第19話 インキュバス


 マイカを先頭に屋内に入り、まず一番近いナイトメアの場所へ向かう。各学年の教室がある校舎とは違うので、廊下には誰もいないのでスムーズに動ける。


「……なぁマイカ、外から移動した方が早くないか?」

「やめておいた方がいいわ。アレがマホロ先輩なら、霧を出した時点で私たちは結界の中に囚われてる。外に出たら延々と霧の中を彷徨うことになる」

「なにそれ怖い」


 手段は色々とありそうだが、長年魔法少女をしていたのなら対策は完璧にされているだろう。


「それと二手に分かれるのも駄目。それこそ相手の思う壺で各個撃破されるわ」

「そうか」


 誰にも会わずナイトメアがいるだろう場所に到着。職員室だ。開いたドアからは先生がうつ伏せに倒れていて、血溜まりを作っている。背中には大きな棘が突き刺さっており、それが死因だと分かる。


「……行くわよ」

「ん」


 マイカは深呼吸してから大太刀を生成して中に突入し、俺も左手でハットを押さえ、ステッキを剣のように持って後に続く。

 中は悲惨の一言だった。

 テーブルも書類棚も大きな棘によって破壊され、逃げようとしただろう先生たちが棘に刺されて悉く死んでいた。


「酷い……どうして……」

「大丈夫か?」

「ええ。覚悟はしてたから」


 そう言ったマイカは、職員室の中央に鎮座しているナイトメアに向けて大太刀を構えた。

 寝る前にナイトメア図鑑を熟読したからそいつがなんなのか知っている。


 多大なストレスがその場に蓄積することで生まれるナイトメア、バクダンウニだ。名前の通り全身を大きな棘で覆う黒く巨大な球体で、大きな音や外部からの刺激によって一気に棘を射出する初見殺し的な奴だ。しかも倒すと爆発するおまけつき。討伐ランクはE。


「あんたは防御するか隠れといて」

「えっ、ちょっ」


 どうやって倒すか決める前にマイカは動き出し、俺は咄嗟に魔法陣のバリアを展開した。

 バリア越しに魔力を纏った大太刀が天井を切り裂きながら振るわれるのが見え、ズバッと一刀両断されると同時に爆発し、衝撃波と一緒に棘がバリアに当たる。


「マイカ、無事か?」

「ええ、大丈夫よ」


 煙が晴れるとマイカはこちらに向いていた。

 棘があちこちに刺さっていたが自然と押し出されるように抜け落ち、傷口が火となって塞がり無くなった。後は魔法で流れ出た血が消され、汚れ一つない状態で全快した。


「ほらね」

「ほらね、じゃないでしょ。私はグロに耐性あるからいいけど、人によっては卒倒ものだぞ」

「はいはい。それより急ぐわよ」


 職員室は手遅れだったが一応ナイトメアを倒したので次へ向かう。

 教室のある校舎へと移ると何人かの生徒がこちら側に逃げて来ていた。

 というか、クラスメイトのお嬢様と取り巻き二人だ。


「火宮さん! それに皇さんも!」

「た、助かった?」

「あの、先生が、皆が……!」

「落ち着いて。何があったの?」

「ほら、深呼吸」


 俺が促すと三人は一度深呼吸してくれた。


「それで? もう一度聞くけど何があったの?」

「それが、えっと……」

「私が話しますわ。教室に鷹野さん――いいえ、鷹野遥の姿をしたナイトメアが現れましたの。理恵先生が逃げるように言って、彼女の前に立って時間を稼いでくれたのです。ただ、他の教室にもナイトメアがいて、こっちは悪夢ですわ」


 あの先生ほんと逞しいな。

 でも覚悟しておこう。


「……そう。ネロ、あんたはこの三人を守って。私が行くわ」

「待て待て待て!」


 走って行こうとしたマイカの肩を掴んでなんとか止められた。


「なに?」

「なにじゃない。お前、手が震えてる。そんな状態でまともに戦えるわけがないだろう」

「でも、私がやらなきゃ! クラスメイトとして……友達として」

「なら私もクラスメイトで友達だ。一人で背負うな、私も背負う。それに二手に分かれるのは得策ではないのだろう? 彼女たちも連れて守りながら戦うべきだ。三人とも、それでいいか?」

「勿論! あなたたちもそれでいいですわね?」

「はい!」

「は、はい!」


 このお嬢様も中々……。

 それに付き従うこの子らも大概凄いな。


「よし行こう。マイカ、前か後ろどっちがいい?」

「前よ。私の魔法は人を守るのには向いてないから」

「分かった」


 マイカを先頭、真ん中に三人、後ろに俺という隊列で移動を始めた。

 教室が並ぶ校舎に入ると、そこは血と臓物の匂いが充満し、死体が転がっている酷い状況だった。ナイトメアの気配も複数がこの校舎にあり、早速前から近づいて来る複数の気配があった。


