第三話
私達の居る所と病棟は繋がっている。
この繋がりを隔てるのは、「病棟患者立入禁止」と漢字で書かれた紙が貼ってある扉。
なんて、こう言えば堅く見えるけど。こう書いてても、時に意味はない。
『(皆ふつーに入るし、)』
本当に駄目な所には鍵がかかって厳重に管理されてある。患者も探検とか暴れたりする訳ないし、この貼り紙は言わば形式的なものなのだ。
この扉を開けて右を見ると移動手段のエレベーターがある。そしてこの階から二つ上の階が患者の病室。
早速ボタンを押して、この階に来るのを待つとしよう。ボタンは押すとカチャッと特有の音をたてて光る。意外に私はこの音が好き。
『(今は一階か。)』
エレベーターの上は「5」が光って、こちらに上がってくる様子はない。
遅くなりそうだから運動がてら階段でも使おうかと思い、横を向いた。
その時。どこかで音が鳴る。
「譛ャ蠖薙?荳也阜」みたいな。機械の故障かと思って、私の足がぴたり止まった。
『ん、?』
足が止まって、瞬きする暇もない速さで視界がぐらつく。ノイズ?
目も耳も感覚全部が機能しなくなって、足の感覚がぐにゃっとして立つ事も難しい。
3秒でも、私は崩れ落ちて座り込む程で。すごく長く感じる。
鼻も、興奮した時みたいにツンとする。鼻血が出る前の感覚。些か不愉快だ。
こんな症状に覚えはない。視界は一瞬すぎて覚えてないけど、脳裏に焼きつくぐらい色鮮やかだった事だけを覚えていた。
周りを見渡しても誰もいない。この姿を見られるのが怖くて、心配されそうで、すぐに立ち上がった。
この症状?があったから階段を使う気になれない。階段で転んで、私が患者になるなんて本当に洒落にならないし。医者の面目丸潰れだ。大人しくエレベーターを待った。
待っていると、少しだけ音を立てて今いる階数が光り、静かに扉が開く。
私は普段通りに乗って目的地の階数を押す。
手すりに背中を預けて考えを巡らせる。
何だか目的地に着くまでが遠く感じた。この胸を抉る様な感覚は不安なのだろうか?
きっと、不安の他にも色んな感情を孕んでいるに違いない。
『(手は震えてない。良かった。)』
体が恐怖を感じていると手が震えたり、力が入らなくなる。それで仕事に支障をきたすとか面倒だから良かった。
イロ達にバレないように平静を装わなくては尋問まがいな怒りを受けそうだ。
自分の体を優先しないなんて、私は自己犠牲の鑑だ。なんて思ったり。
四階に着いて、私はエレベーターから出る。患者の部屋は突き当たりを曲がった先の通路。
この通路は一面が鏡。患者と居る時の私は幸せそうに見えるけど、今の私はどこか孤独で気持ち悪く映ってた。でも、それが自分らしいとも感じる。
時刻を見れば七時を少し過ぎている。
急がないと。ただでさえ患者を覚えていないんだから。
通路のこの大きい一本柱に片切スイッチがある。この階の電気を雑につけながら、
『起きてる〜?起きてる人出てきて〜。』
さっきの不安を拭うように声を出した。
でも、シーンと静けさが続いてる。何だか焦燥感みたいで胸に不快感が増す。
待った時間は数秒だけなのに。
全体を見渡すと電気が付いてる個室もあるし人は居る。だから大丈夫だ。
そう言い聞かせて自分の仕事を思い出す。
『(扉を開けて1人ずつ起こしに行こうか。)』
このエリアは5人だっけ。集会の8時までには余裕を持って行けるはず。他のエリアは誰かが行ってるはずだと祈っておこう。
そう決まれば早速行動に移す。
廊下が明るくなっても個室の電気がつかないのは寝てるはずだ。手前から行こう。
軽くノックしても扉の磨りガラスから電気が付いてないのが分かる。
トントン
もう一回ノックして反応が無い事を確認。
『起きてないの?入るよー!』
私は声を上げながら引き戸を引いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます