三十二話

「え?」


『やっぱり。予想出来なかった?』

 今度は私がイロの情緒を引っ掻き回してやろうと思って煽る。想像以上の反応に喜ぶのもさておき、話を進めなくては。


「前はこんな事しなかった。」

「投票権は?会議後のまとめは?」


『私が全部引き継ぐよ。』

にこりと笑って言葉を返す。全部の仕事を続けた上で会議や死体状況も確認するのだ。

 私が何を考えているのか分からないと言うように視線を寄越すイロは焦っているようにも見えて、私は言葉を続ける。


『前の私とか知らないよ。違くて何が悪いの?私は会議に参加しないといけない理由があるの。』

 物事を決める時に、自分の意思を通すには大切なポイントがある。


一つ目。相手に反論の余地を与えない事。空間を支配するのだ。


「理由?」

『今は教えれない。ただこの状況を打破する鍵ではあるよ。』


二つ目。明確な事は教えずに相手の興味を惹きつけ、意見を大きく見せる事。


「....。」

『だめ...かな。』


相手と相反する場合は、自分弱い所を見せる事。誘き寄せで「後に意見が変わるかも」や「一回ぐらいは」と油断させれば良い。

 相手の性格で意思が押し通せない時もあるから、結局は効果があっても賭けだが、


「わかった。」

賭けは成功したみたいだ。


『じゃあ行こっか。』



私は普段のテンションや声のトーンに戻してイロの手を繋ぎ、部屋から出る。

 少し歩いてから後ろを見ると、懐かしいような楽しそうな顔をしていた。

『昔。こんな事してた?』

「...さぁ。て言うか危ないよ。」


振り返って、後ろ歩きをしながらイロに質問をする。嬉しそうな顔はそのままで誤魔化されてしまったが、これも悪く無いと思える。

 きっと悪く無いと思えたのは懐かしさを心の何処かで感じているから。


『(思い出せないか。そりゃそうか。)』

私の症状だから仕方ない。理解していても理解し難い。哲学みたいだ。


 そうして思いに耽っていると、


『うわっと、?!』

 腕が上に伸びて、イロがいつの間にか隣まで来ていた。

ふと貴族階級を元にした小説の挿絵でこんな絵があったと思い出す。

社交界で主人公と変装している黒幕が踊るシーン。これがもし、その小説ならば次に刺されるだろう。


『(面白味の無い、そんな小説だった。)』


イロが上に伸ばした私の手は、進行方向へ伸ばされた。必然的に私の体も回る。

隣に居たはずのイロは私の前におり、先程の状況と逆になった。


「何考えてたの?」『貴方の事。』



そうしてこの状態のまま、病棟患者と医者を区切る扉に向かう途中。エレベーターから出てきたクラリアとも遭遇。

「イロ、シレネ。...何で手を繋いでるんだよ?気でも狂ったか?」

「良いじゃん。嫉妬は見苦しいなぁ?」


『クラリアも手繋ごうよ。三人寄れば文殊の知恵って言うし。』

「絶対に使い方違うだろ。」

『って言いながら繋いでんじゃん。』


目的地まで手を繋いで歩いたとさ。


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