「マイカ、正面から」

「分かってるわ」


 ピョンピョン跳ねて近づく数十体のナイトメア。それはバスケットボールほどの大きさで、黒く艶のある外殻を持っている禍々しい見た目のバッタだ。

 名前はデビルズホッパー。いじめなどの悪意が蓄積することで発生するナイトメアで、最低でも十数、最大で数百匹の群体として行動する。だが、その群体は本体が作り出した分身であり、本体を倒せば全て消える。討伐ランクはD。


「燃え尽きろ!」


 マイカは天井を切り裂きながら大太刀を振るい、火炎放射器が玩具に見えてしまうくらいの大火力で前方の廊下を焼き尽くした。

 たった一撃でデビルズホッパーは群体ごと消滅したが、天井の火災報知器が作動してけたたましい警報が作動。おまけにスプリンクラーも作動して俺たちはびしょ濡れになった。

 だが、そんなの気にしていられない。


「マイカ、油断するなよ?」

「大丈夫。気配があるのは分かってるから」


 すぐ傍の一年の教室からもう一体のナイトメアの気配。俺はこの気配を知っている。

 マイカは大太刀を構えながら慎重に前進し、俺はいつでも三人を守れるように身構えた。

 閉まっている教室のドアにマイカが到達した瞬間、彼女は前方に飛び退いた。直後に角と翼と尻尾を生やした屈強な悪魔の男がドアを破壊しながら登場し、廊下の壁に激突して大穴を開けて止まった。


 やはりインキュバスか。


 インキュバス、あの顔の無い人型の影ことシャドウというナイトメアに憑かれて堕ちた、男性がなるナイトメアだ。能力自体はサキュバスとそう変わらないが、強さは一段劣る。討伐ランクはC。経験を積んだ個体はB以上。


 そのインキュバスはどちらにも対処出来るように構えて俺たちとマイカを見比べ、まずマイカの方に顔を向けた。


「マイカああぁ! 魔法少女だからってお高く留まりやがって。前々からうざいって思ってたんだよぉ!」

「は?」


 インキュバスの顔がこっちを向く。


「トモコおぉ! 俺はお前が好きだ! 大好きだ! その髪、その顔、エロい体、そして気高き精神! 全部好きだ! だから俺の物にしてやる! 光栄に思えぇ!」

「もしかして、あなた一組の伊庭いばくん?」

「そうだよトモコおおおおおお!」


 名前だか名字を言い当てられ、インキュバスはこっちに突っ込んで来た。


 指パッチン。


「ミラーシールド」

「うぐっ」


 三人を守るべく瞬時に鏡のバリアを前方に生成すると、インキュバスは顔面から激突して仰け反った。

 次の攻撃の為に鏡のバリアを消せば、隙を見逃さずにマイカが廊下の壁を切り裂きながら大太刀を振るい、その首を背後から刎ねようとした。

 だが、気配でも読んだかインキュバスは振り向かずに伏せて躱し、腹に蹴りを加えて吹き飛ばした。


「俺がお前を意識しないわけねぇだろうが! ちょっと遊びに誘っただけなのに、キモいだのウザいだの好き放題いいやがって!」

「あんたがストーカー紛いのことしてくるからでしょ」


 自業自得じゃん。


 ちょっと立ち位置をずらしてマイカを見れば、心底ウザそうな顔をしながら立ち上がっていた。


 ふむ、大丈夫そうだな。


 背後からも気配が無いので三人の前に出て、ステッキで軽く地面を小突いて音を鳴らす。ちょっと加減を間違えたせいで床にヒビが入った。でも、注目はさせられた。


「お前……三組に編入したって言う魔法少女だな?」

「お初にお目に掛かる。私は皇ネロ。奇術師魔法少女をやっている。申し訳ないが生き残った生徒を探さないといけないのでね、さっさと倒させてもらう」

「ハッ、やってみろよおぉ!」


 殴り掛かって来るインキュバスの腕をステッキで弾く。たったそれだけのことなのに、そいつの腕から鈍い音がしてあらぬ方向へと曲がっていた。


「ぐああぁっ! 何だよ、その力……!」


 身体強化魔法って言ったら真似しそうだし、黙っておこう。


「……奇術師だからね。トリックだよ」


 指パッチン。


「バラバラワイヤーショー」


 インキュバスの体を四方八方の空間から召喚するように生成した極細のワイヤーで絡め捕り、手の中に集めたワイヤーを一気に引っ張って締め付け、体をバラバラに切断した。


「何も手に入らない……こんな世界なんて……――」


 インキュバスはバラバラになっても口を動かし、そんなことを言いながら霧散するように消えた。


「生存者と、先生を探そう」


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