File19 あちら側とこちら側
土曜の朝が来た。
動画のせいか、なかなか寝付けなかった。
結局朝方になってやっと眠りについた僕は、待ち合わせの時間に遅れそうで嫌になる。
両親はすでに家にいなかった。
土曜だろうが日曜だろうが仕事があれば家を空ける。
そんな両親を見ていると家庭を持つ意味なんてなかったんじゃないかと思えてくる。
「はあ……」
ため息をつきながら電車を降り待ち合わせの図書館へ走ると、そこにはやはり毛玉だらけの茶色のフリースに包まれ、UFOマークのトートバッグを下げた星崎が立っていた。
なんとなく小熊のように見えるが、言わない方が身のためだろう。
「遅い……何をしてた?」
開口一番にそう問われ、僕は考えていた言い訳を流暢に言ってのける。
「お化け公園のこと、ちょっと調べてたんだよ」
「なるほど……寝坊の言い訳にはうってつけ」
「……寝坊じゃない」
「さしづめ、お化け公園にまつわる怖い動画を発見して眠れなくなった」
もしかして監視しているのかと突っ込みたくなったが、それをするとバレるので僕は無視することにした。
「それより早く行こうぜ。あんまり時間が経つとまた夜になる」
「こっちの台詞。歩きながら動画の話を聞かせて」
あくまで動画は見た体で話を進める星崎に、やや思うところはあったけれど、僕の方でも寝坊ではないと言い張っているわけだからイーブンということにする。
「あの公園で女子生徒が撲殺される動画があったんだ……正確には生死は不明で、カメラマンに殴られて痙攣する女子生徒の動画だけど……『可愛いですね』って名前のひたすら動画リンクだけが張られた気味の悪いサイトだった」
「なるほど……他の動画は見た?」
その言葉でハッとする。
あまりの衝撃でそれ以外の動画を見ようだなんて微塵も思わなかった。
僕は正直に打ち明ける。
「衝撃的過ぎてそれ以外は見なかった」
「賢明な判断。下手に動画を見続ければ向こう側にこちらの存在がバレたかもしれない。一度見ただけなら、興味本位のパッセンジャーだと思うはず」
わずかに血の気が引くのが分かった。
星崎の言う向こう側とは、おそらく陰謀論的な悪の存在を指しているのだろう。
けれど僕の頭に過ったのはあの動画を撮影した人物だった。
いるかどうかも分からない影の存在ではなく、実在する撮影者。
もしその人物がまだこの近くに潜んでいて、動画をアップしているとしたら?
そしてその人物が、ネット通信に精通しているハッカーだとしたら?
僕が何処の誰かということも、相手はすでに知っているかもしれない……
こちら側にも、すでに気づいているかもしれない……
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
ニーチェが耳元で僕を諫めたような気がして、ぶるりと体が震えた。
そんな僕をチラと一瞥してから星崎が静かに口を開く。
「空野もネットの恐ろしさが分かった。これからは慎重に調査を続ける。でもおかげで調べるべき事件の的が絞れた。お化け公園周辺で起きた、女子生徒の死亡事件か、失踪事件を調べよう」
僕は無言でこくりと頷くほか、反応することができなかった。
僕らは、ずぶり……ずぶりと、底の見えない沼の深みへと歩みを進めるようにして、得体の知れない何かについての調査を始めた。
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