三十六話

『0ちゃん。雨伊ちゃん。おはよう。』


「...あぁ先生。聞いて?昨晩の犠牲者は出なかったらしいの。」

「本当に良かった。でも何で..?」


0ちゃんの部屋の前で喋る患者達。話す姿は綺麗で独特の雰囲気を纏っていた。

 私は2人に犠牲者が出なかった事について話を振られたが、会議まで話すのはしないと心の中で誓う。だって、噂は独り歩きする可能性があるから。


私はいつも通り朝の検診を始めた。

もう居なくなった患者に横線を一つ引いて。


『0ちゃん。侵食は進んでるの?』

「いいえ、最近は進んでないの。..,不定期なのは分かってるけど、治ってるって、期待しちゃう。」

 最近。3日程度だが侵食が止まっているらしい。特に変えた事は無いと思うけど、


「この期間は病の進行が遅くなるとか?」

『.....うーん。嬉しくないな、』

 昨日の夜の事を思い出してしまった。彼女達に希望を与えるつもりは無いが、病気が治ったら彼女達はどうなるんだろう。

 なんて、病院の退院者が出た事が無いから考えてしまう。頭の中で飛び交う思考の名を持つ邪魔な羽虫は燃やしてしまいたい。ただただ不愉快だ。


『じゃあ雨伊ちゃん。君の症状はどう?』

「普通。なーんも変わらない。」

私が気を紛らわすように出した言葉は簡単に返ってくる。雨伊ちゃんの病状は確か、


『(脳回路の活性化。)』

確か前の患者にも似たような症状の子が居た気がする。容姿も声も思い出せないけど、あの子の最後は、...思い出したく無い。


『そっか。』

なんだか私の今の状況と何処か似ていて、慰めの言葉も何もかけれなかった。私は慰めとか労られるのが得意じゃないから。

 とっくに捻くれてる私は幸せな言葉も捻じ曲げて否定してしまう。

どうせ私の意思を出す事は無いのだから、治す気も無いのだ。


「ねぇ先生。今日は何か予定ある?」


『え?えーと、』

急に予定を聞かれて焦る。今日の昼か夜に資料室に行こうとバレたのかと思い、途端に声が上擦る。


『特に無いよ。』

急な仕事も無いから無いと言う。

 嘘は何処かでボロが出ると思っているし分かっている。

そう言うと雨伊ちゃんは笑って私を遊びへと誘う。図書館へ行こうとの誘いは遊びと言うのか微妙だが、誘われたら事に変わりない。


「0も行く?」

「ごめんなさい、私には予定があって、」


『...じゃあ私は行こっかな。』


雨伊ちゃんは私を見てから歩き出す。ふと2人が離れるのは珍しいと思いつつ、私も歩みを進めた。

 扉を閉める前に少し後ろを振り返ると、


「(き、を、つ、け、て。)」


最後に首を傾げて。口の形だけだがそう言っている気がした。

私には「どうしてそう言ったのか」という気持ちはない。不思議とそう思わなかった。ただ私は、『あの子には敵わない』と、そう思った。

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