第32話 奇跡と奇術
異邦の魔法少女と接触したその日の夜にブロンドさんに報告すると、何もして来ないなら静観する、という判断が下った。
それから数日、学生として勉強しつつ魔法少女としての訓練をし、ストリートマジックを披露しながら夜の見回りをして過ごす。ナイトメアが発生した際は、時には一人で、時には仲間と一緒に戦って倒した。
そんなある日、小雨が降る昼休みに購買で買って来たチキン南蛮弁当を教室で食べつつ、少女たちの会話を聞いていると、カエデが「あっ、そういえば」と思い出したようにスマホを弄りながら言った。
「この前街で、シスターが元気になるパンとぶどうジュースを無料で配布していたらしいよ。ほらこれ」
スマホを魔法少女である俺たちに見せて来る。そこにはショート動画が映されており、近くの公園でカエサルら三人が列を作る人たちにパンとぶどうジュースをせっせと配る様子があった。
「なにこれ?」
「ミシロも食べたい!」
マイカは疑問を抱き、ミシロは食欲をそそられたらしい。
「セシリア、これは何をやってる?」
「単なる施しデスので、そう警戒しなくて大丈夫デスよ。聖女が作りしパンとぶどうジュースは、その人の肉となり血となり、活力を与えてくれます」
「要するに魔法少女が魔法を付与した食べ物よね」
マイカが俺の思ったことを言ってくれる。
でもまだ聞いておくことがある。
「これは『魔法少女に関する国際条約』は大丈夫なのか?」
「大丈夫デス。お金をもらっていませんし、神の恩寵を分け与えているだけデスから。それに、許可は取っていると思いますよ」
「ならいい」
ただの布教の一環なら、信仰の自由が認められている日本で止める理由は無い。国に害を及ぼしたり、別の目的があるならその限りではないが……。
どちらにせよ判断出来る立場でないので、放課後に体育館でバリアの訓練中にブロンドさんに報告した。
「――ということなんですけど、どうします?」
「どうもしない。私たちはこの街を守り、来るべき時に備えて強くなるだけだ。あっちから調査の協力や情報共有をして来ない以上、下手に関わると面倒になる。フンッ!」
ちょっと魔力を込めたブロンドさんの拳一発で、俺が展開していたバリアが砕けた。
「まだまだ脆いな。もっと魔力を収束させて、表面は堅固に、内側は粘り気を持たせて崩れにくくするんだ」
「やってるんですけどね」
「分かっている。もっと上手く教えられればいいが、魔法少女の技術は感覚によるところが大きくて言語化が難しい。もしかしたら私の教え方が君に合っていない可能性もある」
「そうですか」
「……一度、教わる相手を変えてみるのもいいかもしれない」
「まぁ、その辺は任せます」
「分かった。今はこの訓練を続けようか」
バリアの訓練を続けるがやはり上手くいかない。ほんの少しずつ向上はしているらしいが、一定以上の強さのナイトメアや魔法少女が相手ではガラス同然だ。
夕方になり、ナイトメアの発生率が高くなる時間に突入する。
魔法少女にとっては街を見回って発生する直前の気配を察知し、出待ちして被害を抑える仕事の時間だ。リリスの脅威は今の所無いだろうが、前回の予想以上に早い奇襲を踏まえ、油断せず、敢えて隙を晒して相手が姿を見せるのを誘うという危険な作戦で単独行動は許されており、俺は見回りついでにストリートパフォーマンスが可能な場所にやって来た。
「ん? 魔力の気配?」
魔力の探知はしていなかったから今まで気づかなかったが、どうやら魔法少女の先客がいるっぽい。
小雨の降る中で立ち止まっている人が多く、何故か綺麗に列が出来ている。
気になったのでその場で変身して魔法少女衣装に着替え、ハットとステッキを装備し、パフォーマンスを兼ねて壁を垂直に歩いて近づいた。
カエサル?
パフォーマンスする場所に修道服を着たカエサルが一人でいた。雨避けに張った布の下で椅子に座らせたお婆さんの背後から魔法を掛けており、たった今終わったところだった。
「よし。どうだおば様」
「ありがとう。体が軽くなったわ」
「それは良かった。次の方、どうぞ」
次はお爺さんが座り、また同じように魔法を掛け始めた。
「やぁカエサル」
と気さくに声を掛けてみるとカエサルが俺を一瞥し、正面に座るお爺さんに向き直りつつ口を開いた。
「ネロか。どうしたこんなところで?」
「それはこっちのセリフ。何をやってる?」
「見ての通り、人々の体を癒している」
「神の信徒としての務めで?」
「いや、これは私の意思だ」
「……そう」
どういうこと?
個人の意思でも、信徒なら信徒としてーとかなんとか言うだろうけど……今気付いたけど、カエサルってローマ帝国の礎を築いた偉人の名前じゃん。あとローマってキリスト教を迫害してたな。
なんで信徒やってんの??
