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  • 第2話への応援コメント

    こんにちわ。

    トルストイは晩年親鸞の歎異抄に感銘を受けたというような話を聞いたことがあるのですが
    本当なのでしょうか🤔

    作者からの返信

    コメントをありがとうございます。トルストイが、自伝的著作の中で、仏陀について書いていることは知られていますが、歎異抄を読んでいたかどうかはわかりません。当時はまだロシア語に翻訳されていなかったので、読んでいなかった可能性が大かと思います。

  • 第2話への応援コメント

    周囲何メートルの世界の半径が重なりあったら広がるはずなんですけどね。そうはならないんですよね。
    せめて創作の世界だけでも、ひとつの美しい答えとして残って欲しいと思います。

    作者からの返信

    本当にそうですよね。ああいう小説を書いたトルストイ自身でさえ、奥さんとのごたごたなどのため、82歳でひとり家出をし、11月の寒い鉄道駅で亡くなりました。でも、「ラスト・ラテーション」という映画では、娘が一緒ですし、奥さんも駅に迎えに来ます。それに記者達も、たくさん。驚きました。

  • 第1話への応援コメント

    今回も色々考えさせられそうですね。
    ところで聖ミシェルが倒しているドラゴンはもう一人の自分だと聞いたことがあるんですが、本当でしょうか?自分の中の悪を自分で制すということだそうですが……ご存知だったら教えてください。

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。
    聖ミシェルのもうひとりがドラゴンだという話は、私は聞いたことがありませんが、人間の中の善と悪ということで、そういう考え方もあるのだと思います。ところで、今、悪っばっかりの人がいますよね。あのオレンジ色の顔の政治家。誠実さも、羞恥心も、持ち合わせていない人。

  • 第2話への応援コメント

    今回も面白く拝読しました。類稀なエッセイストの才があると拝察いたします。また、誤字脱字の散見されるのも、勢いのまま、心のままに、素直な文章を書かれているゆえのことと存じ、微笑ましい感じを受けました。

    作者からの返信

    おやさしいコメントありがとうございます。たとえば、草野球なら、ボールを打ったとたんに駆け出し、靴を脱げても、気にしない。で、ベースを踏み忘れてアウト、という感じです。最近はこれでも気をつけているつもりなのですが、やっちゃいます(汗)

  • 第2話への応援コメント

    「助けたり、助けられたりして生きている」に違和感を感じるのは、性善説に偏ったた考えだからですかね。
    人に限らずにいえば、生きることは本能に従っているだけの気がします。「どのようにして」の解釈が、手段なのか理屈なのかを明確にしていないところが聖書らしい部分でもありますが。

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。信仰をおもちの方は、「人は神の慈悲と愛で生かされている」という答えには納得されると思いますが、そうでない私などは、トルストイさん、宗教に逃げないで、もっとがっつりと答えてくださいという感じです(笑)

  • 第2話への応援コメント

    「ただ生きているだけ」で十分素晴らしいと思います。(個人的には、「ために生きる」人生よりも、「こだわり」がない分だけ、「人として自然」であるように感じられて好きです。)

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。「無名の人」って、初めてみた時から、とてもよいペンネームだと思っています。無名で、自然に、自由に生きるのが理想です。