第10話 人から悪魔へ



 避難を始めた人々を避ける為に魔法陣の足場を作って空中を飛び跳ねるように移動中、ナイトメアの気配が強まるのを感じた。

 それは近づくにつれて更に強まり、ピリピリと張り詰めた空気が肌を刺しているような錯覚さえしてしまう。


「ここか」


 到着したのはショッピングモールの中心地。丁度十字路になっていて吹き抜けの高い天井が見えている。ここまで気配が強いと普通の人間でもなんとなく察知出来るのか、この場に守るべき人間は誰もいない。


「やれるかどうか……とにかく、被害を抑えないと」


 誰も見ていないので演目は省略。十字路の道を塞ぐ為に結界を張った。


「…………来る」


 ナイトメアの気配がより明確に変わり、十字路の中心に幽霊のように半透明なナイトメアが現れた。その数五体。

 真っ黒な人型の悪魔だ。三メートルほどの大きさで中性的な体型をしたのっぺらぼう。頭には曲線を描く二本角、背中には蝙蝠のような羽、尾てい骨付近からは細長く先端が尖った黒い尻尾がある。

 段々と実体化を始め、動き出すのもすぐだった。


「ナイトメアについて、勉強しないとな……」


 初見の敵で一瞬の気も抜けない状況に俺は左手でハットを押さえ、右手でステッキを剣のように構え、自身の周囲に魔法の障壁を張ってから攻撃の為のイメージをする。


「出落ちドッキリ爆弾」


 実体化が終わった直後、相手が動き出すより速く先制攻撃として仕掛けた。ナイトメアたちの周辺に爆弾を生成し、即起爆。

 爆炎と煙が一瞬にして周囲を包み込むが気は抜かない。

 気配を探ることに意識を集中。


「……あれ?」


 攻撃した筈の俺は無視され、十字路に張っていた結界が一撃で全て破壊されてナイトメアがバラバラに移動を始めたのを気配で察知した。


「……っ、ぼさっとしてる場合じゃない!」


 魔法少女に目もくれずに移動したということは、狙いは普通の人たちだ。

 どう考えても手が足りないが、俺はサチとハルカが心配で来た道を急いで引き返し始めた。二体のナイトメアが向かっているというのもある。


「これは酷い」


 急いで戻る道中、人々が大勢倒れていた。切り裂かれたような跡があって血塗れで、体の一部が千切れている者も多い。血の臭いが充満して鼻を突き、生き残った人たちは泣き喚き、絶望し、ガタガタと恐怖で震えていたりと様々な負の感情の反応を示している。


 二十年前に経験済みでこの惨事でも平気とは言え、何故全員殺さない?

 ……まさか、負の感情を増やす為に敢えて一部の人間を生かしている?

 だとするとマズイな。あのナイトメアは知性があるということになる。

 狙いは何だ?


 胸騒ぎがしつつも進んでいると、ナイトメアの一体が背を向けて立っていた。

 すぐに一撃必殺の攻撃をしようと思ったが、ナイトメアの正面に誰かが立っているのが股の間から見えて止めた。

 巻き込まないスタイリッシュな攻撃に変えるべくイメージをしていると、立っている人が声を上げた。


「さぁ、俺に力を!」


 は?


 予想外なことを口走る男の声。呆気に取られて足を止めているとナイトメアが男に近づき、体の中へと入ってしまった。

 直後、姿が見えた男子学生からさっきとは比較にならない強烈なナイトメアの気配が出始め、姿が変わり始めた。

 変身中の攻撃はご法度という、魔法少女アニメや戦隊もののお約束を無視して本当は倒すべきなのだろうが、それをやった結果何が起きるか分からないのと、初見故の様子見を兼ねて俺は変身が終わるのを待った。



 男子高校生はナイトメアのように頭から二本角を、背中からは蝙蝠のような羽を、尾てい骨付近からは細長く先端が鋭く尖った黒い尻尾を生やした。耳も尖り、目も白目が黒くなって瞳が縦長の金色のものに変わった。

