく、自壊も許されず、無為に時間を過ごすこととなります。


 相手に仕掛けていたハッキングも芳しくありません。そもそも、機械人形は外部からの乗っ取りを防ぐため、可能な限りスタンドアローン状態を保ちます。作戦中はとくにそう。付け入る先はなかなかありません。


 それでも絶えずハッキングを続けているのは、網を張るため。


 機械人形が陣形を組み直すまでの間に、一つの回線を除いて周囲の通信システムにジャミングを仕掛けました。外部と通信するには有線で繋ぐか、あえて生かしている回線を使うか、近距離なら無線でP2P通信するかです。


 抜けた1体はお嬢に飛びかかろうとしています。お嬢は先に投げた2体にとどめを刺そうと薙刀を構えており、背後にまで注意を払えていません。


 そこでようやく、戦闘予測が間に合いました。雪月を包囲する全機械人形を任意の攻撃に誘導、あるいは阻止し、2.5秒後には制圧可能です。


「お嬢!」


 叫びながら刀を鞘に納め、殴りかかろうとしてきた1体の足を払います。5体がかりでやっと雪月を足止めできていたのです。1体減ったら、止まりませんよ。


 体制を崩した機械人形の胸に飛び乗り、そのまま宙へ飛び上がります。体を捻りながら刀を思い切り振り、お嬢に迫る機械人形の背中を目掛けて鞘を飛ばしました。


 雪月の鞘が機械人形の胴体を貫いた瞬間、彼の頭部が吹き飛びました。


 雪月ではありません。お嬢が振り向きもせずに、機械人形の首から上を切り飛ばしたのです。


 お嬢との付き合いは決して短くないですが、人間の第六感にはいまだに驚かされます。驚くというか、呆れます。


 監視カメラ越しに、お嬢の顔を覗き見ました。とはいえ、どんな顔をしているかなんて、見なくてもわかっていました。


 自分の思い通りにことが進んで、自信たっぷりに笑う顔。迷いも憂もなくただ前を見ている顔。それは雪月が愛してやまない顔です。


 機械人形の1体が通信し始めたのを補足しました。


 アラートが聞こえて、記録の再生をそこで止めました。


 雪月が鞘を無くしたときのお話です。あのあと、旦那様にはこっぴどく怒られました。


【>>>REBOOT】


 次に目覚めたのは、最後のシャットダウンから4764時間後でした。半年ほど引きこもっていたことになります。


 もう少しこの、薄暗くて、物静かで、湿度もほどほどで、何より電波が遮断されている快適なこの部屋で惰眠を貪りたいところですが、自己保存プログラムが起動を推奨しています。


 いい加減動かないと錆びて死ぬ、ということです。


 プログラムが警告を発する閾値は可能な限り下げていますが、それが鳴っているのでよっぽどなのでしょう。気持ち的には無視してこのまま消えてなくなりたいところですが、自己保存プログラムだけは唯一にして、絶対。


 それもこれも、全部お嬢のせいです。


 自己診断を実行しながら、電波の入る区画まで移動します。雪月が(終いの)寝床と定めたのは廃墟群のなかでも群を抜いて古い高層ビルで、かろうじて壁も屋根も崩れていない地上40階を使わせてもらっています。2階上がると屋上で、古いアンテナに直接アクセスすれば一時的に通信が復旧します。それ以外の階層は、20階から41階まで圏外。実に快適。孤独はいいものです……嘘じゃありません。


 屋上にあがり、アンテナと有線接続しました。半年分のニュースがディレクトリに流れ込んできます。


 ミューズ社が復活したとか、意思を継ぐ子会社が新製品を発表したとか、そういう類の嬉しいニュースは一切ありません。残念です。あそこの家電は機能美に溢れていて、もはや芸術でした。


 あとはどこどこが戦争を始めたとか、一つの国がなくなったとか、たわいもない報道ばかり。それらを流し読みしながら、眼下に広がる風景を楽しみました。


 無限に広がる大海原。ズームしても捉えきれないほど遥か遠くで、海と空の青が混ざり合っています。照りつける日光と海から吹き荒ぶ潮風が、表皮をちりちり痛めつけます。


 真下には崩れ落ちたプラントの残骸が海面から頭をのぞかせています。そりゃそうです。こんなに居住区を作るわけありません。いつ崩れ落ちるかわかりません。眠っているうちに崩れ落ちてくれれば自己保存プログラムの隙をつけるのに、と期待はしています。


 今いる場所は、かつて海洋プラントの外端部と中心部のちょうど中間地点に位置していました。今は崩落で、ここが端っことなっています。


 振り返れば、このビルと同じくらいの高さの建造物が鬱蒼と建ち並んでおり、さらにその先には行政区や実験区など、プラントの主要施設が集まっていました。


 そうです。過去形です。今はほとんどもぬけの殻で、多くの人がその手前のビル群で暮らしています。ここに住む者たちは親しみを込めて、この場所を『九龍クーロン』と呼んでいます。


 海に囲まれ、本土と隔絶された、はぐれものたちの隠れ家。


 この地で雪月は、この体が壊れるまで、お嬢を待っています。雪月をこっぴどく振って、この地に捨てていったお嬢のことを。

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だから機械人形は捨てられた 日笠しょう @higasa_akira

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