脳味噌󠄀chuchu〝INVASION〟
File59 月曜日と十二月の気配
まるで何事もなかったかのように日曜が終わり、誰もいない朝がやってくる。
結局僕は土曜の夜以来両親と顔を合わせていない。
階下で二人が何かを話し合っている気配はあったけれど、両親が僕を呼び出す事はなく、日曜の朝にはどこかに出かけていった。
二人が帰ってきたのは夜遅くで、やはり何の話もない。
こうして迎えた月曜の朝、僕は一人リビングに降り立ち、机に置かれた食事代を睨みつけていた。
話し合いはおろかお咎めも無しかよ……
いつものように置かれた食事代とは別に、ご丁寧に『洋服代』と書かれた封筒まで置いてある。
中には一万円札が入っていて、僕は心底両親を軽蔑した。
当てつけに置いて行こうかとも思ったけれど、ふと星崎の顔が思い浮かんだ。
そういえばあいつ……
僕は封筒を鞄に押し込んで、誰もいない家を出た。
自転車で坂を下る。
やはり少し早く出たせいで、屋根の照り返しが鬱陶しい。
けれど、悪い考えじゃない気がした。
この金で、あいつに何か買ってやろう。
学食のプリンでもいいし、何か他に……
プレゼント……
そんな言葉がちらついて、僕は頭を振った。
ないないない……!
なんで僕がプレゼントを?
お礼だってしてもらうことはあったとしても、こっちがする義理なんてない。
眩しさに目を細めながら坂を下りきり、僕は駅のホームに入った。
今度は最初から学生の群れを避けて、駅の出口から遠く離れたドアの前に位置をとる。
イヤホンで聞きたくない音を遮断していると、不意に後ろから肩を叩かれた。
あいつに決まってる……
目を細めて振り返ると、案の定小林さちがでかい声を出して言う。
「おはよー空野! ねえ? この前の話どうなった?」
「この前の話……?」
小林は大げさに「信じられない⁉」という表情を浮かべると、腰に手を当てて言った。
「もう! 有利根先生の話……!」
「ああ……アリ先……」
僕がうざそうにするのも構わず、小林は目を輝かせてつつも、不安げに尋ねる。
「どうかな……? その……二人きりなれそうかな……?」
いつもはガサツな印象の小林が、突然オトメの表情を見せたので僕は驚いた。
ああ……本気で好きなんだな……
なんとなくそんなことを思うとぞんざいに扱うのも悪い気がして、僕は頭を掻きながら正直に言った。
「まだ分かんないけど、進路相談って形で声をかけたらいけるかもしれない。お前文系だけど生物とってるのか?」
「取ってない……」
「それなら、理系の先生の意見も将来のために聞いておきたいってことにしよう。文系の学部に進学後に理系の勉強もしてみたいとか……その辺は適当に」
いつの間にか小林はスマホでメモを取りながら僕の言葉に聞き入っている。
やがてメモを書き終えると、感心したようにため息をついて言った。
「空野ってさ……実は腹黒だよね?」
感心した結果がそれかよ……
僕が大きくため息をつくと、再び小林のマシンガントークが始まった。
僕はそれに適当な相槌を打ちながら、車窓から流れる十一月下旬の枯れた景色をぼんやりと眺めていた。
もうすぐ十二月か……
そんな言葉が、ふと脳裏に浮かんで消えた。
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