 さらに着ていた学生服が変質し、悪魔っぽいデザインの衣装になった。



「悪魔そのものだな」

「あん? あー……そうだな」


 俺が感想を呟くと、そいつは自分の体を確認して納得したようだった。


「一つ質問がある」


 そう言いつつ、俺はハットのつばに左手を添えて右手に持ったステッキを地面に着け、カッコつけたポーズを取って攻撃の意思を悟らせないようにしながらイメージする。


「お前は……なんだ?」

「俺か? 俺は……人も街も何もかも、滅茶苦茶に壊す者だあぁぁ!」

「ミスディレクション」


 かなりの速さで突っ込んで拳を振るって来たので、冷静に瞬間移動で背後に回る。


「なにっ!?」

「そう驚かなくてもいい」


 回し蹴りをまた瞬間移動で回避、また正面に立つ。


「私は奇術師魔法少女。手品は得意だ」

「だったらこれはどうだ! ハアッ!」


 おっと危ない。


 何かやるだろうと思って瞬間移動で距離を取った瞬間、悪魔と仮に呼ぶそいつは自分を起点としてエネルギーによる大爆発を引き起こした。

 周辺の店は潰れ、倒れていた人々の原型が無くなる。


「悠長にしてると被害が増えるだけだな」


 もしかしたら話が通じるかもと期待したが、残念だ。


 俺はハットを脱いで内側を上に向ける。


「ハトたちからの贈り物」


 ハットの中から出て来るは、大量のはとの玩具。

 飛ぶ筈のない硬い翼を羽ばたかせ、足に掴んだゲーム風の爆弾を悪魔に向けってお届け。

 絨毯爆撃の如く悪魔に爆弾が落ち、ドカンドカンと爆発していく。


「そんなもの効くかぁ!」


 効かないか。


 爆弾を意に介さず、悪魔は一跳びで俺の所まで来て拳を振るって来る。速さはマイカと同等程度。でもそんなものに当たってやる義理も無いのでひらりと躱し、ステッキの先端を向ける。


「ずどん」


 ズドン、と先端から弾丸が飛び出して悪魔の胴体に当たる。が、まるで金属鎧でも着ているかのように銃弾が弾かれた。


「だからそんなもの効かねぇよ!」


 これも駄目か。


「亜空間ハット」


 エネルギーを込めた手が向けられたので、俺はハットの中身を亜空間へと変えて構えた。

 予想通り悪魔の手からビームっぽい物が撃ち出され、ハットの中に吸い込んで防ぐ。そのまま反撃としてハットからビームを出して悪魔にぶつけた。物凄い威力があったのか真っ直ぐに吹っ飛んで行った。

 悪魔が倒れたのを確認した俺はハットを被り直し、ナイフを生成して逆手に持って瞬間移動。悪魔の傍に来てその首元にナイフを振り下ろした。


 ……刃が皮膚の表面で止まって……なるほど!


 ダメージが入らない原因を探る為に敢えて至近距離まで来てやってみたが、ようやく理解出来た。

 悪魔は魔力的な薄い膜を纏っていて、生半可な攻撃が防がれているようだった。


 それならこっちも魔力を攻撃に纏わせればいい。


 魔法で生成した物は普通のナイトメアに効いていた。ならばそれに上乗せして魔力を纏わせれば、この悪魔の纏っている魔力的な膜を貫通出来ると考えた。


 接近に気付いた悪魔が倒れたまま拳を振るって来るので一旦飛び退いて下がり、攻撃をイメージしながらナイフに魔力を纏わせて投げる。


「悪魔危機一髪」


 魔力を纏ったナイフをコピー&ペースト。

 立ち上がった悪魔を無数のナイフが取り囲んで襲う。さっきまでは弾かれていたのに、魔力を纏った途端に悪魔の皮膚にナイフがザクザクと刺さり、血が流れ出す。

 それでも致命打には至らず、悪魔は倒れずに俺を睨みつけた。


「てんめぇ……ぶっ殺してやる!!」


 キレた悪魔が魔力的なエネルギーを体から滾らせて纏うと、さっきよりもずっと速く動いた。

 ただまぁ、魔力を纏うことを覚えた俺としてはそう言ったやり方があることくらいは予想が付いていたので驚きはせず、余裕を見せる為に指パッチン。

 瞬間移動で背後に回る。


「くそっ!」


 悪態を吐いた悪魔が魔力から禍々しい剣を生成して振るって来る。


「随分と慌てているな。急いては事を仕損じるぞ?」

「うっせぇ! 死ねぇ!」


 幾ら速くなって剣を振るわれたところで、瞬間移動を連続して行えばかすりもしない。

 ただ、おちょくってばかりだと時間だけが無意味に過ぎてしまう。それはよろしくないので俺はこの悪魔を倒すべく、強くイメージしてからステッキを変化させて居合の構えを取った。


「漫画的、瞬間斬り」


 刹那の抜刀。

 仕込み杖化したステッキを振り抜きつつ超高速で前に突っ込み、魔力を纏った刃でズバッと斬って体をすり抜けて通り、一定距離で止まる。


「くっ、そ……こんな、世界……――」


 振り返れば、一刀両断されて体が二つになった悪魔が倒れており、霧散して消えた。あの男子学生なんて最初からどこにもいなかったかのように……。


「……急がないと」


 悪魔になった男子学生のことを思って少々センチメンタルになったが、今が夢境の中でナイトメアが人々を襲っている最中であると思い出し、俺はステッキを元に戻して再びサチとハルカの元へ向かった。


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