訳が分からなくて首を傾げてしまう。
だがすぐに考えるのを止めた。深入りするとめんどくさそうだし、今は周りに人がいてカエサルと俺に視線が集中している。マジックをするなら絶好の好機であり、順番待ちしている人たちを楽しませて暇を潰させるのに丁度いい。
壁から降りてカエサルの横に立つと、今日はちょっと趣向を変えた挨拶をすることにし、魔法少女衣装のフィッシュテールスカートの裾を摘まんで広げ、片足を少し後ろに下げ、膝を軽く曲げてカーテシーをして見せた。
「癒しの為にお集りの皆様方、ごきげんよう。奇術師魔法少女の皇ネロです。小雨の降る中で順番待ちは体も心も辛いでしょう。少しでも気持ちが晴れてくれることを願い、是非、私のショーをご覧ください」
ハットを手に取って中を上に向ける。
「実は私、さっきから頭が熱かったんですよ。ほら、御覧の通り中で燃えてまして」
ハットの中から炎を出す。このハットは魔法でしっかりと耐久強化しているので燃えはしない。
カエサルや観客の邪魔にならない位置にハットを置いて焚火代わりにする。
「ステッキも邪魔かな」
ステッキの両端を挟むように持ち、手の幅を素早く縮めて消した。
「これでよし。ん?」
視線をハットにやる。いつの間にか炎の中からステッキがにょきっと生えていた。
「おやステッキが生えてしまった。えいっ」
火傷しないよう叩いてステッキをハットの中に押し込むと、今度はスカートの中からステッキが地面に落ちた。
「これは失礼。ハットとスカートの中が繋がっていたみたいだ。このステッキめ!」
叱責するようにステッキを膝で折ろうとするが、ゴムのようにぐにょんと曲がって元通り。
「え?」
首を傾げて見せる。手で曲げてみればぐにょ~んと曲がり、離すとびよんと勢いよく元に戻る。
試しに伸ばしてみると、伸びたまま戻らない。
伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして……とても長いステッキになった。
拍手とかはないが、皆俺のショーに釘付けだ。
「うーん、仕方ない。食べてしまおう」
ステッキを持ち上げ、さり気なく袖の内側から取り出したハンカチで拭ってから咥え、するすると口の中へ押し込んでいく。勿論、本当に食べているのではなく口の中に作った亜空間に仕舞っているだけだ。
曲線を描く持ち手を口に入れて完食し、舌で唇を艶っぽく舐めて見せた。
「……ごちそうさま。短いですが、私のショーはこれまで」
指パッチン。
で、ハットの火を消してから引き寄せて手に取り、丁寧に一礼。すると見てくれた人たちから拍手をいただけた。
「カエサル、どうだった?」
「中々のものだった。君さえ良ければ、ヨーロッパで興行をしないか? きっと大勢が楽しんでくれる」
「嬉しい申し出だけど、私はこの国が好きでね。暫く海外に出るつもりはない」
「む、そうか。残念だ」
「ところでカエサル、君も何か一つやって見せたらどうだい? 癒しの力は君の本質ではないだろう?」
性格的に、ね。
「……そうだな……力の一端を見せ、威光を知らしめるのも悪くないか」
何かやることを決めたカエサルは癒していた客を終わらせると俺が立っていた場所に立ち、変身した。
機能性を重視したぴっちりスーツは黒いノースリーブで、胸部に最低限の薄い装甲が付いている。外側が黒く内側が赤い立派なマントを肩に掛け、手には籠手が、足は装甲付きのロングブーツを履いている。髪は黄金に輝き出し、その頭上には光り輝く月桂冠が浮いた。
まるで勝利の女神だな。
そんなことを思っているとカエサルは右手の中に自分の身長と同等の長さのある大きな杖を出した。
黄金の柄に、黄金の宝石を先端に埋め込んだ威厳ある意匠の、王様が持つような杖だ。確か
「我が力は自信の現れ。我は神の奇跡を信じ、神の奇跡を実現する者。故に我も神なり」
それ、信徒が言っていい言葉じゃなくね?
カエサルは杖を空に掲げた。先端の宝石が光り輝き、魔力の塊が真上に発射されると雲の中まで高速で上昇してパッと弾けた。
太陽の如き暖かな輝きが雲を掻き消し、雨が止んで明るく大地を照らす。
近くに居る人たちが息を呑み、通行人が足を止めて空を見上げて足を止めた。
「苦しくなった時、顔を下に向けたくなった時、どうかあの輝きを思い出してほしい。明けない夜が無いように、雨がいつかは止むように、悪夢もまた必ず醒めるのだ。どうか前を向いて生きてくれ。この苦難の時代の先に、我々が望む楽園があるのだから……」
言い終わるとカエサルは変身を解いて元の修道服に戻り、客を癒すことを再開した。
……カエサル、君はいったい何なんだ?
空にはまだ魔法の光が残っていて、太陽と遜色なく体を温め心を穏やかにしてくれる。
ここに居てもすることが無い俺はこの場を瞬間移動で離れてから変身を解き、今日は何も起きそうにない街の見回りに戻った。
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